死神の教育係
JUST A MAN
第一話;綾
「危ない!」
やんちゃな弟が、また言う事を聞いてくれなかった。車が多い道路で、何に気を取られたのか急に走り出した。
『キーッ!』
焦って背中を追い……気が付いたらベッドにいた。
「先生!この子は助かるんでしょうか!?」
「最大限の…努力を尽くします。」
「!!……よろしくお願いします。」
隣のベッドにはお医者さんや看護婦さん…私達の両親もいる。
(ここは……病院?)
「さて…。君が三瀬綾だね?」
「!?」
弟が重傷を負った。生死の境を彷徨ってるみたい。
責任を感じ、側へ寄ろうと立ち上がった時だ。隣に立つ、背が高い男の人に声を掛けられた。
「………。君が教育係とは…。一体、ドドンギバムゴ様は何をお考えになったんだろう。」
「………?」
黒いシャツに黒いタキシード、黒いシルクハットで身を装い、黒いステッキを片手に黒いノートを開く細身な男の人だ。…どう見ても怪しい。
「………。あなたは…?」
「僕?僕は…死神。名前はまだない。」
「!!それよりも…けんっ…!」
「彼には何の反応もないよ。それよりも、僕の話を聞いてくれないかな?」
「??あなたは?」
「…………。自己紹介…したはずだけど…。僕は死神。名前はまだ…」
「死神!?」
「………。コホンッ!君の弟、健太を冥界へ案内する為に足を運んだ。」
「冥界!………って?」
「君達が言うところの、『あの世』かな?」
「!?健太は死んじゃうんですか!?」
「そのはずだった。……全く…。」
隣のベッドで大騒ぎが続く中、私は黒尽くめの男の人と会話を続けた。
「冥界の支配者…ドドンギバムゴ様から与えられた初仕事は、君の弟である三瀬健太を冥界に案内する事…だった。でも事情が変わったようだ。」
「??」
そこまで話すと男の人は、溜め息混じりにノートを読み始めた。
「何を読んでるんですか?」
「これかい?これは、死神専用のノートだよ。仕事を与えられた時、すべき事が浮かび上がる。何処の誰を連れて行けば良いのか…死んだ人の過去記録も記される。小学生の健太は、君の注意も聞かずに道路に飛び出したようだね?余りにも若いから記録が少ない。」
「!?健太は死んじゃうんですか?」
「話を聞かない人だな?さっきも言ったろ?そのはずだったって。彼の生死は君に掛かってる。」
「????」
話が…さっぱり読めない。
1度、状況を整理しよう。
(ええっと……)
「お母さん!部屋に黒尽くめの不審者が…!」
とりあえず、側にいる人が怪しい。
「無駄な努力はしない事だ。他人に僕の姿は見えない。不審に思われるのは、むしろ君の方だよ?」
お母さんは、健太の前で大泣きしてる。私の声に反応してくれない。
「験してみようか?」
未だ状況が把握出来ない私を前に、死神と自称する男の人が隣のベッドに近づいた。
お医者さんの体を通り抜け、ベッドを通り抜け…Uターンして、お母さんの体をすり抜けて戻って来た。
「ねっ?僕はこの世に姿を持たない。アストラルボディー…つまりは霊体なんだ。」
「!!お化け!!」
「………。君は、本当に話を聞かない人だね?それで教育係が勤まるのかい?」
「!?えっ!?」
男の人が、自らを死神と称したのは何度も聞いた。……素直に受け入れられる話じゃない。
「!?ここは…?」
「君も霊体だよ。」
「??」
そう思った瞬間、私は外にいた。多分、病院の屋上だ。
「先ずは冷静になってもらえるかな?そうしないと話が進まない。」
「………。」
男の人は座り込み、黒いノートを開いた。
「私は、死んじゃったんですか!?」
外に出される前、ベッドに横たわる自分の姿を見た。血色が悪く、まるで死んだようだった。
「ここに、ドドンギバムゴ様からの指示が書かれてる。」
「ドドンギバムゴ?」
「様を付けなよ。冥界の支配者だぞ?西洋ではハーデス…東洋で言うところの、閻魔大王になるのかな?」
「……?」
そこまで説明すると男の人は苛立ったように、未だ首を傾げる私にノートを広げて見せた。
「貰ったばかりのノートだ。初仕事に喜んだ矢先だよ…。まさか、こんな指令が下されるとはね…。」
『新人よ。先ずは就任を祝す。しかし君は…限り無く新人だ。そこで、今日死ぬ予定だった三瀬健太の姉から学ぶのだ。案内人としての有り方をだよ。綾さんに伝えておくれ。見事、君を立派に育てた暁には弟さんの命は救ってあげると。』
取り敢えずは、ノートに書かれた内容を読んだ。
「……。君に、死神の経験はあるのかい?」
読み終えると、男の人から質問された。
「………。ありません。」
私は高校生になったばかりだ。中学では吹奏楽部でトロンボーンを演奏し、高校でも音楽を続けるつもりでいる。過去の経験に、死神として活動した覚えは一切ない。
「………だろうね。」
男の人はさっきよりも大きな溜め息をつき、次のページを捲った。
『綾さんにそんな経験がある訳ないだろ?彼女は人間だ。しかし君は、その人間である彼女から学ぶんだ。』
「!!?字が…勝手に!?」
「ドドンギバムゴ様の意思が、文字化してるんだ。」
次のページは白紙だった。でもそこに文章が現れた。
『君にはまだ名前がない。そこから始めよう。彼女に与えてもらいなさい。そして一緒に、仕事をこなすのだ。』
文字はそこで止まった。すると男の人はノートを閉じて立ち上がり、また大きな溜め息をついた。
「名前を…付けてもらえだってさ。」
「私は…死んじゃったんですか?」
この人もこの人で、私の話を聞いてくれない。
「いや、ここに来た死神は僕1人だ。つまり君は死んじゃいない。重傷は負ったようだけど、霊体になったのはドドンギバムゴ様の仕業だろう。ただ…霊体になってしまうと、所謂仮死状態になる。上の子も昏睡状態に陥ったと、両親は泣き叫んでるだろうね。」
「!?私を、元の姿に戻して下さい!」
「それは出来ない。君は今日から僕の教育係だ。それが終わるまではこのままでいてもらう。」
「!!そんな…!」
「弟の命が惜しくないのかい?ドドンギバムゴ様の伝言を読んだろ?教育係を放棄したら、弟の冥界行きは決定だ。」
「!!」
………。健太を救おうとした。だけどそれだけじゃ助からなかった。重傷を負い、昏睡状態に陥ってる。私は、そこまでしか出来なかったのだ。
だから閻魔大王が、最後のチャンスを与えてくれると言う。死神の教育係になって、彼を立派に育て上げろと言うのだ。
(私に一体、何が出来ると言うの?)
だけど私に死神の経験はない。ある訳がない。
それよりも何よりも…これは本当の話?私は、夢を見てるんじゃないの?
「あのさ…。」
冷たいはずの風が吹いた。それなのに髪が靡く訳でもなく、肌が感じるはずの感触もない。
(そうだわ。きっと私は、夢を見てるだけなんだわ…。)
「あのさ…。」
「!?」
でも何故か、さっきから一緒にいる男の人に対しては変なリアリティーを感じる。強い風が吹いたのに、彼のシルクハットも微動だにしない。
(…霊体だから?)
「名前を…付けて欲しいんだけど…。そうじゃないと何も始まらない。」
「…………。」
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