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「奈緒ちゃん!お帰り!!」

「西條様、危ないですわ?私、今日はピンヒールですから」

「ごめんね?ふふっ」



 嬉しそうに抱きついてくる西條呉羽は全然反省した様子はない。おい、こら。せめて反省のはの字くらいは見せてくれ。


 予想通り女狐三人組の残る二人も私が戻る少し前に用事ができたといなくなったらしい。小倉雅の取り巻きである彼女達にしてみればリーダーがいなくなったのだから心許ないだろう。私としては一番上を大人しくさせたので後はどうにでもなれだ。


 心根を入れ換えるのは難しいだろうが、大人しくはなるにしろ、逆恨みして酷くなるにしろ、それは彼女達次第。そして再び私に牙をむけば間違いなく待っているのは自爆への道だとも伝えてある。



「奈緒ちゃん、機嫌よさそうだね」

「えぇ。……うふふ。とっても」

「じゃあ僕と踊ろう」

「あっ!!瑠偉、抜け駆けっ!奈緒ちゃんは僕と踊るんだから!」

「お兄様、一曲お相手してくださる?」

「もちろん、喜んで……あっ!奈緒っ!」

「奈緒ちゃん!」

「………」



 お兄様に向かって伸ばしたはずの私の手は何故か朝霞恵斗に捕まれ、踊る人々の輪に連れ込まれた。

 心なしか皆の視線が痛い。あ、これは間違いですからね?へへっ、すみません。今、やめますんで。



「ちょ、ちょっと……離してくださらない?」

「……懐かしいな」

「は?」



 訳の分からないことをおもむろに言い出す朝霞恵斗の顔を見上げると、奴はこちらを見ていながらもどこか遠くを見ていた。



「昔はこうしてダンスの相手をしていた」

「……そうでしたかしら?」 

「上手くなったな」



 なに?なんなの?なんでそんな悲しそうな声出すのよ。意味が分からない。

 いつもの俺様何様恵斗様はどこに行ったの?……あえて上から目線なのは問うまい。コイツの基本スタンスだ。


 私は掴まれている手から逃れようと必死に動かすけど全くびくともしない。むぅ、昔はすぐに振りほどけていたのに。これが男と女の力の差か。


 よし、お肉をもっと食べて筋肉をつけよう。あと筋トレも。

 目指せ!女ボディービルダー!


 ごめんなさい。話を盛りすぎました。冗談です。



「奈緒」

「……なんですの?」



 久しぶりに名前で呼ばれた気がする。いつもおいとかお前とかだったから。

 ……あ、別に名前で呼ばれたかったわけじゃないから。そこのところ間違えないよーに。



「あいつらとは踊るな」

「何故あなたに指図されなければならないんですの?私が誰と踊ろうと勝手でしょう?」

「……お前にとって俺はなんだ」

「なんだと言われましても。昔馴染み、生徒会での上司、同級生。どれがよろしくて?」



 ……本当になんなんだ。来る途中で拾い食いでもしたんじゃないだろうな?危ないでしょ。どんな雑菌がついているか分からないのに。

 ちなみに私なら三秒までならいける。それでお腹が痛くなったこともない。さすが!私の胃腸。



「お前は魔性の女だな」

「………はぁ!?」



 言われた言葉の意味を理解するのに少しだけ時間がかかってしまった。断じて聞き捨てならない。聞き捨てては絶対にいけない!

 私が魔性ですって!?ヤンデレ化するあんたらに言われたかない台詞よ!私からしてみればよっぽどそっちの方が魔性よ! 

 あったまきた!きぃーぃっ!


 さすがにその場で地団駄を踏むわけにはいかず、私の脳内の私自身の髪の毛をかきむしることでやり過ごした。

 ここでコイツの足を踏みつけてやりたい気分だけど、それは私の矜持が損なわれる。やるからには完璧に、だ。たとえ望まぬダンスだったとしても。


 それから会話はなく、一曲躍り終えたあと、朝霞恵斗はそのままお兄様達が待つ場所へとスタスタと歩いていく。しかも私の手を離そうとしない。


 タチ悪すぎでしょ!?なに、これ。公開処刑続行ですか。

あんたは私を女の子達の嫉妬の渦に叩き落とす趣味でもあるんですか?

 狙いだって言うんなら私が地獄の渦に叩き落としてあげるわ!



「恵斗、奈緒ちゃん嫌がってたじゃん!」

「嫌がってなんかない」


 お前の目は節穴か。思いっきり嫌がってたわ。


 ふんっ!


 空いている方の手で握られている手に向かって手刀を振り下ろすと目標にしていた手は消え、当然勢いは殺せず……


 …………痛い。


 これを自業自得と言うべきなのか、見事に自分の手に手刀をお見舞いしていた。



「奈緒ちゃん!僕も一緒に踊りたい!」

「……今日は疲れましたの。ごめんなさい」

「それではあちらのソファーで休憩しましょう」

「いえ、今日はこれでお暇しますわ」

「そうだな。これ以上ここにいて可愛い花に寄ってくる害虫達に集らせるわけにはいかない」


 お兄様……彼らを刺激しないでください。

 分厚い取り扱い説明書がいるような連中なんです。

 いや、それどころかその分厚いページを毎日毎日せっせと増量改筆してくれる連中なんですから。


「それでは皆様!ご機嫌よう」



 まだ何か言い足りなさそうなお兄様遮り、私は軽くお辞儀した。そのままお兄様の腕を掴むようにして引っ張り、その場から去った。




「千鶴」

「奈緒ちゃん!」

「お帰りー。奈緒奈緒達もこれ食べるー?」

「「丁重にお断りさせていただきます」」



 師匠が持っている皿の上には所狭しとスイーツが盛り付けられている。そしてその側から次々と新しいスイーツが投入されているではないか。もはや底が見えなくなっていた。

 千鶴も師匠ほどではないとはいえなかなかの種類のものが乗っている。

 見るだけで胃もたれを起こせるなんて、作ったパティシエには知らされずにすんで良かったとしか言いようがない。



「それで?僕の今日の働きは何点かな?」

「もちろん、百点ですよ」



 あの男達に目をつけられることもなかったし、面倒な輩に絡まれることもなかったみたいだし、千鶴が幸せそうにスイーツ頬張ってるし。

 師匠をパートナーに選んでホントに良かったわ。



「千茅。僕からの報酬だ。今度FBIに機器のことで出向くことになっているんだ。一緒に来るかい?」

「もちろん!え?置いていくつもりだったの?」

「え?最初からついてくるつもりだったの?」

「………………師匠」

「……出発は明日の午後だから」

「OK。帰って急いで準備しとかなくっちゃ!」



 フッフッフと悪役さながらに笑う師匠。

 間違っても着替えやガイドブックなんて可愛らしい旅行準備なんかじゃないことは確かだ。神宮寺の開発部は今夜は師匠に無理難題をふっかけられ、徹夜かもしれない。

 頑張れ、開発部。残業代についてはきっと破格の金額を支払ってくれる。





「それではお休みなさいませ」

「お休みなさい!」

「おやすみ。いいかい?鍵はきちんとかけるんだよ?それに多くて悪いということはない。今度有名な鍵職人に「はーい、じゃあ、今日は僕、神宮寺の屋敷に泊まるから」



 師匠にズルズルと引きずられていくお兄様に先程まで見せていた神宮寺の御曹司としての風格は微塵も残されていない。どうか車に乗り込むまで人物特定をされないように願うのみだ。

 もしされた時は他人のフリをしてやり過ごそう。大丈夫、女はみんなある意味女優になれる。




 千鶴と寮の中に入り、エレベーターのボタンを押す。

生徒会に入るにあたり寮の部屋を変えさせられた。あ・の・生徒会、風紀委員専用のと最高階の一つ下の階に。

 おかげで廊下にまで隠しカメラを増やすはめになった。ちなみにあのバカ高い絵画の縁にある。

 壺なんかは邪魔だからどかされやすいけど、絵画はかけてあるだけだから動かされにくいからね。まぁかけかえられたら……その時はその時だよ。



「おやすみ、奈緒ちゃん!」

「おやすみ、千鶴」



 バタンと向かいのドアの向こうに千鶴が消えたのを確かめた後、私も自分の部屋のドアを開けた。

 とりあえず目先の小物は片付けた。次にするべきことは……部屋の模様替えだ。


 部屋着に着替え、ベッドに潜り込むとすぐに睡魔が襲ってきた。眠りにつく寸前思い出したのはあの時朝霞恵斗が言っていた言葉だった。



『お前にとって俺はなんだ』



 何をいまさら。決まりきった答えを。


 場合によっては警察につき出さなければならないかもしれない相手です。監禁は犯罪です。ダメ、絶対。

 絶対に本人に直接は言いませんけどね?何故か?そんなもの、藪をつついて蛇どころか猛獣出しかねないからですよ。


 あぁ~疲れた。


 そして私は完全に意識を放り投げた。



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