第2話(1/2)

 サイトにはすぐに客が来るようになった。ビギナーズラックだ、調子に乗るなよ。みのるはそう言うが、俺は十分に浮かれていた。大海原に投げた小瓶に思いがけない異国から返事が届いたような驚き。退屈をしていたところに、転がり込んできた面白いもの。そういう喜びに俺は浮かれていた。

 トップページに設置した来客数を計るカウンターは見る度に数字を増やしてゆくし、掲示板には頻繁に書き込みがある。今時はSNSで事足りるのだから掲示板など必要ないとみのるは言ったが、俺はどうしてもやってみたかった。自分が作ったものに反応が得られるなら、そんな面白いことはない。もちろんSNSも活用させてもらった。ジャンのファンが集うコミュニティでサイトの宣伝をしたのだ。すると彼らはすぐに駆けつけてくれた。

 ジャンの功績や魅力を認める人間が今でもこれだけ多くいる。しかも、こうしてすぐに反応を返してくれるほど、ジャンに飢えている人間が。俺はそれが何より嬉しかった。

 ファンと現役Victimizeの間に横たわる温度差。被害妄想なのかもしれないが、どちらかといえば、バンド側の態度はジャンを疎ましがっている扱いに感じられた。俺は少しそれがいたたまれなかった。だがこんなにも仲間がいる。淋しさの共有者を見つけたのと青春時代がよみがえる錯覚とで、俺の興奮はますます盛り上がった。

 掲示板には、こんなのを待っていたというものからジャンの功績をとうとうと称える内容、あの曲のあのギターが好きだという細かいものから、脱退後のうわさ話まで書き込まれた。そしてそれらにはきまって必ず、今はどうしているのか、というひとことが書き添えられていた。

 毎日のようにジャンの所在の不明を嘆く声を目にしてゆくにつれ、俺は徐々に、彼の現在をどうしても確認したいという気持ちに駆られるようになった。

 無論、そんなこと、何度思ったことか。

 まるで入れ違うかのように、俺が好きになると同時に彼がバンドを辞めた。そしてそれきり、ジャンは表舞台から姿を消した。高校生だったあの頃、ネットも雑誌も隅々までチェックした。もちろん、何の情報も得られなかった。

 ただの自己満足としてファンであることの代表を気取りたいだけだったのに、それが実現しつつあるからだろうか。俺は今ならどうにかして、ジャンにつながる細い糸を、どこかに垂れたそれを掴めるかもしれないという希望を見出しはじめていた。そしてさらに、あわよくばこの想いを、ジャン本人の耳に入らせないと気がすまないという欲までも沸き起こった。それはどこか義務感のようなものまで伴っていた。今はどこで何をしているかもわからぬ彼に、自分がファンを代表し伝えなければならないという、思い上がった義務感が。

 ただ、手立てはなかった。以前Victimizeの所属する事務所に何度かファンレターを出したことがあったのだ。ジャンはすでにいなかった。それでもすがる場所はそこしかなかった。手紙はすげなく返送された。何度送っても同じ結果で、しまいには返送さえされなくなった。諦めの悪い俺はついに事務所に電話をかけて、どうすればジャンに手紙を出せるのかと訊いた。だが返事はやはり、とにかく事務所ではジャンへの手紙は受け付けない、今後も関知しないというそっけないものだった。高校生の俺は本当に悔しくて、死ぬまで諦めるものかと思ったものだ。

 どこを探しまわっても、辿りつけない。そのことが俺の中でジャンを不明瞭にさせた。この世に存在しない、作り物のギタリスト。そう思えたくらいだ。そして気づけば、死ぬまでと誓ったことも所詮、時間が忘れさせたのだった。

 あれからもう六年は経つ。一体、どうすれば彼にコンタクトが取れるというのだろうか。ジャンと関わりのあったミュージシャンに接近してみようか? 再びVictimizeの事務所に尋ねてみようか? 二十二になった今、またあの頃の熱がよみがえるような気がした。諦めずに執拗にジャンに繋がろうとした、無垢なまでにただ衝動に突き動かされていた、あの頃の熱……。


 結局得策は思いつかぬまま、一ヶ月近くが経った。ジャンにつながるために何でもやる、とは思っても、やはり利用する前提でミュージシャンに近寄るようなことは出来なかった。俺は案外、常識人で優しいのだ。

「ちょっと六番」

 便所の隠語である。腰骨に巻いたエプロンを解き、壁のフックに引っ掛けてドアを押す。

 髪を縛っていたゴムを外して頭を振る。ポケットから携帯を取り出して便器の並ぶ窓際に置いた。窓には雨粒が頻繁にぶつかっている。仕事が終わるまであがりそうもない。ぼんやり眺めながら用を足し、メールの着信を知らせる緑色のライトを見る。

 手を洗い、片手をペーパータオルで拭いて携帯のスリープを解除する。顔文字が並んだだけのよくわからないナナからのメールと、地元の友達からの飲みの誘い。それと、みのるからのメール。

 みのるのメールにはただひとこと、掲示板を見ろ、とだけ書いてある。眉を寄せた。言うまでもなく、自分が作ったジャンのサイトのことだろう。

 そのまま携帯でサイトを開いて驚いた。カウンターが恐ろしいほど回っている。普段は一日で百程度回るのだ。俺が最後に見たときから五百は回っているではないか。何が起きたのだ。みのるのメールによれば掲示板に原因があるということだ。何となくトラブルの予感がして顔をしかめる。

 掲示板を開くと、そこにはひとつの書き込みがあった。

「えっ」

 俺は思わず声を出し、手で口を覆った。

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