1日だけの…(リクエスト)

《東 海さんからのリクエストです。

お題は、1年でたった1日しか開店しない喫茶店 です。》




最近気になっている店がある。

喫茶mag杯マグパイ

変な名前だな、と通勤途中おもった。


だが、それよりも変なのは開店しているのを見たことがない、ということだ。


月曜から日曜。

朝、昼、夜。

いつ行っても、看板はCLOSEのまま。


気になって、上司に尋ねると、もっと変な答えが返ってきた。



「喫茶mag杯?何だその変な名前の喫茶店。

何だ?お前の家の近くにでもあるのか?」


「いや…。駅から会社までの不動産の隣にあるじゃないですか。」


「不動産の隣?いや、そこは空き地だぞ?」



何故だ?同僚にも聞いたが、全く同じ答えが返ってきた。


不思議だな。香織。

天国の妻に言う。

去年、癌で若くして命をおとした妻。


彼女の命が途絶えたとき、俺は出張でそばにいてやれなかった。 


俺が知らせを受け、急いで戻った時香織の体温はもう、感じられなくなっていた。


ずっと、ずっと後悔している。


毎日仏壇に手を合わせ、謝っている。


香織がいなくなってから、毎日が単調に過ぎていく。


朝起きる。

顔を洗って、ご飯を食べる。

会社へ行く支度をして、仏壇に手を合わせ、家を出る。


仕事をする。

昼ごはんを食べ、仕事をする。


家に帰る。

手を洗い。ご飯を食べる。

歯を磨き、風呂に入り。

やるべき事をやって寝る。


喫茶mag杯はCLOSEのまま…。


春が来て、夏が来た。


段々と暑くなっていく、それ以外とくに変わらない毎日が、ある日、違って見えた。


会社からの帰り道。

夏にも関わらず、星がきれいだった。

喫茶mag杯にOPENの文字。


俺は吸い込まれるように、入っていった。


「いらっしゃいませ。喫茶mag杯です。

あちらがお客様のお席でございます。」


席が決まっているのか?

だが、その席には先客がいた。

決して知らない人ではない。

懐かしい後ろ姿だった。


「香織…?」


「遅いよ。弥彦。すごい待ったんだから。」


いたずらっぽく笑って、香織は言った。


「何で…?何でここに?」


「あれ?知らなかったの?ここは喫茶mag杯。1年にたった1日しか開店しない喫茶店…。久しぶりだね!弥彦。」


いやいや、話が急すぎる…。

でも、夢でないと信じたい…。


「香織…。あの…。」


「はい!謝るの禁止!もう、向こうで散々聞いたよ。私が怒るわけ無いでしょ?」


「香織…。」


「知らないとでも思った?貴方が、私の治療費の為に凄い働いてた事ぐらい知ってたよ。それより、貴方の今を知りたいな。」


謝らなくても、良かったんだな。

香織は怒ってなかった。


それから、俺は香織と話した。

今の生活、上司、同期、後輩。

同窓会に行ったこと。

結婚した奴らのこと。


その中で香織は言った。

「再婚してもいいんだからね?」


「そんなわけ…!」


「聞いて。貴方が寂しがりやなのは誰よりも知ってる。

お願い。無理をしないで。」


彼女は真剣な顔でそう言った。


それから他愛もない話を再開した。


時は飛ぶように過ぎていった。


「お客様。閉店の時間です。」


時刻は11時50分。


「もう行かなきゃ…。」


分かってるよ。

ここは1年にたった1日しか開店しない喫茶店。

もう、終わりだ。


「また、会えるよな?」


「えぇ。また、七夕の夜に…。」


香織はそう言い、扉の向こうへ消えていった。


七夕…。

今日は、七夕だったのか…。


「お客様はあちらの扉へ。」


「あっ…はい。」


「さて、素敵な夜をお過ごしになれましたか?」


「えぇ。勿論。」


「それは良かった。ではまた、七夕の夜に…。」


マスターは優しく笑って、扉を開けてくれた。


ヒンヤリとした夜風が顔に当たる。

後ろで扉が閉まる音がした。


深夜0時…。

喫茶mag杯の看板がCLOSEに変わる。


家へ帰りながら、空を見て呟く。


「再婚なんて、考えるわけ無いだろ?」


確かに俺は、寂しがりやだ。

香織のいないこの半年、どれだけ香織に会いたいと願ったか。


だけど、1年に一度。

必ず香織の会える。

少なくとも、俺の声は香織に届く。

それで十分だ。



「香織。愛してる。」


夏にも関わらず、天の川がきれいに見えていた。


FIN



いかがだったでしょうか?


1年にたった1日しか開店しない喫茶店。


開店する日は7月7日。


喫茶mag杯。

マグパイ英語でカササギという意味。


天の川によって阻まれた、織姫と彦星をカササギの橋が繋いでくれる。

そんな、有名なお話になぞらえて、書かせて頂きました。

東 海さん、素敵なお題ありがとうございました。







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