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クルクルとたくさんの人がダンスをしているのを横目に、私とお兄様は腕を組み、目的の人物達が揃っている所まで一直線に向かった。
この日のために呼ばれたプロのオーケストラの演奏に掻き消されながらも私が履いているピンヒールのカツンカツンという音が響いている。いつもは耳障りにしか感じないこの音も今から始まる余興も兼ねた復讐劇の前では私自身を
「あ、奈緒ちゃん!!」
私達が近づくと一番先に声を上げたのは西條呉羽だった。腹の中は真っ黒だというのに着ているのは純白のスーツだ。おそらく彼の家が手掛ける洋服ブランドのagehaのものだろうそれは隣のお兄様を始め、他の三人も同じ。
やはり一流ブランドは着ている者も一流ということか。
ちなみに私と千鶴のドレスなど一式はagehaの姉妹ブランドの Papillonのものだ。私が深紅のドレスに黒のボレロ。千鶴が青のドレスに白のボレロ。どちらもオーダーメイドで薔薇の意匠をいたるところにいれてもらっている。
お兄様の腕から手を離し、私は先程学園長に見せた礼よりもさらに優雅に礼をとった。お母様から完璧とまで言われたこれは私のとっておき。伊達に昔はきちんとお嬢様レッスン受けてない。
「皆様お揃いですのね。私達もご一緒してよろしいかしら?」
「……あぁ。庵さん、お久しぶりです」
「元気そうでなによりだよ」
何故かそれまでの表情を消し、一切の動きも見せず無になった四人の中で一番最初に我を取り戻したのはさすがというべきか朝霞恵斗だった。他の三人は二人が挨拶を交わしたのを聞いてやっと居心地悪そうに身じろぎしている。
そしてお兄様、目と声が怖いです。まるで親の
確かにこのままだと私の仇になるかもしれないけど、私、まだ死んでませんから。早々に殺さないでください。
「奈緒ちゃん!!もう踊った!?」
「いいえ。後でお兄様と一緒に踊ろうかと」
「なら僕と踊ろうよ!」
「なんだって?」
「ダメ」
西條呉羽の誘いに二方向から声が上がったけど、そのどちらも私のものではない。お兄様と神園瑠偉のものだ。神園瑠偉にいたっては私の代わりに意思表示をしてくれちゃっている。
それに私がここにわざわざ自分からやって来たのは四人と話すためでもましてや誰かと踊るためでもない。
そこにいる女狐三人組に報復を与えるためだ。
「私、ダンスは苦手なんですの。西條様のリードが上手くても私が相手ではもったいありませんもの。だからごめんなさい」
「そんなことないよ?楽しければいいんだから踊ろう?ていうか本当に誰とも踊ってないよね?」
「えぇ」
「奈緒は私のリードでなければ踊れないんだよ」
お兄様、今ここで変な対抗心を燃やさないでくださいませ。
話がややこしくなるではありませんか。
そして私はここでやっと三人の姿に気づいたと言わんばかりに三人の方を見て目を丸くさせた。もちろん視界の端にはずっといれていたけどね。フリだフリ。
「あら、ごめんなさい。あなた方が西條様達と踊ることになっていらしたのね?お兄様、私達、お邪魔だったみたい」
「そんなことないよ!」
「いえ、急ぎの用件だけお話して、私達は離れますわ」
「急ぎの用件?」
私は手持ちの小さなハンドバッグから丁寧に折り畳まれた紙を何枚か取り出した。それを見て小倉雅達は顔色をさっと変えた。三人の中で一番気の小さい高梨月子は顔を俯けてしまっている。
そりゃあそうでしょうとも。
「これが私の教科書の中に入っていましたの」
「奈緒……何故お兄様に早く言わなかった!」
「お兄様はもう学園に直接関係はございませんから。しかも、こういった手紙が私以外にも他の何名か送られていたようですわ」
広げた紙にはそれぞれご丁寧にパソコン打ちされた悪辣極まりない言葉の数々が並んでいた。それを見た皆の顔が不快だと言わんばかりに歪められていく。私でさえ驚いたのがいつもは無表情な神園瑠偉でさえ分かりうる表情の変化だった。
そして誰よりも驚いていたのが当の本人達だというのだから面白いじゃないか。もちろんこれは本当に私の教科書に挟まれていたものだ。ただし、千鶴の机にいれていた教科書の、ね。
まんまと罠に引っ掛かってくれちゃって。
嫌がらせをする側だけが加害者たりえないのよ?
「理事会がこれを知れば生徒会役員、風紀委員は全員総辞職となるでしょう」
「なんですって!?」
「それはどういうことですの?神宮寺様っ!」
「あら、御存知ありませんでしたの?生徒会とは生徒がよりよく学校生活をおくれるようにするために存在するものです。風紀委員はその生徒会が私利私欲のために動くことのないよう監視及び生徒達の素行を正すためですわ。その二つがきちんと最初の芽を潰さなかったせいで私に被害が及んだのですもの。私がどう思おうと理事会の方達は神宮寺の名に弱いらしくて。この手紙の送り主のために全校生徒の憧れの的である生徒会や風紀委員達を総辞職させることになるなんて残念ですわ」
「そんなっ!」
「いったい誰のしわざですの!?」
「早く犯人を見つけ出さなければ!!」
「朝霞様達が生徒会でなくなるなんてありえませんわ!!」
おうおう。小倉雅達以外に朝霞恵斗達に群がっていた女の子達が怒り狂っている。三人は顔をこれでもかと青ざめさせ、体を小刻みに震わせていた。
自分達がしていた憂さ晴らしの嫌がらせがまさかこんな事態になるなんて思いもよらなかったらしい。ようやく事の大きさに気づいたようだ。
でも、たぶんもう遅い。女子同士のネットワークは恐ろしいものだ。瞬く間に突き止められてしまうだろう。その時、初めて自分達が他の生徒にしていた事をされるのだ。
していた事がしていた事だけに同情することはできない。
かつて彼女達の暗躍によって自主退学になった生徒がそれなりの数いたことが調査でわかった。事実も確認済みだ。
「皆様、落ち着いてくださいませ。そうなった時は私から理事会に一言物申しますわ。だから安心してくださいませんか?」
「神宮寺様、ありがとうございますっ!」
「ご自分も被害に遭われたというのに……私達のことまで考えてくださるなんてなんてお優しい方なんでしょう」
「私、神宮寺様のこと応援しておりますわ!」
「まぁ、ありがとうございます。あら?小倉様お顔の色が優れませんわね?ちょっと休憩室までお連れしてきますわ」
「あ、私は……」
小倉雅の腕を掴み、ホールを出て会場内にある休憩室に引っ張りこんだ。
「な、なんのつもりですの?」
「なんのつもり?それはこちらが伺いたいわ?これに
「だからなんのことだかさっぱり分からないわ!」
「そう。ならまたすればいいわ。ただし今度また何かするようなら次は退学があなた達を待ってることをお忘れにならないほうがよろしくてよ。洸蘭を退学になれば二度とあなたの大好きな上流階級という肩書きがなくなるでしょうから?」
上流階級というところは優雅そうに見えて相当シビアな場所。自分の風聞にも関わるともなれば一斉に関係を絶ち切る。
いくら親が社長といえど取引先がなくなればどうなるかは誰もが知るところだ。
「それに忘れないでおいてくださらない?この私が!高橋千鶴の親友であるということを」
電気をつけていない部屋に入ったせいでよく小倉雅の様子が見えないが、影は震えている。ちょっと脅しすぎたか。
ま、やられたらやり返す。当然ね。倍返し?なに言ってるの?冗談でしょ?
二度と歯向かえないようにするのが正しい仕返しの方法よ。倍返しにしたところでさらに倍になって返ってきたら厄介でしょ?さらに倍にして返さなきゃいけなくなるんだから。
根性悪な自覚はあります。
でも、せっかくできた親友のためならどんなことだってできちゃう。前世も今も共通して初めてできた親友を守る術を持っているのにそれを使わない上辺だけの関係になっているつもりはない。
では失礼いたしますわ、とニコリと微笑み、私は部屋を出た。ドアを閉める直前ドサリとなにかが地面にへたりこむ音が聞こえた。
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