第12話(3/4)

 次のLSDのライヴは翌月だ。四月に入ってしまうと店は新歓シーズンになってしまう。ライヴのある土日はとりわけ休みにくい。そうなると再会はさらに後になってしまう。仕事を理由にもっともらしく早めてほしいと言うと、平日の俺の休みに合わせて二週間後に都合をつけてくれることになった。こんどはライヴも何もない。他の目的はなく、俺のためだけに時間を取ってくれるのだ。

 通話を終えた携帯を充電器に繋ぎ、ジャケットを脱ぎタイを抜く。両腕を伸ばしてベッドへ倒れた。

 目を閉じると、どっと疲れを感じる。緊張と、めまぐるしい感情の起伏。疲労困憊。それでも、はやく会いたい。明日にでもいいというのなら、俺は喜んで会いにゆくだろう。さすがはカリスマギターマン。ファンに擬似恋愛級のときめきを抱かせる。妻子もいないとわかった今、視界がクリアになり、誰に遠慮するでもなくまっすぐに彼を見ることができるような気がした。

 横を向き、頭の下に肘を置く。そういえば、過去結婚していたと言っていた。聞いたときは独身の事実に気をとられていたが、バツイチというのも大いに気になる。

 相手は一体、どんな女性だったのか。惚れたら一途と言うくらいだから、とても大切にしていたに違いない。彼に真剣に愛されるのは、どんなだろう。彼の意識がすべて自分に集中するなんて、なんて贅沢なんだ。バンドを辞める前といっていた。ジャンの人気はデビュー前から凄まじかったと聞く。その中で彼のプライベートを独占したその女性を思うと、俺は何だか、本気で妬ましく思えた。

 大きく息を吐いて、目を閉じる。すぐさま浮かび上がる彼の横顔。鎖骨にかかる細いチェーン。パンケーキを切り分ける手。闇の中にひらめくそれ。浮かび上がった睫毛の影。煙草を挟んだ白い指先の長いこと。すっきりとした二重と少し眦の下がったきつめの眸。いたたまれない表情。照れ隠しのつっけんどんな態度。

 ――じゃあまたね、おやすみ。

 電話の終わりに聞いた、囁くような声が耳元に蘇る。両手で前髪をかきあげて、唇を開く。

 ほっと息を吐く。そして頬が緩むのを自覚した。


     *


「お前らさ、俺がホモになったら、どうする」

 ボトっと、柔らかいものが潰れる重い音がした。同時に聞いたことのないけたたましい声でナナが笑った。

「ウケるー!」

 ウケるウケると繰り返し、テーブルを叩くナナの横で、みのるが嫌な顔をしながらテーブルを拭いている。生春巻きを落としたのだ。

「ナイスリアクションなんですけど。駄目ですか、みのるさん」

 おしぼりを畳み、腕を組んだみのるは首を振った。

「浮かれて落ち込んでを繰り返しているだけに冗談っぽくなくて怖い」

 低音で一息に言うのに、俺は顔をしかめた。

「安心しろよ、お前に手は出さねえよ」

「あったり前だアホ、キモいこと言うな想像しただろうが」

「したのかよ、変態」

 みのるはフォークを向けた。殺意のみなぎるその先端に、両手を胸元に上げてすみませんでしたと謝る。

 ナナが笑い声を止めた。

「じゃあ誰? ジャン?」

 みのるが噴いた。

「おっ、きますねえ、ナナちゃん、いっちゃいますか」

 首をかしげて俺をのぞき込むナナに、顔を近づける。

「いっちゃうー?」

 喜んで笑う彼女を横目で見て、みのるはひとくちアイスコーヒーを啜った。

「まあ、良かったですね。ジャンは正真正銘本物で、しかも現物も格好良かったと。そんなに楽しかったなら何よりでした」

 俺は唸って、何度も頷いた。

「雅人さんはさ、ほんっと、超カッコいいんだよ。俺ビビったもん」

「雅人さんとか言って、何その近い人アピールうぜえ」

「そういう関係なんだよ、浩ちゃんと雅人さんはさ」

 コイツは絶対にありえないことと信じて疑わないから、こんなに楽しそうなんだろうな。すかさず脱線を直すナナを見てそう思う。

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