第4話(2/3)

 毎日とはいかないが、コンスタントにメールのやり取りがある。俺の幸福は、いつもメールの最後にあるひとことに集約されていた。

 またね。

 ジャンはいつもそう書いた。それを確認する度に、俺は口元が緩んでしまう。

 ある日俺はふと思いつき、公式サイトがないのならぜひ俺のサイトを公式にしてくれと言ってみた。随分不躾で、図々しい冗談だ。


《活動をしていないから、公式は変だし、じゃあ、公認でどう?》


 しかし驚くことにジャンは快諾した。公式も公認も俺にとってはどうでもよかった。彼は今、どの事務所にも属していない。彼が何をしても制約はないのだ。

 例のごとくナナとみのるに騒いで報告したのだが、冷静なみのるに大丈夫かと言われて不安になった。あくまで素人の作ったものなのだ。ジャンのイメージを落としかねない。だが正直に彼にそう尋ねると、まったく問題ないというあっさりとした返事が返ってきた。

 こうして俺のサイトは公認サイトの看板を掲げることになり、それをきっかけに俺はジャンから直々に情報を得るようになった。俺がインタビューをして、彼が答えてくれる。Victimizeの公式サイトにはなかった、ジャンの完璧なプロフィールだ。まさに夢のようだった。

 身長は一七八センチで、体重は秘密。そうだろうそうだろう。メールを見て実に胸がすくような思いで頷いた。モデルのような彼はそれくらいの身長だろう。俺よりも少し低いというところが、これまた倒錯的なフェミニンさをキープしてくれていて実にいい。しかもあの体型を見れば六〇キロ程度しかないのがわかるのに、それなのに、秘密。その回答がジャンらしくて、俺はいたく満足した。

 飲み物はワインが好き。甘すぎるカクテルは嫌い。主食は薔薇と星くずだけど、野菜も好き。好きな映画は当然、「2001年宇宙の旅」と「ロッキー・ホラー・ショー」……。誰も知らなかったジャンの秘密が、徐々に見えてくる。

 俺は興奮しながらそれらを少しずつファンに公開した。こうして俺たちの秘め事は、公の秘め事となった。それはかつて経験したことのないようなとてつもない甘美だった。俺は酔いに酔った。ファンからは羨望と尊敬が一挙に集まり、英雄視される。しかしそのやり取りも経緯も手段も明かさない。彼らとは一線を画して、自分だけがジャンとの世界にいる。俗にいう、独り占め。他のファンに少しだけ分け与えることで優越感に浸る。もちろん、彼らを軽んじているわけではない。彼らがいなければ、サイトは話題にならず、ジャンの耳にも入ることがなかったのだろうから。

 やがて掲示板も復活して少しずつ情報が開示されてゆくと、ファンの熱は高まって、案の定ひとつの話題に至った。

 ジャンはもう、活動しないのか? 新しいジャンの音が聞きたい。もっともっと、ジャンが欲しい――。

 ある日俺は、直接尋ねてみることにした。もう二度と彼のギターを聞くことはできないのか。ジャンは時折掲示板を覗いてくれていた。もう彼が書き込むことはなかったが、ファンの気持ちは痛いほど感じているようだった。


《でもね。僕はもう、表には立たないよ。自分の星へ帰ったからね。》


 グラムロックに傾倒する人々は、どうも宇宙的な世界観を持つことが多い。しかしこの一行は俺にとってはまったく笑えず、ただただ切ないだけだった。なにせ、希望が絶たれたのだから。だがそのメールはそれでは終わらなかった。


《だけど、今、実はこっそりと、面倒見てるバンドがいる。プロデュースとまでは行かないけれど、アドバイスをしているよ。》


 それを見て俺は思わず声を出した。

 ジャンが関わったものが、世にでる可能性があるということではないか。いや、必ず出る。Victimize時代、バンドをプロデュースしていたのはジャンなのだ。つまりバンドが売れたのは彼の力によるところが大きいということだ。彼自身の活動は見られないという断言による辛さを拭いきれはしないが、しかしこれは、十分に希望だった。

 そのバンドはインディーズに出始めたばかりで、まだ高校生だという。公式サイトもないらしい。

 俺は何かしたかった。ジャンの役に立ちたかったのだ。

 そこには打算というにはいささか純粋すぎる、淡い期待がある。きっと得られるかけがえのない利益。それは、途切れにくい、確実な絆。

 俺はそのバンドのウェブサイト制作を申し出た。当然、無報酬だ。プロではない。するとジャンは驚いて、そして喜んでくれた。

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