付き合うのは買い物へ

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 五月のゴールデンウィークはほとんどの生徒が帰省する。やれロスだー、やれパリだーと海外の旅行先がちょっとそこまで買い物に的な感覚で教室中で飛び交っている。



「神宮寺様はどちらに?」

「私は今回は寮に残りますの。色々とやらなければいけないことがあるので」

「まぁ。生徒会ってやっぱり大変ですわねぇ」



 いや、生徒会の仕事ではないんだけどね?

 少々、カメラの位置の変更やら取り替えやら。…………うん、色々と。



「私も朝霞様のお姿をもっと近くで拝見したいのですけれど、大変な仕事はちょっと……」

「私も西條様のお可愛らしさを間近で拝見したいのだけれど……ねぇ?」

「神園様の寝顔は是非とも見たいのです!……けど……」

「うふふ。私は皆様に比べて幸せね。毎日滝川様の優雅な物腰を見ていられるんですもの!」



 おーい。話がかなり脱線しとるがな。


 そこのお嬢さーん、滝川由岐は宙に浮いていませんよー。両手を組んで瞳をウルウルさせるのはやめくださーい。



「あらぁー二年生の霧島様も理知的で素敵な方じゃなくて?」

「七瀬様はあのようなご趣味ですけれど私の相談に親身になってのってくれましたわ」



 あのぅ、君達は先程までばらけた位置で旅行先の話をしてませんでした?なに?この団結力。


 こら、男子、頑張りなさいな!あいつらばかりが男じゃないでしょ?



「あの」

「なんですの?」



 ほら来た。さぁ、言いたまえ。男は顔じゃない!性格だ!



「あの……神宮寺さん。良かったらその、僕と……つ、つき……出掛けてもらえませんか?」

「え、えぇ。一日くらいなら」

「……ありがとう」



 向こうで男子達がヘタレめ、とかなんとか言ってるのが聞こえてくるけど、この女子の集団の中、私に話かけてくる彼はどう考えても勇者でしょ!


 ていうかヘタレ発言は何故?どこにその要素?



「そういえばどちらに?」

「えっと……僕の妹の誕生日がもうすぐなんだ。誕生日プレゼントを送りたいんだけどどういうのを送ればいいか分からないし、お店に一人では入りづらくて……」

「まぁ。お優しいお兄様なのね」

「い、いや……そんなことは」



 自分の足でプレゼントを買いにいく。これぞ正しい祝い方よね!

 間違っても庵お兄様みたいに店ごと買ったから今度一緒に行こう的なプレゼントは違うわ。可愛がり方を一歩間違えばドン引き対象なんだから。



「では明後日はいかがでしょう。その日なら都合がいいですわ?」

「なら明後日の九時頃、寮のエントランスで」

「えぇ。構いません」

「本当にありがとう」



 ペコリと頭を下げたあと、彼は男子の集団に連れ出されていった。


 リンチか?集団リンチなのか!?


 喧嘩するほど仲がいいなんてのがまかり通るのは中学生までだよー。高校になったら力が強すぎてシャレにならないから。この間、高校男子の力を身をもって知ったわ。



「神宮寺様、よろしいんですの?」

「え?何がですの?」



 集まっていた女の子のうち一人が神妙な面もちで尋ねてきた。他の女の子達も一様にせわしなく顔を見合わせている。


 え?分かってないの、まさかの私だけ?

いやだ、そんなに鈍くないはずなんだけど。


 …………だめだ、まったく分からん。


 この場にいない千鶴は他のクラスメイトの女の子と帰宅許可願いを出しにいっている。遅いけど、大丈夫だろうか。


 あ、お話中でしたね、すみません。



「朝霞様方が…「奈緒様」



 馴染みのある声に振り返ると教室のドアの所に颯が立っていた。女の子に囲まれていた私が顔をだすと颯はスタスタとまるで自分のクラスであるかのように平然と入ってきた。


 どいつもこいつも。しかも今、様づけで呼んだよね?

んもう!恥ずかしいからやめてって何度も言ったのに!



「様づけで呼ぶのはやめてと何度言ったら分かるの?」

「奈緒様。休暇の間、一日もお屋敷に戻られないおつもりですか?」



 はい、スルーでました~。そうですか、スルーしちゃいますか。


 深呼吸って大事よねー?私も常々そう思うわ。

 特に今とか?え?怒ってませんよ?ただ、人の話はちゃんと聞けよ!っては思いますね。私はちゃんと聞いてますよ?

 ここで注意。聞こえてるのと聞いてるのでは全然違うものだからね。ここ、テストに出るから要注意!


 考えにどっぷりつかっていたせいで軽く無視していたように見えたらしく、隣にいた女の子が耳打ちしてくれた。


 うわ。颯ったら、眉間にシワ。若いうちからあとになるわよ?



「えぇ。そうよ。だから外出許可願いを出していないでしょう?」

「はい。それは存じております」



 私達が話している横でさっきまで生徒会メンバーの名前を列ねていた女の子達の目がポヤヤヤーンとなっているのが分かった。


 君達……いくら顔がいいからといって。浮気はいかんぞ、浮気は。


 …………浮気?……ふむ。これは使えるかもしれないな。部屋にもどったらよく考えてみよう。



「……さま。……おさま?奈緒様?」

「あぁ、ごめんなさい。ちょっと考え事を」

「私は庵様から奈緒様に一度でもいいから戻るようにとのご伝言を言いつけられました。ですから明後日、一度私とお屋敷に戻っていただきます」

「あら、明後日はダメよ?先約が入っているの」

「先約?」



 颯はピクリと器用に片眉だけ上げた。


 な、なによ?



「もしや生徒会の連中とではありませんよね?」

「違うわ?クラスメイトの妹さんの誕生日プレゼントを一緒に買いに行くの」

「クラスメイトですか。それはどちらの?」

「えっと……秘密よ?」



 ウフッと笑って誤魔化す。


 いや、だって仕方ないんだ。

彼の名前を知らないんだよ。だから言えるわけない。

言わないんじゃなくて言えないということを察して欲しい。

……………無理か。



「そうですか」



 お。察してくれた?珍しいね。いつもならしつこいくらい追求してくるのに。

 ま、いっか。面倒じゃなくていいし。



「ならば私が荷物持ちとしてご一緒いたしましょう」

「いらないわ。そんなにたくさん買い物をするわけじゃないし」

「あれ?霧島先輩じゃないですか」

「ただいまー」



 学級日誌を持った滝川由岐が千鶴と一緒に戻ってきた。



 …………。


 千鶴ーっ!!!


 ぬかった!滝川由岐は生徒会室に行ったと思ったから安心して職員室行かせたのにぃー!


 なんでひょっこり顔のぞかせてんの!一緒に行ってくれた子はどうしたの!?



「ち、千鶴?あの子は?」

「ん?優里菜ちゃん?彼氏さんとおしゃべりしてる」

「あ、そうですか……」



 人選、ミスったぁー!

 ……ま、まぁ大丈夫でしょう。というより大丈夫じゃないと困る!


 だから無理矢理大丈夫だと自分に言い聞かせ……



「こんにちは。神宮寺さんにご用ですか?」

「えぇ。では、私はこれで」

「私は帰りませんとお兄様によろしくね」



 頭を下げてから踵を返して教室を去る颯の背に声をかけた。


 颯の姿が見えなくなった時、一斉に女の子達が溜め息をもらした。ただし、いつものように黄色くない。

安堵の溜め息といった方が近いかもしれない。私がフラグを折ってやった後につくものと同じだからよく分かる。



「有馬君、命拾いしましたわね」

「えぇ。神宮寺様、罪作りな御方ですわ」

「え?私?」

「なになに?奈緒ちゃんどうしたのー?」

「高橋さん、ちょっとこちらへいらっしゃいな。説明してさしあげるわ」

「はーい」



 あ、私にも説明して欲しいかも。



「実はね……」



 クラスメイトに説明してもらっている途中何度か千鶴と目線が合う。


 え?千鶴?なに、その微妙な目は。え?みんなと同じ反応じゃん。私だけ?

 仲間外れはヤダから説明!説明プリーズ!!



「じ、神宮寺さん?それ本当なんですか?」

「え?えぇ」



 なに?私がプレゼントすら選べないような子に見えるの?

 失礼ね!そりゃあ前世では寝たきりが多かったけど、その分雑誌とかいっぱいチェックして流行とか勉強してたんだからね!?



「………それは恵斗達には?」

「え?言ってませんわよ。必要ないでしょう?」

「……ちょっと……失礼しますね」



 滝川由岐は顔を青ざめさせたまま教室から走り去っていった。



「哀れ、有馬」



 教室の壁に手をついて項垂れる有馬君を私以外のクラスメイト全員が慰めていた。


 有馬君ていうんだ。ごめんね、名前知らなかったんだよ。


 …………はっ!有馬君も人選ミスをしたと思ってるんじゃないわよね!?



「ごめんなさいね、有馬さん!私、しっかりプレゼントを選ばせていただきますわ!だからそんなにがっかりなさらないで!」

「………え?あ、いや……うん。大丈夫です」



 あぁ良かった。誤解は早めに解くのが一番よね?



「奈緒ちゃん」

「なに?千鶴」

「今度恋愛映画見に行こう。それか私の持ってる恋愛マンガ貸してあげる」

「いいわね。マンガはすぐ読みたいな」

「うん。読んであげて?」



 なんか、友達と貸し借りなんて青春って感じ!でも別に恋愛モノじゃなくてもいいのに。推理とかコメディでも。


 そう言ったら頑として首を縦には振ってくれなかった。


 買い物かぁ~。久しぶりの外出だから結構楽しみかも!




 浮かれていた私はいつもの勘が働いていなかった。

 颯があんなに簡単に納得するわけないのに。そして滝川由岐が珍しく慌てて向かった先がどこなのか。


 すべては明後日。


 私は呑気に洋服なに着ていこうかなーぐらいしか考えていなかった。




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求・ヤンではなくクーな人達 綾織 茅 @cerisier

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