第13話(4/4)
「え、マジすか?」
俺よりも先に、みのるが言った。彼ほどの美男子に彼女がいないということに驚いたのだろう。マジでと雅人さんが頷くと、ナナが嬉しそうに俺を見上げた。みのるはグラスの残りを飲み干して、瞬きをしながら尋ねた。
「なんでまた」
「なんだろうねえ。なんか、面倒になっちゃったんだよね」
一途であるならば、彼は真面目に恋愛に取り組むタイプなのだろう。疲れてしまうのもしょうがない。ナナを解放し、そうなんだと呟く。俺はほっとした。
「じゃあみのるくん、あたしたち帰ろうか」
笑う目がちらりと俺を見た。ゆっくりしていけばいいのにと言う雅人さんに、ナナはことさら笑顔を浮かべて背筋を伸ばした。
「浩ちゃんの邪魔したくないんです。雅人さん、また遊んでください」
本当に、ナナは俺をどうしたいのだ。額を押さえて、ため息を漏らしながら見送る。みのるは去り際に生ぬるい視線をよこしていった。
「可愛いなあ」
ナナの消えた方を見ながら、雅人さんが呟いた。俺は顔の熱さを誤魔化すように、ジョッキに口をつけた。
「甘いんだから、雅人さん。俺には呼ばせてくれないくせにさ」
雅人さんが笑った。通じたようだ。
「何いじけてんだよ。別にいいだろ、あの子が呼ぶぶんには。いちいちそんなこと言ったら可哀想だし」
俺がジャンと呼ぶのと彼女がそう呼ぶのでは、その名にこもる想いの重さはまったく違う。確かに訂正しても事情をあまり知らないナナにとってはわからない話だ。とはいえ、ここですんなり頷くわけにはいかない。
「違うね。女だから優しいんだろ」
「当然だろ」
さらりと返されて悔しくなる。
「やだな色男。もう大変よ。うちのバイトもみんな雅人さんに持ってかれちゃう。俺が釘ささなきゃひっきりなしにこのテーブルに来てますよ。教育し直しだな」
「店長がチャラいと店員もチャラいのか」
「チャラくねえし」
どうだろうかと言って、雅人さんは頬杖をついた。
「でもほんと、ナナちゃん可愛いなあ。お前のこと大好きって、ものすごい出てる」
苦笑いをする。確かにナナは俺のことが大好きなのだろうが、あれは完全に俺で遊んでいるだけだ。
「あいつも舞い上がってるんだと思う、雅人さんと会えて。Victimizeのビデオも見てるし、CDも聞いてるし」
そういう喜びもあっての無礼講なのだろう。
「お前が全部見せたの?」
「そう」
「よし、じゃあお前の部屋、行くか」
「ん? え? えええええっ!」
叫んだ俺に、うるさいなと眉を寄せる。
「ナナちゃんも見に来ればいいって言ってたし」
「そんな、そんな、無理だろ」
急なことに理性がついてこない。ナナの言うとおり、俺の部屋にはジャンのポスターが貼られ、ウェブサイトを作るために出しておいた雑誌が積んであるままなのだ。彼と知り合う以前ならともかく、今になってそれを本人に見られるのはこの上なく恥ずかしい。
「まあいいじゃないか、そうと決まれば早く行こう」
「いやでも飲み物も何もないですよ!」
「そんなのコンビニで買えばいいだろ」
雅人さんは立ち上がり、ハンガーからコートを抜いた。構わずさっさと席を出てゆく背中を見送って、俺は彼の本気に、血の気が引いてゆくのを感じた。
逢えないあなたはギターマン! 有沢縫 @nuiarisawa
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