第11話(3/4)
雅人さんはいくつかステージに関するアドバイスをした。その後少し話しをして、リーダーの薫が何度も礼を述べた。
「浩二さん、また来てよ。いつでも自由に入れるようにしておくから」
「おー、マジか。VIPじゃん」
「だって関係者じゃないっすか」
「なにそれ気持ちいいわ」
LSDはみな懐っこい。俺はすでに彼らが可愛くて仕方なくなってきていた。これでサイトの更新は雅人さんのためではなく、彼らのためだけにでも頑張ることができるだろう。もう少し早くに会っておけばよかった。
「いやー、あの子たち可愛い。ライヴはイカっついけど、可愛いわ」
階段を登りながらしみじみ言うと、雅人さんが感情のこもった声を出した。
「だーろお? 可愛いんだよほんっと」
「なるほどねえ、雅人さんが面倒見るわけだ」
「そうそう。弟たちっていうか、子どもたちっていうか、そういう系の可愛さ」
俺は案の定そこで引っかかった。そうか。子持ちか。首を振る。考えてはいけない。
入り口を出て、ふと先ほどのアドバイスを思い出した。女の子のファンはたまに厄介だから気をつけろという、あれだ。
「ねえ雅人さんさ、俺が女だったら、会ってなかった?」
「会ってない」
雅人さんは苦笑いで頷く。即答だ。奥さんもいるのでは、当たり前か。俺を男に産んでくれた母に感謝しなければ。そう考えを改めて沈みそうになるのを止める。
外は夜の街になっていた。正面に大きなファストファッションのビルが並んで十分に明るい。
「やっぱり女のファンに困らされてきたんだ、ずいぶん」
歩く雅人さんの後ろから声をかけると、別にと言う。まだ苦笑いをする気配がある。
「あ、誤魔化した」
「そこまではないよ」
「そこまでってどこまでだよ」
「怪我もしなかったし」
「え」
雅人さんは脇の道に入り、関係者入り口の前で振り返った。銀色の背の高い灰皿がある。彼は煙草を取り出した。
「怪我もって、そういうレベルかよ……」
雅人さんは俺の独り言など聞こえていないような顔で煙草を銜える。俺は驚愕の意識の片隅で、ついに来た、と思った。暗がりの中でひらめく白い手の動き。一秒にも満たぬ間に消えたオレンジの火。瞬間的に浮かび上がった手元を見る睫毛の影。俺はすべてに目を奪われていた。
「望は刺されたからね」
まるで感情のこもらない声に我に返る。
「え、望って、あの望」
頷いて細めた目で俺を見る。小さく開いた唇から煙が漏れた。吸ったら? と言われて、喫煙者であるにもかかわらずすっかり忘れていたことに驚いた。
「やばかったよ。次の日テレビの収録だったから。あいつ脂汗ダラダラで撮ってたもん」
「いやおかしいだろテレビ出んの」
「あの頃の俺たちは気合いだけで生きてたから。仕事選べなかったしね。俺なんか可愛いもんだよ。自宅の前に毎晩人がいるくらいで」
「え、何それ、完全にやばいじゃん」
煙草を出してみても火を点ける暇がない。
「まいてもまいても絶対についてくるんだよ。わたしはジャンと同じ星に住むの、って言ってきかないとかね」
「うわ。まあ、気持ちはわかるけど」
「わかるなよ」
灰皿の縁で煙草を叩いて笑われる。
「でも、それで実際は何人かは部屋にあげちゃったんだろ」
「んなわけないだろ」
ようやく俺は煙草を銜えて火を点けた。
「またまた。嘘言って。一列に並べて、今夜はお前、ってやってたんだろ?」
ぶっと雅人さんが噴き出した。
「いつの時代だよ!」
「え、やらないの、それ」
「やらねえよ! いや、知らないだけでやってる奴もいるかもしれないけど、俺はない、俺は」
「信じられるかよ。ジャンだぜ。花形だぜ、バンドの」
横目で見る俺に、雅人さんは嫌そうに顔をしかめる。
「お前ジャンに謝れ。どんなイメージ持ってんだ」
「いや普通に、子猫ちゃん、今夜は僕が可愛がってあげようとかいう感じ」
「ちょ、ちょっとやめろ」
雅人さんが慌てて両手を上げて、俺の腕を掴んだ。何かに耐えるような複雑な顔で笑っている。
「何が」
「その口調、やめろ、恥ずかしい」
手が離される気配はない。俺はにやりとした。これはいいものを見つけた。
「今夜は俺のギターになれよ子猫ちゃん、みたいな」
「やめろって」
「夜は僕じゃなくて俺になんの?」
「ちげえよ!」
強く引かれる腕に笑い声を上げて、なおもジャンの口調をいくつか真似た。そのたびに彼は面白いくらいに恥ずかしがり、終いには手で顔を覆って目を隠してしまった。
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