死神の恋

「ウィル…。お前がやろうとしたことは大罪だ。それ相応の罰を受けてもらう。」


「はい。分かっています。先輩。」


死神は目を閉じた。


「ウィル…。」


「はい?」


「お前は今、幸せか?」


「えぇ。勿論。」


死神の顔は仮面に隠れて見えないが、その声は笑っているように聞こえた。


ザシュッ。

暗闇に死神の鎌が振り下ろされた。




死神…。

貴方はその存在を信じますか?

これは、死神と人間の悲しい恋。



俺はウィル。死神だ。

死神の仕事は簡単だ。

生き物の命をかり取る。ただそれだけだ。

死神に対して人間は間違った認識をしている。

俺達は無差別に魂をかり取っている訳じゃない。


俺達は、殆どの場合理不尽な死は与えない。


生まれる命があるならば、消える命もなくてはならない。

生者と死者のバランスを保つ為、

俺達は命を狩る。


死期が近い者を天界へと導き、大罪人を地獄の門へと誘う。


だけど、

稀に理不尽な死を与えなければならない時がある。

俺はそれが苦手だった。


ある日、仕事を終え家に帰る。

そりゃ、死神にだって家くらいある。

任務表に新しいものが追加されていた。

紙の色は赤。特別な任務の証…。


性別は女。16才。

まだ若い少女だった。

なんの罪もなく、綺麗な、穢なき魂を、俺は狩り取らなくてはならない。


沈んだ心のまま、眠りにつく。


夢の中。

俺は一人の男の前に立っている。

前に狩った男だ。優しい男だった。

俺が目の前で鎌を振り上げているのに気付かない。

俺達の姿は人間には見えない。


鎌を振り下ろす。

ザシュッ。

鈍い音と共に、魂は抜けていった。



朝…。

目を覚ました俺は少し汗をかいていた。

嫌な夢を見た気がする。


大丈夫。

いつも通りやるだけだ。

大丈夫。

怖くはない。

大丈夫。

一瞬で終わる。彼女は痛みを感じないはずだ。

大丈夫。

恐怖は与えない。

だって俺は見えないのだから。


仕事着に着替え、仮面をつけて人間界へ向かう。


人間界はすでに夜。

ターゲットの家に入る。勿論壁なんて俺達にはなんの意味もない。


彼女の前に立つ。


その途端、彼女は叫び声を上げた。


俺は驚き、彼女の口を塞ごうとする。

だがその手はすり抜け、宙をかく。


俺が不思議に思っている間に、彼女は俺と距離を取り、自分を落ち着かせていた。


「あの…。貴方は…?」


その問いに答えることができない。

正体を明かしてはいけない。

だが、そんなことよりも何故彼女に俺が見えているのかが気になっていた。


「あっ!!もしかして、死神さん?今度は私の番なのね?」


えっ…?

俺はますます訳がわからなくなった。

何故俺が死神だと分かった?

いや、待てよ…。

俺は今、人間のイメージそのままの姿をしている。

黒衣に骸骨もようの仮面…。そして右手に大きな鎌。

そりゃ、分かる…。

でもなぜ見える?

今度は自分の番とは一体?


「ふふっ。」


「?」


「不思議に思っているんでしょう?何で見えているのか。」


図星だった。


「おばあちゃんもね。見えてたんだよ。私も。何でかは分からない。

おばあちゃんが死んだ時ね、皆側にいたんだ。でも私しか見えてないみたいだった。

その時の死神はね、泣きながら、ごめんって謝ってた。

おばあちゃんは、ありがとう…、ルークってその死神の名前を呼んでた。

何でかは分からないけど、私には死神が見える。」


彼女は微笑みそういった。


待てよ、ルーク…?

何処かで聞いたことが…。

俺達は基本的に名前を呼ばないからな…。


「お前、何処か悪い所があるのか?」


「えっ?何処も悪くないよ。」


じゃあ何故…?

なぜこの子が選ばれたのだろう。


なんの穢れも無い魂。

俺は狩らなくてはいけない。


「死神さん?

名前を教えてくれると助かるんだけど…。」


「名前はあるが、人間に教えていいのか分からない。

死神さんと呼んでくれてかまわない。」


彼女は少し不服そうだ。



「じゃあ、その仮面を外して。」


「それはダメだ。これは死神の証。任務の時は外してはいけない。」


「そっか…。」


彼女はまた不服そうに言った。


「それじゃあ、私を殺して。」


彼女は微笑む。


殺す…?

殺す。

誰が?

俺が。


俺を見る彼女は微笑んでいて、今まで見た中で一番綺麗だった。


その瞬間。

俺は恐くなった。

これから彼女を狩る自分に。

嫌だ、と考えてしまう自分に。


頭を冷やさなければ。


そう考えて、彼女の純粋な瞳から逃げ出した。


「えっ?ちょっと、死神さん!」


彼女の声が遠く聞こえる。


ポケットの電話が鳴る。

先輩からだった。


「はい。」


“お前どうかしたのか?

いつもなら、任務を受けてからすぐに狩り終えるのに。”


「先輩…。俺には無理です。」


“…どういうことだ?”


「俺は彼女を狩れない。」


“はぁ…。本当にどうした?

そんなに言うなら、俺が代わるが。”


「駄目です!

彼女は…。狩ってはいけない。」


何故かは分からないが、気付けばそう口走っていた。


“おい、お前自分が何を言っているのかわかってるのか?”


「はい。分かっています。

でも…、彼女だけは駄目なんです。

死神としての命を捨てても、彼女を守ります。」


“……恋か。”


「…?」


“死神としての命を捨てるということがどういう事が分かっているのか?

分かっているのなら、今夜俺の所へ来い。

お前の処分を言い渡す。”


ブツッ。

電話は切れた。


死神としての命を捨てる…。

その意味くらい分かっているつもりだ。

いつから死神をやっているかは分からない。

だが、死神が死ぬということを聞いたことがない。

そもそも、死という概念がないのだ。

任務をこなしている限り、俺達は不死身。


だが己の命を捨てると、消える。

いや、正確にはその思念体だけは残る。


俺は思念体として、彼女を守る。

彼女をこの手にかけるくらいなら、たとえ身体を失っても構わない。


さぁ行こう。

先輩の元へ。俺が最も尊敬していた死神に消されるのなら本望だ。



「先輩。」



「来たか…。お前の意思は固いようだな。ここへ来い。」


「はい…。」




「ウィル…。お前がやろうとたことは大罪だ。それ相応の罰を受けてもらう。」


「はい。分かっています。先輩。」


死神は目を閉じた。


「ウィル…。」


「はい?」


「お前は今、幸せか?」


「えぇ。勿論。」


死神の顔は仮面に隠れて見えないが、その声は笑っているように聞こえた。


ザシュッ。

暗闇に死神の鎌が振り下ろされた。




「えっ…?」


ウィルは驚き、目を見開いた。

ウィルの仮面が割れる。



「今より、お前を死神の命から解く。だがお前は死神としてとても優秀だった。

よって、特例としてお前に人間として生きる道を与えよう。…さぁ行け。」


「先輩。」


「幸せに…生きろ。」


そう言って、先輩は消えた。


ありがとうございます。


心の中でそう言って、俺は人間界へ戻る。

彼女が待っている。


彼女の部屋につく。

壁を抜けて彼女の前に立つと、また叫び声を上げた。


その様子を俺は微笑み見つめる。


「えっ…?もしかして死神さん?仮面は…?」


彼女は目を見開き呟いた。


「いや…。もう死神ではない。お前の魂を狩れなかった為、解雇された。

だからもう仮面は必要ない。」


「えっ…。それって大丈夫なの?死んじゃったりしない?」


彼女は不安そうに言う。


「普通ならそうなるが、俺の先輩は優しくてな。」


「そうなの…。良かった。」


そう言うと、彼女は泣き出した。俺は彼女の魂を狩ろうとしたのに。


こういう時はどうすればいいんだろう。

ふと思いつき、彼女の頭を撫でる。


「!!」


「大丈夫。ゴメンな。お前の親も死神に狩られたんだろう?」


ここへ来る前に少し気になって調べていた。

きっと彼女も俺達が見える体質のせいで…。


「うん…。私もそうなるってわかってた。

親を狩った死神にお前に俺達が見えるのがいけないんだって…。」


そんなことを…。


「ゴメンな。怖かっただろう。お前は俺が守るから。」


「死神さん。」


彼女が俺に抱きつく。


「ウィルだ。」


「えっ…?」


「俺の名前はウィルだ。」


「ウィル…。ありがとう。」


これから彼女の守護者として彼女の側にいよう。


ただ一つ、分からない。

何なのだろう、心臓の音がうるさい。もう、痛いくらいだ。

人間の体は少し不思議だ。






“随分と私情を挟んだようだな。ルーク。

特別措置に、人間界の時間まで操作して。そこまで己と同じ道を歩ませたくなかったか?”


「申し訳ありません。魔王様。」


“まぁ良いが。なんだ、昔のことでも思い出したか?”


「はい…。処罰は全て私へ。」


“だから、別に良いと言っているだろう?先代の魔王は彼女達を敵視しすぎていた。あの任務も本来なら出されることの無かったものだ。

何故今頃出たのか…。彼には迷惑をかけたよ。”


「私は、彼への処分を間違えたのでしょうか?」


“お前は後悔しているのか?”


「…いいえ。」


“ならばそれで良い。

ところで、お前は今幸せか?”


「…どうでしょう。あの時の事は後悔してもしきれません。

しかし、私の後輩は今を幸せだと言い切ってくれました。

私のように後悔しない道を後悔が選べた、そう考えると幸せなのかもしれません。」


“お前は本当に優しいやつだな。もう行っていいぞ。

何度も言う通り、お前の処罰は無しだ。”


「はい。」


《ここから先は裏話です。少し長くなってしまいました。

ここまででも、完結とできるのでここから先は興味のあるお方はお読みくださいm(_ _;)m》



俺はは死神だ。

名をルークという。


昔、俺の姿が見える人間に出会った。

しかも彼女は俺のターゲットだった。


俺の後輩と同じで俺も彼女を狩れなかった。

その為、一度先代魔王に直訴しに行った。


俺達が見えるというだけで狩るのはまちがっている、と。


だが、俺の言葉は聞き入れて貰えなかった。

その上、先代魔王に操られ彼女を狩るように仕向けられた。


俺がもう一度人間界へ行った時、時は60年も過ぎ去っていた。

その時初めて俺は知った。

今までは全く意識していなかったが、ここと俺達の世界は流れる時がぐちゃぐちゃなのだ。

不規則に変わる時間。

ある時は数百倍に、またある時は数百分の一に…。



ある病院の一室。


逆らおうとしても逆らえない。自分の体なのに、言うことを聞かない。


彼女の前に立ち、鎌を振り上げる。


泣きながら謝る俺に、彼女はありがとう、と微笑み、彼女にとって何十年も前に教えたはずの俺の名を呼んだ。


俺の鎌が振り下ろされた。

彼女から魂が抜ける。


そこで俺は気付く。

本来なら見えるはずのない俺を凝視している存在に。


君の孫か…。

この子も俺が見えてしまうのか。


この子も俺達のターゲットにならないようにしなければ…。

君に似て、とても綺麗な瞳をしているね…。


俺は病室をあとにした。



その子を守るため、俺はいろいろな手を打った。

彼女が死神の目に触れないように。


魔王が交代してからは、少し安心していた。

だが…。

俺の後輩の元にその子を狩る命が下った。


俺は焦った。

俺の後輩は良くも悪くも仕事に対して冷徹だ。


だがそれは杞憂だった。

後輩は純粋な人間を狩ることを嫌っていた。

冷徹に見えたのは、その死神らしくない感情を押し殺すためだったようだ。


そしてあいつはあの子に恋をしている。

自分では気づいていないようだが…。

まぁ、死神はその辺に疎い。


あいつになら、あの子を任せられる。

あの子に正しい迎えが来るまで、お前が守ってくれ。


この選択を俺は後悔しない。

俺の後輩は頼れるやつだ。

ウィル…。

勇敢なる守護者よ。

あの子を護り、幸せに暮らしてくれ。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る