第13話(1/4)
「吉岡様とおっしゃる方が来店したら、すかさず俺を呼んで、二十四番にご案内な」
一番奥の六人がけ個室席には、予約済みの札を置いてある。俺は黒いタオルを太めに折って頭に巻きつけた。
「うわー出ました滅多に見られない店長のタオル巻き」
ユウタの声に、掃除する従業員たちが一斉に顔をあげて拍手をする。
「よっ、イケメン!」
ミコの声に顎を反らし、よせよと両手を振り下ろす。
いつもの平日の店が始まった。そわそわしているせいで、暇な時間がやけに長く感じられて苦痛で仕方ない。
六時になると、みのるとナナが来店して予約席に通した。
七時を回った頃、いらっしゃいませという合唱とともにキッチンにユウタが飛び込んできた。
「吉岡様、ご来店です」
急いで手を拭きキッチンを出る。入り口に続く通路を曲がって、俺は思わず足を止めた。
「お、店長」
真っ青なショップコートを羽織った雅人さんがこちらを見て微笑んでいる。細く長いスキニーボトムスの美脚。黒のニットに白い顔が乗っている。いらっしゃいませという声が吃ってしまう。どこのランウェイモデルだよ。俺は頭を抱えたくなった。
こちらにどうぞと言うユウタに頷き従う姿は優雅そのもので、俺は少しの間ことばを発することができなかった。店は俺の日常で、その中に彼が居る。信じがたいことだ。
「すんなり来れましたか」
ユウタの後をふたりで歩く。
「わかりやすいよ。いいとこにあるな。忙しいだろ」
「まあ平日はこんなもんす」
雅人さんは店を見回した。駅に近くて立地がいい。平日でもこの時間になれば、仕事帰りの客で少しずつ店内は賑やかになる。
トレーを脇に抱えたミコが足を止めていらっしゃいませと頭を下げた。その眸が伏せきれていない。雅人さんを見たまま動かないのだ。すれ違いざまに振り向くと、案の定ミコもこちらを振り返っていた。
「もう来てるの、二人は」
頷いて二十四番の席の前で止まる。真横に来て初めて気づいたナナが、驚いたように目を見開き、頬杖をやめた。
「ジャンさん?」
え、とユウタが横で声をあげた。
「コラ! 雅人さんとお呼びしろっつっただろ!」
いいよいいよと雅人さんは笑った。ユウタが説明を求める目で俺を見ている。面倒なことになった。しかも俺にはジャンと呼ばせてくれないくせに、ナナに甘いのが気に食わない。
ふたりの紹介をすると、腰を浮かしたみのるが初めましてと頭を下げた。ナナも立ち上がり頭を下げる。
「すごーい! おしゃれすぎるー!」
ナナは両手をテーブルにつき、無遠慮にキラキラと輝く眸を雅人さんに向ける。謙遜に首を振る彼を、みのるはどうぞと隣に招き入れた。
コートを脱ぐのを見て手を差し伸べる。ハンガーにかけて、呆けるように雅人さんを観察しているユウタの腰を叩いてお通しを持ってくるよう急がせた。
「お腹空いてますか」
「うん、まだ食べてないからね。ふたりに任せるよ」
雅人さんは頷いてみのるとナナを見た。さらにふたりは俺を見て任せると言った。これは今日の大仕事ができた。雅人さんの口に合うものを考え、コースにしなければ。それも責任を持って、自らの手で作らねばなるまい。
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