第7話 生きる意味とは
この世に生を受けて何年の時を過ごしたのだろうか。
日付が存在するわけでもなく、ただ漫然と移り替わる四季を無難に過ごしてきただけだから明確な月日はわからない。
怠惰に生きてきた。
惰性で生きてきた。
ただ、身体を鍛えて、何のためかわからないままに時を過ごしてきた。
無意味。
そんなことを考えた時だってある。
競い合う好敵手もいない日々に絶望したことだってある。
だけど、目の前には今、競い合えるかもしれない奴がいる。
自然と笑みが零れおちた。
倒れ伏し、大きなタンコブをこさえた二足歩行の犬。
ナリはこんなんだけど、以前の好敵手たちよりも段違いの速さを持っている。正直、強かった。素直な戦い方をしてくれたから勝てただけだ。もっと戦術が練られていたら――どうなっていただろうな。
ククク、と少しくぐもった声が喉から出てしまう。想像しただけでこんなにも嬉しくなる。あぁ、俺は飢えていたんだ。
「――イテテ」
犬は気づき、目をぱちくりとさせながら胡坐をかいて坐り込む。
まだ現状を理解していないようだ。必死に周囲を探っている。
だが、結論が出たようだ。
「僕は――負けたのか?」
擦れた声で捻り出された言葉は諦観。
牙を噛み締め、爪を握り込み、口からも手からも血が流れ落ちている。
そうだ、と俺が答えてやるとつぶらな瞳は細められ、一筋の涙が流れた。
「――チクショウ」
負けた時は悔しいものだ。
俺だって何度も経験はある。
わかったつもりになどなってはいけないと思うが、わかったふりをしてしまうのは俺の性。
ただ黙って見つめるだけだ。
「………」
話は途切れ、言葉は無くなる。
暗い雰囲気。
祭りの後の妙な寂寥感を俺は味わっていた。
だが。
「ユウト、ザッシュ、お疲れ様だったわね。実に楽しかったわ。手に汗握って興奮して、本当に最高だったわよ? やっぱり男同士の殴り合いは最高の娯楽ね。堪能させてもらったわ」
全く空気が読めていないのか、頬を紅潮させた可愛らしい羽付き少女が明るい声で話しかけてきた。
ポン、と背後から肩を叩かれた。響き、痩せ細った右腕に苦痛が走る。苦悶。
「大丈夫?」
と少女は顔を近づけて言ってくる。
「まぁ、後でザッシュに治してもらいなさいよ。とりあえず、ザッシュ!」
少女は俺の目の前で落ち込んでいる犬に声をかけた。
犬は反応し、尻尾を痙攣させながら少女を見た。
「よく頑張ったわね」
言うなり、犬に近づいていく少女。
犬の目は見開かれ、尻尾をぶんぶんと振るわせて、喜んでいるのが丸わかりだ。
そして、犬のすぐ傍まで少女は歩き、見下ろす形で立ち止まる。
犬はただ黙って少女を見つめていた。
そして、
「ご褒美よ」
少女は片膝をつき、座り込んだままの犬の顎を、つつ、と指で持ち上げて、頬に口づけた。キス――というものだろう。
「――え?」
犬は戸惑い。
「格好良かったわ」
少女はほほ笑む。
なんとなく、この世界で生きていける、と俺は思った。
今日はそんな記念すべき日。
「良かったな」
心からそう思えたんだ。
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