聞こえる音(リクエスト)
《謡義太郎様からのリクエストです!お題は“音”。お楽しみくだい》
俺は音楽が好きだ。明確な理由なんかはない。ただただ音が好きだ。小さい頃はただなんとなくやっていた。音を奏でている自分が何だかかっこよく思えた。小学校にあったオーケストラに入って、ただ何となく楽器を鳴らしていた。
だけどある日、突然やって来た先生の指揮に一目惚れをした。その指揮者は一言では言い尽くせないほど凄い先生だった。スタンダードな振り方ではないのに、伝わるもの。出すところ、引くところ、目に入る全てが体に伝わっていった。その時、俺は初めて自分が“音”を奏でている事を感じた。
合奏のあと、俺はその先生を追いかけて言った。「俺を弟子にしてください!!」勿論先生は驚いていた。
当然だ。一人の、名も知らない生徒がいきなり弟子入りを志願してきたのだから。
「えっと……。弟子入りを志願されたのは僕初めてだな……。どうしよう。あっ、まず名前を聞いていい?」
名前を名乗らずにいきなり弟子入りを志願した俺に、先生は優しく聞いてきた。
「あっ、すいません……。渡辺陸です」先生は少し考えてから言った。
「うーん……。そうか。じゃあ陸君」
先生は笑っていった。
「君の弟子入りを認めよう」
そして先生は師匠になって、俺は弟子になった。
それから俺は時々師匠の家に行って色々教えてもらった。どうやら、師匠は臨時の講師だったらしく学校には何か無ければ行くことはないみたいだ。
ある時、師匠の指揮に一目惚れしたことを告げると、師匠は照れて言った。
「ありがとう。そんなに褒められたのは初めてだな。」
師匠は何を考えながら指揮を振っているんだろう。そう思って僕は聞いてみた。
「えっと……。僕はいつも吹いてる人の事を考えながら振ってるかな?何かを伝えたいときは、なおさら。」
きっと同じ曲を振っても師匠の様にはなれない。師匠の様には、きっと……。そんな俺を見て、師匠は言った。
「そういえば、僕の指揮で何か吹く感覚が変わったって言ってなかった?」
「えっ……あっ、はい。凄い変わりました。何か、こう、導かれてるような。音がスラスラと出て来る感じです」あの時の事を考えれば今でもワクワクする。師匠は笑って言った。
「多分ね、それは僕と陸が共鳴したからなんだよ」
……共鳴? そう頭にはてなマークを浮かべる俺に師匠は説明を始めた。
「ほら、音叉ってあるじゃん?片方を鳴らすともう片方も同じ音がなるやつ」
「……はい」音叉がパッと思いつかなかったのを恥ずかしく思いつつも俺は答えた。俺はまだ師匠の言いたいことが分からなかった。
「僕と陸は一緒だったんだよ。周波数」
「周波数、ですか?」
「うん。でもね、君だけなんだ。僕は陸だけだった」そういう師匠は悲しそうだった。
「師匠……?」
師匠は泣きそうな声を出していた。師匠は心配そうな顔をする俺に気付き、慌てて言った。
「あっ!ごめん、ごめん。気にしないで。僕は陸だけにしか共鳴できなかったけど、陸には出来ると思うんだ。きっと。吹いてる人を、音を一つに纏めて、聴いている人に届けることが」
師匠は笑って言った。
『そんなことない!』そう叫びたかった。師匠の指揮が俺を変えた。俺の中の音を変えた。そう、言いたかった。
だけど、泣きそうな顔でそれでも強く笑う師匠を見て、弟子の俺は何も言えなかった……。
それから、その日のことは何もなかったように流され、俺は師匠との日々を過ごしていた。
中学に入ったら、部活で指揮者をやろうとも決めていた。それを師匠に話すと、師匠は嬉しそうに笑っていた。
だけど俺は気付いていた。師匠が病気であることに。隠しているつもりなのだろうか? 俺との食事後必ず席を立つこと。カレンダーに毎月のように書かれている、『病院』の文字。細くなった体。
だけど、師匠は笑って何でもないように過ごす。
師匠の病気に気付いた弟子は一体何をすればいいのだろう?
師匠の心臓の音が少しずつ小さくなっているのを感じる、夢に見る。俺は初めて音が怖いと思った。
中学二年の春。師匠が入院をした。
見舞いに行くと、師匠は笑って言った。「大したことないよ」と。
そんな訳はない。そんなはずない。何で今更見栄を張るんだ。嘘をつくんだ。師匠……。
師匠の思いの通りに俺は気付かないふりをした。
「早く退院してくださいね 」
そう言って部屋を出る俺には、「ごめんね」という小さな声が届いた。
その声を聞きながら、涙を見られないように、気付いていることを気付かせないように、俺は振り向かなかった。
それから数ヶ月、俺は念願の指揮者になった。師匠は相変わらず、入院していた。
師匠の言葉通り、俺は周波数を合わせるのが得意なようだった。皆の音を100%出せた。だけど、共鳴は出来なかった。100%は出せても、200%は出せなかった。
『やっぱり師匠は俺にとって特別だよ』
病院にいる師匠に、心の中で呟いた。
本番の一週間と三日前、師匠に呼ばれ病院に行った。師匠は俺にノートを渡した。
「これ。まぁ何だ……。最期の手紙みたいなやつかな?もう、いつ逝ってもおかしくないってさ。まぁ陸は気付いてたんだろうけどな」
すっかりやせ細って、弱々しくなった声で、それでもなお笑っている師匠を見て何故か俺が泣きそうになった。
「当たり前だろ!俺は……弟子だ」
師匠は笑った。いつも通りに、優しい笑顔で。
「演奏会、聴きに行けなくてごめんな」
「いいよ、そんなの」涙を拭いながら俺は答えた。嘘だ。本当に来て欲しい。誰よりも師匠に伝えたい。届けたい。
「そうだ……。もう、病院には来ないで」
師匠は笑いながら言った。
「な、なんで!!」
「本番近いんだろ?余計な事は心配しなくていい」師匠は静かに言った。
「余計な事ってなんだよ!?」そう怒る俺はきっと幼い子供のようだったと思う。
「陸。君と過ごせて良かった。陸はずっと僕の弟子だ。」
師匠は強い瞳で俺に語った。その目を見て、俺は悟った。『無理だ』この目をした師匠は何が何でも折れない。
「陸。お別れだよ」
「嫌だよ! 師匠!」
「もし、陸の演奏会後僕がまだ生きていたら、会いに来てね」
「……分かった」
「陸。頑張っておいで」
師匠が泣いたのを初めて見た。俺は泣かなかった。まだ、信じたかった。もしかしたら……、その可能性を。
去り際、俺は師匠に言った。
「共鳴したのは師匠だけでしたよ」
「えっ……?」
師匠は少しして、また笑顔になった。
「嬉しいよ」
扉を開ける。
「ばいばい。陸」
「また今度、師匠」
……扉を閉める。と同時に俺は座り込んだ。涙がとめどなく溢れる。扉の向こうからも、泣き声が聞こえる。
きっと俺の声も聞こえてる。
だけど、師匠の所へ行くには、背中の扉は重すぎて、厚すぎて。それに逆らう術は、師匠にも、弟子の俺にも無かった。
静かな病院に、二人分の泣き声が響いていた。
師匠から貰ったノートは、闘病日記だった。
死が怖い。
痛みが怖い。
生きたい……。
弟子の演奏会に行きたい。
行きたい。
生きたい。
その願いは届かず、医者から告げられたあまりにも短い余命。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
死にたくない。
陸。ごめん……。
そのノートには病気の辛さ、苦しみが何ページにもわたって書き記されていた。何で、何で。こんなにも辛かったのに、痛かったのに、笑っていたんだ。ノートを見終わると、最後のページに手紙が挟まっていた。
僕の愛弟子へ
これを読んでいるということは、僕の命はもう消えかかっているんだろう。
ついでにノートも渡しているんじゃないかな?
陸に伝えたいことは沢山ある。
でも、僕の言語力では書き尽くせないから、大事な事だけ書くよ。
まずはありがとう。
僕を“師匠“と慕ってくれて。
凄く嬉しかった。
そしてごめんね。
演奏会に行けなくて。
行きたかったな。
医者にはまず演奏会までは持たないでしょうって言われてしまった。
ごめんね。
行きたかったな。
見たかったな。陸の指揮。
なんたって、愛弟子の初舞台だものね。
でも、見れない。
悔しいな。何よりも。
未練残って、幽霊になりそう。
あっ、そしたら陸の演奏会行けるかも!
何てね、冗談だよ。
いざ書くとあまり思いつかないな……。
じゃあ、最後に大事な事を。
陸。君は僕の最初で最後の弟子だ。
自慢に思う。陸なら何があっても大丈夫。
僕は君をずっと見てるよ。
師匠より
師匠……。変に明るい師匠からの手紙。やはり、カッコつけて強がっているのが隠せてない。師匠の今までの言葉が、よみがえる。
俺も立派な師匠をもてて幸せだ。
師匠、どうか俺が死ぬまで俺の師匠でいて下さい……。
師匠が亡くなった知らせを受けたのは一週間後。
演奏会の三日前だった。
友人は俺の事を心配した。だけど、思いのほか俺は大丈夫だった。先にもしもの為のお別れを済ませたおかげかもしれない。
本番はあっという間にやって来た。気付いたら俺は舞台袖にいた。
舞台に入る合図が出る。皆が緊張した面持ちで入っていく。皆が座ったのを確認して、俺も舞台に上がる。客席にお辞儀をし、指揮台に乗る。
指揮棒を持つ手が震えている。
緊張している。
突然、屋内の筈なのに風を感じた。だけど、それに乗って聴こえた声に納得する。『大丈夫ですよ』
なんだ、やっぱり来てたのか。師匠……。震えが止まる。
見ていてください。弟子の初舞台を。
作者より
思ったより長くなった……。
そして、途中でお題から外れた……。
もはや、お題“音”じゃなくて“師弟”では!?
………(泣)。
ホントにすいません。
いや、でも楽しかった。
素敵なお題ありがとうございました!!
色々な短編集 青空リク @yumeumi
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