5
食堂から出た私が向かう場所はもうすでに決まっていた。
フランス料理の店でもなく、中華料理の店でもなく、イタリア料理の店でもない。
いったん学園外に出ればたくさんあるコンビニだ。学園の中にはここ一つしかないけど。
「いらっしゃいませー……って奈緒奈緒かぁ」
「師匠、その呼び名は勘弁してくださいってあれほど」
しかも師匠ってば今絶対カウンターにつっぷして寝てたでしょ。
人が来ないからって職務怠慢で潰されちゃうよ?
「大丈夫大丈夫。似合ってるから」
「どういう反応をすればいいのか困るところですけど」
「笑って笑って。……ん?その子は?」
「私の友達の…」
「し、親友の」
「……親友の高橋千鶴ちゃんです」
ここでも人見知りスキルを発揮したのか私の後ろに千鶴は引っ込んでしまってる。
ちゃっかり可愛い要求はしてくるけども。
師匠はカウンターから出てきて高い身長を少しだけひょいっと屈め、千鶴と向き合った。
かなりの細目なのか私には目を閉じているようにしか見えない。
でも、きちんと見えているのは確かだ。かけている眼鏡も伊達であることは判明済みである。
「そっかぁ、君が」
「師匠」
ハッキングその他諸々のことを教えてもらうにあたって師匠には大体のことは話してある。たぶん、ここがゲームの中の世界だということを唯一私以外で知っている人物と言ってもいい。
自分の技術を私に教える原因となった千鶴におおいに興味を持ったらしい。フムフムとまるで推理小説の中の探偵のように顎を挟みながら千鶴をしばらく観察していた。
師匠、そろそろやめてください。千鶴が脅え始めてます。
「うん、いい子そうだ」
「……?あ、ありがとう、ございます」
「いい子ですよ。とっても」
私まで師匠に賛同すると千鶴は真っ赤になっていた。
そんな照れることないのに。本当の事なんだから。
「そういえばどうしたの?今は昼休みだけど」
師匠が不思議がるのも閉じている当然。
このコンビニは利用者の少なさから校舎からはだいぶ離れている。
お昼休み半ばに入った時間にこれるところじゃない。
「ちょっとお昼を食べ損ねたんですよ」
「そっか。実は僕もまだなんだ。一緒に食べよう!」
「はい。千鶴、選びに行こう」
「う、うん」
ここはコンビニ。しかもほとんど誰もこない。食料はより取り見取りだ。
「あぁ、一応ちづちづのために教えておくよ。この店の品物全部タダで好きなものどーぞ」
「ちづちづ……えっ!?いいんですか!?」
あぁ、千鶴にまで変な呼び名を。
「僕からのサービス。もうお代は十分もらってるから」
「で、でも」
「本人がそう言ってるんだから。……あ、このシリーズの新作また出てる」
師匠は面白いもの好き、スリル好き。自分は表には出てこない傍観者ではあるけれど、確実にその場その場を見ている。
まるでジョーカーみたい。
そういえばハッカーとしての通り名もジョーカーだったっけ?似合ってるわー。
奥にある部屋へ行き、お弁当を温めて机の上に並べた。
「僕が作ったやつの方が美味しいのにー」
そういう師匠の前には青い軟系物質がその存在を誇示している。
ここで一つ注意、作った
………つっこむな。つっこんだら負けだ。
本物は間違ってもこんなどこから持ってきたのか鮮やかな青なんかではない。
師匠は大の甘党で、食事をする時はほとんどが甘いもので食卓が埋め尽くされる。
料理の方も甘いものばかりを作り、なおかつそのどれもが激甘で未確認固形物に成り果ててしまう。
前に神宮寺家の厨房で作らせたら側で見ていた料理長が泡を吹いていた。その後、師匠は神宮寺の厨房には立ち入り禁止願いが出されたくらい、酷い。
そういう経緯を知らず、まだ可愛らしかった幼少の私は……食べた。食べてしまったんだ、劇物と化した食材を。
もちろんすぐさま吐き出し、見るも無惨になった材料達にごめんなさいした。師匠にではない、材料達にだ。
ちなみにそれを知った私のお兄様からしこたま師匠が怒られている横で私がベッドでうんうん唸っていたのは私の黒歴史になっている。
それから甘いものは嫌いではないけどあまり好き好んでは食べなくなった。
そんな昔の出来事を忘れ、よもや勧めてこようとは…
「師匠、全く反省してませんね?」
「え?なんのこと?」
…………バキッ
あー、いっけね、割り箸折れたー。
これで師匠の頭の中グルングルンかき回して思い出さしてあげようかなー?
私がそんな猟奇的なことを考えている間に、千鶴は黙って師匠が食べている青いプリンをじっと見ていた。
「ん?ちづちづ食べたい?はい、分けてあげよう」
「ありがとうごさいます!いただきまーす!
「千鶴!?まっ…
「……うわ」
ほら、言わんこっちゃない。
「すっごく美味しいーっ!!」
「だよね?トイレはあっち…」
…………あれ?おかしいな?
……千鶴さん?あなた今何と?
「これ、どうやって作ったんですか!?今まで食べた中で一番美味しいです!」
「でしょー!?フッフッフッ、それは企業秘密さ」
「……………………嘘でしょ?」
千鶴は美味しい美味しいと連呼し、師匠もまんざらじゃないようで新しいデザートなるものを冷蔵庫から次々と出しては千鶴に勧めていた。
ウソだぁー。
師匠のあの最早味覚音痴とも言うべき舌でOKが出されたデザートを本人以外で食べれる人がいるなんて。
千鶴、あなた間違いなく大物だわ。
「奈緒奈緒も食べてよー」
「まだ舌をおかしくしたくないんで勘弁してください」
「ほらねー?誰も僕の作ったやつ食べてくれないんだよねー?ちづちづ!!君だけが僕の味方だよ!」
「はい!奈緒ちゃん、お師匠さんの作ったの美味しいよ?一緒に食べよ?」
「………………」
やめて。期待の眼差しでこっちを二人で見ないで。
食べないから。絶対食べないからね!?
私は侵食されないようにお弁当やペットボトルでバリケードを張った。
ここを越えられたら…私の舌は死ぬ。
千鶴は本当に美味しいもののようにキラキラとした目で、まるで子供が親に自分の好物を勧める時のようにズズイッと寄ってきて、師匠は師匠で完っ全に面白がってそれを見ている。
自分の作ったデザートの一般人に対する有害性をほんとは知ってんじゃあるまいな!?
千鶴、やめなさい。うわ、ちょっ、マジそれだけはそれだけは!勘弁してっ!
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