第6話(1/2)
目が覚めると、みのるが買ってきてくれた市販薬をすぐに飲んでマスクで出勤した。幸い咳は出ないが頭痛が酷い。だがどう考えても休めない。繁忙期に店長が休めば士気も下がる。しかし風邪を流行らせてもいけない。悩んだが、やはり自分だけ休むことなどできなかった。俺は従業員に心配をされながら、なるべく彼らとの接触を控えてその日を乗り切った。
それからもずっと休めなかった。当然風邪の治りは遅く、いつまでも振り払えない怠さにひたすら耐える、とにかくしんどい日々だった。卒業単位をほとんど取り終えたナナは授業が少ない。家庭教師のバイトが終わると毎日のようにやってきては、力を使い果たした俺の面倒を見てくれた。
店の階段を上がりながら携帯を出す。風邪と忙しさのせいで日にちの感覚はなかったが、すでに忘年会ラッシュに突入し、気づけば十二月も後半になっていた。依然体調は芳しくないが、みのるとナナが少しだけでもクリスマスのお祝いしようと言うのだ。そういう理由をつけない限りは、なかなか三人では会えない。俺は階段の入り口に置いたツリーの電球が切れていないことを横目で確認し、店を出たこと連絡しようとして、メールの着信に気がついた。
《メリークリスマス、コウジ。
元気にしている?
仕事、忙しいのかな。少し心配です。
いつもありがとう。君に素敵なクリスマスが訪れますように。
またね。 ジャン》
俺はたまげて足を止めた。
胸が締め付けられて苦しい。彼からプライベートなメールを貰ったのは、本当に久しかったのだ。それも、こんな日に。さすがはジャンだ。クリスマスイヴのきらびやかさと切なさは、いかにも彼に似合いすぎている。胸の締め付けられたところから、徐々に暖かいものが広がってゆく。
やっぱり、俺は彼が好きだ。それなのになぜだろうか、俺はこの頃、彼のことを考えていなかった。
そしてようやく俺はそこで気がついたのだった。なんと一ヶ月前に頼まれたサイトの更新を、すっかり忘れていたのだ。彼はあれから更新の依頼のメールもよこさず返信の催促もしなかった。俺は忙しさと体調の悪さで余裕をなくし、メールが来ないことも手伝って思い出せなかった。喜びは一気に引いて、代わりに寒気のようなものが込み上げた。
俺は慌てて帰宅し、待っていたナナとみのるを差し置いて一ヶ月遅れの情報を更新した。そしてすぐにジャンに返事を送った。遅くなったことを心から詫びる文章に、メリークリスマスということばを添えて――。
夜勤明けの早朝から始めたささやかなクリスマスパーティと称した飲み会は、わずか三時間で全員が眠りに落ちて終了した。ふたりは昼に目を覚まして帰宅し、俺は風呂に入った。今日もこれから出勤なのだ。十五時には店に入りたい。あと三時間、もうひと眠りしようかと髪を乾かしていたときだった。
ジャンからの返信メールが届いていることに気がついて、驚いた。いつになく早い。しかも、よくわからない内容だ。
《ところで君の携帯番号は、昔から変わってないの?》
というものだ。まるで旧知の仲のような問いかけに不思議に思いながら、
《中学の頃から変わっていないけど、なんでですか?》
と返信した。
すると、一分もしないうちに携帯が鳴った。
風呂あがりの湿った手のひらが一気に汗をかいた。知らない携帯の番号だ。まさかな。まさか。そんな馬鹿なことはない。俺は携帯を握りしめ、部屋の中を右往左往した。
だって、一度だって携帯番号など教えていないのだ。ありえない。考え過ぎだ。そんなめでたいことがあってたまるか。
部屋を四往復したところで、着信が止まった。
「あ!」
なんてことだ。切れてしまった。もし、もしも万が一、この電話が、とてつもない相手につながっていたとしたら、俺はそのチャンスを逃したということになる。いや、待てよ。相手の電話番号が表示されていた。かけ直せるではないか。
どうしようか。俺は部屋の中央に立ったまま、画面を睨んだ。
そんなに緊張することではない。ただの間違い電話かもしれない。だって番号など知らないはずだ。誰か知らない相手に決まっている。だったら、かけ直してみればいい。こんなに考えることじゃない。俺は自分に言い聞かせて、着信履歴を開いた。そして、発信した。
生きた心地がしない。気持ちが悪くなる。吐きそうだ。結局俺は、わかりやすいほどに緊張していた。
「うおっ!」
二度のコールが鳴り終えたときだ。それが途切れたことに驚いて、思わず声を上げた。
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