第二話;テル

 屋上で夜を迎えた。まだ冷え込む時期なのに寒さを感じない。私はどうやら、本当に幽霊になってしまったようだ。頬っぺたを抓ろうとしても掴めない。


 夜までここにいたのは、テルから色々と教わる事があったから。

 隣に座る色白な死神…私は彼をそう名付けた。


『もっとマシな名前じゃ、駄目なのかな?』

『例えば?』

『アガンディメゾミとかグギゴリダアとか…ビルバルダダデも良いな…。』

『………。』


 どうやら冥界と人間界のセンスは、次元からして違う。

 テルと言う名前は死神を表す英語、デスからテス…それでもピンと来ないからテルにした。



 健太を助ける為、教育係になる事を決めた。それには先ず、死神がどんなものなのかを知る必要があった。


『僕らの仕事は、死んだ魂をドドンギバムゴ様の前まで連れて行く事。』


 話を聞いてみると、これまでの知識が根っこから崩れた。私達人間は、死神や死後の世界を誤解してるみたい。

 そりゃそうだ。死後の世界なんて文字通り、死んでからじゃないと分からない。


 崩された概念の1つ目…。冥界…つまりあの世には天国も地獄も存在しないと言う事。何もない空間の中で、ただただ転生を待つ。良い行いをした人は早い時期に生まれ変わり、許される範囲でなりたいものになれる。もう1度人として生きる事も出来れば、鳥になる事だって可能だそうだ。逆に悪い行いをした人は長い年月を冥界で過ごす事になり、生まれ変わる時にも制限が設けられる。ドドンギバ………閻魔大王が心の中を覗き、その人が嫌い、醜いと思うものへ転生させる事もある。閻魔大王は個々人の過去暦を網羅していて、とことん悪い人は、何度も嫌いなものへと生まれ変わる事になるらしい。

 補佐役もいる。記録された過去暦の管理を総括するデデビッシュ何とかや、閻魔大王の相談役を担うロブンラバ何たらだ。彼らも元々は死神稼業をしてたけど、業績を認められて昇級したらしい。


 2つ目として、ドドン………?西洋ではハーデス、東洋で言うところの閻魔大王は、嘘をついた人の舌を抜く訳ではないと言う事。だけど安心してはならない。嘘をついた、ついてない以前に、とりあえず舌は引き抜かれる。死んだ人が媚を売るのを避け、その人の真価を見抜く為にそうする。死を受け入れられずに、五月蝿く騒ぐ人が多いのも理由の1つらしい。


『死んだ後だよ?痛みは感じない。』


 思わず口を押さえたら、テルに突っ込まれた。


 3つ目として死神の仕事だ。彼らは誰かを殺すような事はしない。死んだ相手を、冥界に連れて行くだけなのだ。そして魂を拘束出来る彼らは、相手が誰であれ冥界に案内出来る。


 仕事は単純で簡単だ。それだけに、教育係になれと言われたけど…何をどうすれば良いのか分からない。今の段階で、私は教わる一方だ。




「!?仕事が入った。今度こそ初仕事だ!」


 突然、ノートが振るえ始めた。テルは慌ててそれを開き、白紙に浮かび上がる文字に興奮した。


『山崎一郎、男性。不注意運転により交通事故にて死亡。西暦OXOX年に生まれ、21歳で結婚。6児の父となるが……』


 浮かび上がった文字には、テルが話した通りの事が書かれた。死んだ人の名前や性別、死んだ場所や、これまでの経歴…つまり死ぬまでに行なった善行や悪行が書かれ…最後に、今後の行方が記された。


『……よって冥界での任期は240年になり、転生範囲はレベルEまでとする。』


 レベルE…。冥界で240年…。その基準も分からない。


「良し!出発だ!」


 だけど待ち切れなかったテルは最後の文字を確認すると、ステッキを振り回して空に浮かんだ。


「えっ!?」


 すると私の体も宙に浮かび、テルを追って空を飛び始めた。




「ここか!うわっ~!派手にやらかしたな~!?」


 飛んでる間は物凄いスピードで移動した。だけど息苦しくもなく、さっきと同じく髪が靡く事もなければ、頬っぺたに触れる風も感じられなかった。


 そして現場に到着。テルは歓喜の声を上げた。


「……………。」


 逆に私は声を失った。1台の車が電柱に衝突して、中で老夫婦が…血を流して死んでいた。


「おっ仕事、おっ仕事!」


 …テルはまだ、歓喜の声を止めない。


(人が…死んだって言うのに…。)



「ワシは…どうなったんだ?」

「死んだのさ。さぁ、冥界に行こう!」


 暫くもしない内に、死体の中からお爺さんの魂が現れた。今の私と同じく、所謂霊体だ。


「!?死んだ?そんな馬鹿な!」

「後ろを見なよ?君の不注意で奥さんと心中さ。真夜中の運転には、充分注意しなきゃね。」

「嘘だ!まだ死にたくない!」

「死にたくない…じゃなくて死んだんだ。さぁ!冥界に行こう!」

「……冥界?」

「あの世の事だよ。ドドンギバムゴ様が待ってる。」

「ドド…?」

「閻魔大王様の事だよ。」

「!!ワシは死んだのか!?」

「………。どうして僕と関係する人達は、こうも話を聞かない?まぁ…どうでも良いや。さぁ!出発するよ?」

「!??」


 死んだ事をまだ把握出来ないお爺さんを前に、テルはステッキを振り回した。するとお爺さんは縄で縛られたかのように、起立した姿勢になって動かなくなった。


「止めろ!!ワシに何をした!?どうするつもりだ!!?」

「……。本当に話を聞かない人だな…。冥界に行くって言ってるだろ?」

「嫌だ!まだ死にたくない!」

「!!何度同じ話をすれば済むんだい!?死にたくないじゃなくて、もう死んだんだ!うっとうしいな!」

「!!テル!そんな言い方ないでしょ!?」


 教育係を任されたのに何も分からない。だけど、1つはっきりと分かるのはテルの態度だ。死んだ人を前にして酷過ぎる。


「五月蝿いな!僕はただ、仕事をこなしてるだけだ!」

「私の話も聞きなさいよ!あなたの教育係なんでしょ!?」

「何も知らないくせに教育係だなんて…。だったら、どうすれば良いか教えなよ?」

「……それは……。」


 私は、死神や死後の世界をよく知らない。だけど、テルの軽率な態度には腹が立つ。




「どうした?穏やかではない様子だが…?」

「!!貴方様は…!!」


 棒立ちして動けなくなったお爺さんを余所目に、テルと口論になった。

 するとそこに、これまた奇妙な人が現れた。


「デベルバガリゴ様!どうして貴方様が、こんな場所へ?」


 ……名前からして死神だ。テルから聞いた話だと、死神は死んだ魂1つに対して1人付くそうだ。一緒に死んだお婆さんを迎えに来たんだろう。

 だけど風貌がテルとは違う。古代ローマ人が着ていたような真っ白な衣装を纏い、全身が光って見える。…後光やオーラのような感じだ。

 そしてテルとの大きな違いは…この人には羽根が生えてる。まるで…天使のような姿をしている。


「こんな場所へとは愚問だな。君は新人か?」

「はい!テルと申します。」

「テル?これまた変わった名前だな?」

「………。僕の教育係が、そう名付けたんです。彼女、人間なんです。ドドンギバムゴ様からの命でした。」


 さっきまで横暴だったテルが、現れた人を前に緊張する。お爺さんと同じく直立不動になった。そして羽根が生えた人は、テルを見て新人かと尋ねる。…不思議な光景でもない。昇級した死神もいる。死神社会にも上下関係があるのだ。


「教育係?…なるほど。つまり…」


 様子を見てた私に、天使のような人が声を掛けてきた。


「君が…三瀬綾さんだね?」

「えっ!?私を知ってるんですか?」

「知っているも何も…」

「?」

「いや、この話は止めておこう。紹介が遅れた。私の名はデベルバガリゴ。君達人間からは、ミカエルと呼ばれる者だ。但し北欧ではオーディン…東洋では、不動明王と呼ばれるがね…。」

「ミカ……。えっ!?」


 …ミカエル…。キリスト教信者でもない私が知ってる名前だ。天使の中でも最高位の天使とされ、『最も神に近い存在』だとその名を与えられた。


(まさか、そんな人が死神で……本当の名前がデベルバガリゴだったなんて…。)


 …まだまだ私には、知らない事が多過ぎる。

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