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 そしてとうとうダンスパーティーの日がやってきた。

 会場であるホールの前で師匠と私のパートナーと待ち合わせをすることになっている。


 千鶴は最初それなりに話していたけれど、段々口数が少なくなっていき、終いにはおしゃべりどころか微動だにさえしなくなった。



「千鶴?」

「………奈緒ちゃん。なんか、心臓が爆発しそう」

「爆発!?」



 それはヤバイな、おい。心臓爆発はいかんでしょ、生物的に。



「奈緒ーっ!!」

「ぎゃっ!」



 いきなり自分の見知らぬ男に抱きつかれた私を見て、千鶴は目を丸くする。それからハッと気づき、おろおろしながらも私からその男を離そうと躍起になり始めた。


 うん、千鶴。この人は大丈夫だから。大丈夫なはずな人だから。


 だってこの人は私の……



「奈緒奈緒ごめーん。途中まではイオイオ大人しかったんだけどさー。奈緒奈緒の姿見つけた途端いつもみたいに暴走しちゃったー」

「当たり前だよ!!こんな世界一可愛い妹の所に一刻も早く

「黙ってください、いおりお兄様」

……はい」



 前言撤回。全然大丈夫じゃなかった。

 一歩間違えれば犯罪に手を染めそうなぐらいのシスコンオニイサマだった。


 人が少ない所を待ち合わせ場所に選んだ─私のエスコート役を頼んだのがこの人だった時からこうなることは予想済み─から少ないとはいえ公衆の面前だ。軽くどころではなく確実にひく。


 笑顔で黙らせていただきました。

 年上を敬え?そうですね、この人がデレデレと相好を崩した顔を元に戻して両親譲りの端正な顔立ちを取り戻したら考えましょう。


 決して私が面食いというわけではありません。

 男は性格です。ヤンデレとシスコンは論外です。



「あ、あの!!初めまして。私、高橋千鶴と言います。えっと、その……」

「私の親友ですわ」

「奈緒ちゃんっ」



 またもや照れだした千鶴。まだ慣れないのか。

自分もそう言いたげなのに、相変わらず言い出せない愛い奴め。



 私がそう千鶴を紹介すると庵お兄様は目を見開いて師匠の方を勢いよく振り返った。きょとんとして首をかしげる師匠。私も何事だか分からない。



千茅ちがや!!どういうことだ!?」

「なにが?」

「僕はそんな報告聞いていない!奈緒の初めての親友だというのに何のプレゼントも用意してないじゃないかっ!!」

「ごめんごめん。聞かれなかったから。ちなみに僕は何度も二人とご飯食べたりお茶したけどねー。」

「なにぃ!?なんて羨ましいことを!!」

「庵お兄様?」



 黒い笑顔バージョン2発動。さぁ、今日は何パターンでるかな?



 庵お兄様は慌てて握っていた師匠の襟元から手を離した。

 ガクガクとすごい勢いで揺さぶられていたにも関わらず師匠はいつも通り笑っている。


 細目のせいでそう見えるだけかもしれないけど。



 コホンと咳払いを一つして、お兄様は千鶴と再び向かい合った。



「初めまして。奈緒の大好きな兄の神宮寺庵です」



 私が誰を大好きだとおっしゃりましたか、このシスコンは。

 ……今、否定すると後が面倒だからスルーしよう。



「……奈緒が否定しない」



 うわ嫌だ、この人。なにジーンと感動しちゃってるの?


 あなたゲームの中じゃ理知的だったよね?

 あれなの?せっかくのまとも人員削ってみました、テヘッ的なノリなの?馬鹿なの?馬鹿でしょ。

 馬鹿の漢字に使われてる馬と鹿に謝ってこい。彼らはとても賢いのにそんな意味持つ熟語に使われて迷惑してると思うよ。



「仲良いんですね!!」

「千鶴?どこを見たら……」

「そう見えるかい!?いやぁ、嬉しいよ。ありがとう!!君はなんていい子なんだ!」

「そんなことないですよ!!」



 千鶴はもう緊張はいつの間にかどこかへいってしまったらしく、普通にしゃべっている。

 ………認めたくはないが、お兄様のおかげも多分にある、かもしれない。





 そして時は来た。


 ホールに次々と入っていく生徒や関係者達を見て、私達も中へと入った。



 会場の中はどこの王公貴族の屋敷のダンスホールかというぐらいのきらびやかな装飾が施されている。


 壁にかけてある絵画、無造作ながらも計算されつくした配置の壺や置物、花瓶、天井には大きなシャンデリアがいくつもつけられている。このダンスホールだけで一体いくらの値段がかかったのか、依然として庶民感覚のある私には恐ろしいものだ。



 そして



「…………………」



 千鶴も息を呑んで会場の中をグルリと見回していた。



 他にも何人か同じような反応をしている子がいるが、その子達も千鶴と同じように外部受験組なのだろう。明らかに場の雰囲気にのまれてしまっていた。



「大丈夫よ。あんなに練習したんだから。師匠、よろしくお願いしますね?」

「任せてよ!さっ、ちづちづ!早くノルマの一曲仕上げてたくさんデザート食べようじゃないか!!」

「ふふ。はい!!」



 うん、千鶴は師匠に任せておけば安心だ。あいつらは……まだ来てないのかな?


 ますます好都合。


 あの女狐達は……はっけーん!!

 ふっ、この私の大事な親友に喧嘩を売ったあげく、面倒なフラグを立てさせた罪、万死に値するわ。

 ふふ、うふふふふふふ。



「これはこれは神宮寺の」

「こんばんは、学園長」

「今日は妹君のエスコートですか?」

「えぇ、是非にと頼まれまして」

「仲がいいことはいいことですなぁ。そういえば、奈緒嬢は最近生徒会役員になったとか」

「えっ!?」



 あ、ヤバ。

このハ……頭が可哀想な学園長、せっかく黙っていたのをばらしてくれおった。


 お兄様が私に確認を目で求めてくるからニコッと笑っておく。



「そ、そうなんですか。生徒会に……へ、へぇ」



 お兄様はあの面子のことをあまりよく思っていない。というより情報源が定期的に連絡を取り合っているらしい生徒会役員嫌いの颯と物事を誇大報告する師匠なのだからそれはやむを得ないといえばやむを得ない。


 そんな生徒会に私が入るなんて晴天の霹靂だっただろう。

私もよく思っていないと知っているだけに。



 これでゲームのことを知ったらお兄様は怒り狂って犯罪に手を染めかねん。さすがに身内から犯罪者が出るなんてことは嫌だ。だからこれはお兄様には死ぬまで黙っていよう。



「では、楽しんでくれよ?」

「はい」

「ご機嫌よう」



 ドレスの端を軽くつまんで片足を軽く折り、一礼。

 小さい頃に身に付けさせられたお嬢様スキルだ。その時に笑顔も付け加えるとなお良し。


 神宮寺家の名代として場数は踏んできているからこういう挨拶には慣れている。慣れてるけど、今は顔面ひきつりそう。


 そして隣に立つお兄様からの視線が痛い。



 その時、ホールのエントランス付近が一段と賑やかさを増した。


 あの女狐三人組もいそいそとそちらの方に顔をほんのりと赤らめて向かっているのが見える。



「とうとう来ちゃったみたいだね。奈緒奈緒どうするの?」

「千鶴と師匠は一曲踊ってきてください。ちょうど次はワルツですから千鶴も踊れます」

「頑張るっ!!」

「うん。練習の成果を見せつけてやりなさい。ただしやりすぎないように」

「え?……よく分かんないけど分かった!!」



 それ、結局分かってないでしょ。


 ま、師匠がついてるから問題ないでしょう。



 と、いうことで。



 千鶴と師匠が始まったワルツに乗せて踊り始めた時、私はお兄様の脇をつついて屈ませた。これを他の人間に聞かれるわけにはいかない。



「お兄様、私、これからお仕置きをいたしますの」

「なに?誰に?」

「ふふ。私の大切な親友を傷つけた愚か者達にですわ」

「千鶴嬢に?奈緒、お前がそんなことする必要はない。お兄様にそれが誰か言えば今すぐその家を潰してやろう」

「いいえ。女の争いに男が口をだすものではありませんわ?私は私の力だけでいたします」

「……お前は悪巧わるだくみしている時が一番輝いているよ。僕の世界一可愛い妹殿」

「うふふ。誉め言葉として受け取っておきますわ」



 小声だけの会話を終えた私はある作戦を耳打ちし、お兄様もそれに頷いた。



 さぁ、お仕置きの時間の始まりよ?



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