第一幕 女の話

 まず、そこの白いの。

 お前だお前、一番小さいの。

 は? そう怒るなよ小娘、事実を口にしたまでだ。

 お前、年は? ……10、か。

 で、役職は聖女候補、と。

 よし、フローラ、つまみ出せ。

 図書室にでも案内するがいい、あそこなら暇も潰せよう。

 話が終わったら呼ぶ、それまで相手をしてやれ。

 なんだ不満か? 私はお前のためを思って言っているのだぞ小娘。

 ……この話は存外、惨い。そして残酷で残虐だ。

 お前のような子供……それも聖女候補の耳に触れさせていいようなものではない。

 この話を寝物語にして育った私でさえ、そんな事くらいはわかる。

 ……最初に言っておこう、今から私が語るのは、残虐で、汚らしくて、この世の悪をドロドロに煮詰めたような話だ、救いなど何一つない話だ。

 本当は、そこのお前と、お前と、お前と、お前にも聞かせるべきではない話だ、綺麗な世界で健やかに育ち続けた貴様らにとって、これから語る話は猛毒となりうる。

 特に女には酷な話が続く……この時点で嫌な予感がした者、今宵の夕餉を残さず食べたい者はフローラに続きこの場を立ち去るがいい。

 我が家の図書室の蔵書は豊かだ、小難しい専門書から頭の悪い大衆小説、綺麗事を並べただけの絵本もそろっている、退屈はしまい。

 どうする? さあ、出て行くものはいるか?

 ……誰も出てゆかぬか、肝が座っている、というよりも無謀極まりない者共よ。

 忠告はした、文句は一切受け入れん、自己責任だ。

 良いな?

 む……まだ抵抗するか小娘め……フローラ。

 ……よし、邪魔者はいなくなったな。

 も一つ目も忠告だ、私は話を中断されるのが嫌いだ、途中で話を遮るのであればつまみ出すのでそのつもりでいるがよい、基本的に質問は話が終わった後しか受け付けん。

 ご理解いただけたか?

 では、語ろう。

 とある女が歩み続けた地獄のような日々と、壊れた男の話を。


 ――その女が生まれたのは、今から40年ほど前になる。

 この国から遠く離れた……汚いスラムの薄汚い娼館の隅で、その赤子は産み落とされた。

 燃え盛る炎のような髪と瞳を持った女児だった。

 その赤子の誕生は誰にも祝福されなかった。

 だからこそ、赤子は生まれたその瞬間に――首を絞められ、地中に埋められた。

 身体を売り物に扱う娼婦にとって、赤子と言う存在は邪魔者でしかないからな。

 それだけなら、よくある話なのだろう。

 よくある話で終わればよかったのだが、終らなかった。

 地中に埋められたその赤子は、生きていた。

 生きていた、と言うか、生き続けた。

 赤子は生来から死ねない体質を持っていたのだ。

 死んでもすぐに息を吹き返し、傷付けられた傷は忽ち塞がり、四肢が切り落とされても1日あれば新しいものが生えてくる。

 ――神の祝福ギフト、と言う奴だったのだろうよ、有名どころだと聖騎士が自らの魔力から聖剣を作り上げると言う神の祝福ギフトを持つが……それと同等の何かが女には与えられていたのだろう。

 ただし、それは神の祝福ギフトなどではなく、ただの呪いでしかなかったのだが。

 そう言うわけで、赤子は死ななかった。

 不死身の身体のせいで、地中に埋もれたまま、身動きどころか呼吸すらままならない状態のまま、何度も生と死を繰り返した。

 女が地上に這い出すために様いた時間は3年だった。

 3年経ってようやく女は地上の光を見た。

 女は無知であった、何も知らなかった、当然だ、生まれてすぐに埋められたのだから。

 何の知識も持たぬ女は獣同然の存在であったが、無知であったがために何の行動も特に起こさず、ただ自らが這い出た地から、動くこともなく、ただ息をしているだけだった。

 土に塗れた状態で、ただぼんやりと自分が這い出た地上をぼんやりと眺めていた。

 そんな女を一人の男が見つけた。

 ボロ布のような服をまとった小汚い男だった。

 その小汚い男が善人だったらまだよかったのだが、そうではなかった。

 その男は泥だらけで呆けている幼い女の顔を気味悪そうに眺めて、そしてその顔立ちが意外なほど整っていることに気付いた。

 その事に気づいたその男は子供に水をかけてその泥を洗い流し、女を知人の幼女趣味の変態に売り渡した。

 売られた先で女は初めて人の手によって殺された。

 殺しても生き返った女を見て、その変態は女を指差して化物だ、と悲鳴をあげて思い切り後ずさり、足を滑らせて階段から落下した。

 打ち所が悪くその変態は死んだ。

 それが女が見る初めての"死"であった、その変態の死体を女は何故動かないんだろう、と不思議そうに見ていた。

 その変態が死んだ後、その変態の変態仲間である中年の女が、女の持ち主となった。

 女を引き取った中年の女は、女の死なない性質を知った後、女を金持ちの好事家に高値で売り飛ばした。

 その頃には女はもう自分の身体が他の者とは違う事を理解していた。

 そこから先は、売られたり買われたりを繰り返し、最終的に女の身はそのスラムで最も大きい見世物小屋に押し込まれた。

 東方に伝わる不死鳥の名前を芸名としてつけられ、女は死なない人間として見世物にされ、殺され続けた。

 タネのないマジックショーのようなものだ。

 首を切ろうが何をしようが必ず生き返る女に人々は熱狂し、その身体が切り裂かれる事に、その血飛沫が舞う事に、そしてその身体が傷一つない綺麗な状態に再生される事に歓声を上げた。

 ただ殺されたのは初めのうちだけで、その殺され方は群衆が望むがまま、さらに恐ろしく残酷なものとなっていった。

 はじめは体を切断されたり、頭を撃ち抜かれる程度だったそれは、最終的に首を捩じ切られたり、四肢を引き裂かれたり、硫酸でドロドロになるまで溶かされたり、獣に食い散らかされたり、黒焦げになるまで火焙りにされたるするなどになっていった。

 

 この見世物小屋で、女はようやく言葉の存在と意味を知った。

 言葉を話せる方が人受けが良いから、という理由で女は言葉と、ほんの少しの知識を学ばされた。

 しかしその知識は偏っており、女がこの頃の自分が受けていた待遇が異常であった事を知るのは、それからずっと先の話になる。


 女が11になった頃、その男が見世物小屋に現れた。

 古臭く薄汚れた見世物小屋には似つわかしくない小綺麗で洒落た男だった。

 その男は、不死身の女の噂を聞きつけて、スラム街から遠く離れた都会からやってきたのだという。

 そしてその男は見世物小屋の座長に、不死身の女を買い取りたいという話を持ちかけた。

 当然、座長は渋った。

 しかしその男が大きな袋に詰めた金貨――その座長が一生豪遊してもまだ使え切れぬほどの金を積んだ直後、座長は目の色を変えて女をその男に引き渡した。

 女を買ったその男は、魔物と人間のハーフだった。

 魔物の中でも人と姿形が似通った、食人鬼と人の合いの子だ。

 その食人鬼は人の肉、特に幼い子供の肉が好物だった。

 幼ければ幼いほどに、だ。

 この食人鬼は、女を手に入れる前から、いや、手に入れた後も伝で子供を仕入れ、その肉を食らっていた。

 女はその食人鬼に喰いつくされた。

 時に指先から噛みちぎられ、時に皮を剥かれて塩揉みにされ、時に熱いスープにその身を浸からせながら喰われ。

 他にもあるがこれ以上は省略する、キリがないからな。

 とまあこんな具合で食人鬼にとって、女はいくら喰っても尽きぬ食材であった。

 見世物小屋での殺され方は見た目の派手さを重視していたこともあり、大仰だがそれほど時間をかけない殺し方であった。

 残虐極まりないものではあったが、苦痛の時間もそれだけ短かったのだ。

 また、不死身の身体であれど、頭を割られたり首と胴体が離されたりすれば再生するまで気を失った。

 見世物小屋でのショーでは頭をかち割られる事がほとんどで、だからこそ女の意識がない状態で解体ショーが行われる事が多く、その分女が苦痛を感じる時間も短く済んだ。

 しかし、食人鬼に飼われてからは違う、食人鬼の目的は女を殺すことではなく、女の肉を喰らうことであった。

 だから食人鬼には女を殺す必要はなかったし、むしろ生きた人間の悲鳴をスパイスにその肉を喰らう食人鬼にとって、殺すことはむしろデメリットでしかない。

 時折"調理"をする時も、女の意識が途切れぬように注意を払うほどだ。

 体の端から少しづつ切り取られ続け、時にその歯で喰い千切られ続ける痛みは、見世物小屋での苦痛をはるかに凌ぎ、意識を手放す事が許されぬ苦痛は女の精神を蝕んだ。

 絶叫というような無様な悲鳴を女はあげなかったが、断続的に女があげる幼く高い呻き声は、食人鬼の被虐心と食欲を更に高ぶらせた。

 ある日、食人鬼はある事に気付いた。

 そして――


―――――――――――――――――

記憶の断片


 ×××××痛い

 ×××××苦しい

 ×××××熱い

 ×××××寒い

 ×××××痛い

 ×××××痛い

 ×××××痛い


 当たり前痛い

 いつも通り苦しい

 大丈夫熱い

 何ともない寒い

 当たり前痛い

 当たり前痛い

 当たり前痛い


 痛くない痛い

 苦しいない苦しい

 何も感じない熱い

 このくらい平気寒い

 痛くない痛い

 痛くない痛い

 痛くない痛い


 もう嫌だ××××


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