噂の泉

 ある村の近くにある森の奥には『願いを叶える泉』と呼ばれる泉があった。

 その泉に先日、ひとりの少女が向かい、なにやら願いを叶えてもらったらしい。

 噂は村から村へと駆け抜けた。


 その噂を聞きつけたひとりの男がいる。

 人々が噂話に夢中になる中、男は森へと走って行った。


 男は森に着くなり、泉に叫ぶ。

「おい、俺を大金持ちにしてくれ!」

 しかし、泉は静まりかえったまま、なにも反応がない。

「おい、おいってば!」

 男は泉に手を伸ばし、バシャバシャと水面を叩く。


 どのくらい水面を叩いたことか。

 男の息は上がっていた。

「ちくしょう、単なる噂かよ」

 恨めしそうに泉をのぞく。──そのとき、何かが見えた気がした。自分の顔かと思いきや、そうではない。

 男は興味津々に泉をのぞく。すると、こちらを恨めしそうに見る、見知らぬ男の顔が見えた。

「うわっ!」

 男はのけぞる。

 しかし、それは遅かった。

 青白い手が泉から出てきたかと思うと、その手は男をつかんだ。男は抵抗する間もなく、泉へと落ちていった。

 泉はキラキラと輝く。

「あなたが落としたのは、普通の男? それとも、金の男?」

 しかし、女神の前には誰もいない。

 女神の片手には、先ほど落ちた男。男は叫ぶ。

「おお、女神様に出会えるとは! これで俺は大金持ちになれる! さあ、女神様、俺の望みを……うわっ」

 女神は泉へと沈んでいく。

「あ~あ、正直者に会えず、小汚い男がまた増えただけだなんて……残念だわ」

 男は抵抗を示すが、泉から浮かぶことはできずに溺れていく。


 やがて、女神は見えなくなり、泉は静かな姿を取り戻した。

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