第3話 ゴブリンはピクシー村へ行く

 木を運ぶように確かに言った。


 本数は言わなかったけど、確かに言った。


 だけど、5本て――ユピーの身長の6倍はありそうな木を5本ほど抱えて軽快にユウトは歩いていた。


 麻縄できつく縛ったソレを肩に何気なく担いでいるだけ。何気なく担げるようなものではないのはさすがのユピーでもわかる。


 小さな身体を包んでいるのは片袖しかない麻の服。


 腰のところは縄でくくり、裾が広がり過ぎないようにしている。


 そして盛り上がっている肩の筋肉。浅黒い肌が競りあがり、膨張している。ちょっとドキドキするが、顔が見えた瞬間に一気に醒める。


 まぁ、ほら、不細工だし?


「力持ちだね?」


 ユピーは後ろをテクテクとついてくるユウトを褒めてみた。


 実際すごい力持ちだと思うし。こんなに持てるならもっと違う仕事すればいいのに、と思う。


 ここらを治めるゴブリンロードに立ち会えばすぐに出世できそうなものだ。


 強い魔獣は出世する。知能が高い魔獣も出世する。どちらも兼ね備えているなら完璧だ。


「そ、そんなことねぇよ!」


 ――照れている。知能はあるかもしれないが、かなり残念な部分もあるのかもしれない。


 そんなことねえよ、と言いながら目を逸らす。

 微妙に行動が可愛い。

 それからムスッとして淡々とユピーの後ろをついていった。


「ところで、ユウトだっけ」


 少し開けた場所に出る。

 照りつける太陽が暑くて、ちょっと休憩したい気持ちになり、ユピーは地面に腰を下ろしてユウトに声をかけた。


 そうだけど、とユウトは答える。


 休憩するのかな、と思って木を肩から下ろし、少し距離を開けて隣に座る。


(なんかいちいち小動物みたいだなぁ。くっついてこないところなんか特に)


 力が強いくせに妙にユピーに対して警戒しているユウト。


 ユピーからすればユウトが意識しているせいで近づいてこないことはバレバレである。伊達に女をやっていない。


 それがユピーにとっては少しばかり快感だ。


 顔はどうであれ、自分に好意を寄せている異性というのは可愛いものだ。まぁ、キモイ奴もいるが。


 まじまじとユウトのほうを見る。


 ちょっと話しただけだが、ユピーの中でユウトの人物像がだいたいできていた。


 態度を見る限りプライドは高い。ゴブリンにしては頭も良く、身体を鍛えているところなどポイントが高い。男はやはり力がないと。

 それに、妙に可愛げがある。女慣れしておらず、初心だ。それがユピーの嗜虐心をそそる。

 照れる男の子ほどそそるものはない、というのがユピーの持論だ。


 照れさせるためには情報がいる。よって、いろいろと聞き出してみよう、という結論に至った。


 数瞬の間に考え、ユピーは実行する。


「なんであんなところで伐採の仕事なんてしているの?とても強そうに見えるのだけれど。勇者を倒して名を上げようとかないの?」


 勇者? とユウトはオウム返し。

 なんだそれ、と言わんばかりの疑問符に溢れる表情。その応答に疑問を覚えつつもユピーは話を続ける。


「うん、また新しい魔王が出たみたいだし。なんていうんだっけ。部下に倒される人のこと」

「下剋上?」


 ユウトの評価に一つ加わる。難しい言葉を知っていることを。+1点。


「そう、それそれ。腹心である副魔王だったヴァリアーって魔族が寝込みを襲って魔王に成り代わったらしいし。今人間に対して熱烈な攻撃中よ。だから、今ゴブリンの村もだんだんと数が減ってるでしょ?」


 二ヶ月前のことだろうか。


 魔王に対して反旗を翻した副魔王ヴァリアー。

 魔王は平和主義者だったのだ。

 それがヴァリアーには気に喰わなかった。殺したい、殺されたい、殺しあいたい、という破滅主義者がたぶんに魔獣の上位を占める。


 おかげで今は戦争の真っ最中。


 ユウトとユピーが住まう場所は戦禍の場所からは遠く離れており、巻き込まれることはない。けれど、若者は戦功を求めて軍に加わる。

 そのせいで過疎が進んでいるのだ。


 ゴブリンの村もユピーが見る限り若者がとても減っている。ユピーの村だってそうだ。男はだいたい旅に出た。


(私より弱いくせに旅立つ勇気があるのは不思議だったわ)


 ユピーの幼馴染も何人か軍に志願して出て行った。

 俺は大きくなって帰ってくるから、だから待っててくれよ! などと言って出て行った奴もいる。名前は忘れたが。


 ユピーは自分より弱い男に興味はない。


 その点では目の前のゴブリンは評価できる、とユピーは考えている。何せ、明らかに自分よりも強いだろうから。


 ふむふむ、と考え込むユウト。


 少し離れた場所に座っていたのでお尻を少し浮かせて近くに行ったら同じ距離分移動された。チッ。


「あぁ、そういう理由で減ってたのか。知らなかった」


 離れた瞬間、気がついたようにユウトはぼやく。


「え? なんで知らなかったの? 友達とかから聞かないの?」

「とも、だち――?」


 風が吹いた。

 木の葉が落ち、ユウトとユピーの間を何枚も横切る。


 呆けたような表情を浮かべるユウト。


 ユピーは即座に反応してしまった。


「ご、ごめんなさい」


 謝らなければならない、と思った。


 こういうデリケートな問題は深く立ち入るべきではない、というのがユピーの人生で得た教訓だ。


 ユウトは首を傾げる。なんで謝んだ? と。


 答えなければならないのか、とユピーの頬に冷や汗が流れる。白磁のような肌は少し青ざめている。きついってこれ!


 でも、あえて思っていることを正直に伝えることにした。


「友達いないんでしょ? だから、そんな反応を――」

「いないんじゃない。できないんだ」

「訂正する意味あるの?! 余計酷くなってない?!」


 なんで即答した?! 間がないよっ!

 淡々と訂正した言葉にユピーはツッコミを入れずにはいられなかった。

 ユウトは気にしたふうでもなく、


「というより、聞きたいことがあるんだ」


 あっさりと話題を変更しようと試みる。

 ユピーとしてもこの話題はなかなかにヘビーだと思ったので、何? と乗ることにした。


「仕事って――自分で選べたのか?」


 え? とユピーは漏らしてしまう。


「気づいたらハブられて、いつの間にかあんなところで伐採して運送する役割を与えられていたんだが」

「――ちょ」

「自由気ままで気に入っているが、さびしくないか? と聞かれたら涙が出るかもしれない。たまに話せる人たちはみんなお前みたいな女の子ばっかりだ。ピクシーと言ったか」

「月に一度だけ?!」


 交易は月に一度だけ。


 それ以外は会話なしということなのか。


 ユピーは思う。心から。かわいそうだ、と。


 つまりはユウトにとってはピクシーだけが会話してくれる相手ということか。


 ふむ、とユピーは考える。


 なるほど。これほど知能のあるユウトなら他のゴブリンと話も合わないだろう。あいつらは本能のみだし。寝る、犯る、食う、の3つ以外に全く興味を示さない。何故群れて村を作れているのかがまず不思議なのだから。


 まぁ、ゴブリンにも頭が良い奴がいるからそいつらが束ねているだけなのだが。

 そんなことを考えていると、ユウトはじっとユピーのことを見つめていた。

 何よ? とユピーは返す。


「君は話しやすいな。前の子は何かいろいろとやり辛かった。頭を撫でるのはどうにかしてほしかったな」

「へ、へぇ」


(思いっきりガキ扱い――まぁわかるけど)


「まぁ、こちらとしては貴方みたいなゴブリンのほうが安心だけどね。評判良かったわよ? 面白い奴って」

「お、面白い――俺が?」


 からかい甲斐があるとも言う。


「うん、予想外にヘンテコで笑えるわよ? 他のゴブリンにはないセンスを感じるわ。他のゴブリンは馬鹿ばっかりでね。『オデ オマエ スキ ヤラセロ』ばっかりなのよ。全く、湖面で自分の顔を見ろっての。醜男――アハハハ!」


 まさに高笑い。哄笑。

 これでもか、と言わんばかりに美少女(自称)であるユピーは笑い飛ばした。

 キモイゴブリンを見下すのは大好きだ。なぜかって? 比較対象がいると美しさがより明確にわかるから!


「え、じゃあ俺って格好良いの? 評判良いってことはそういうこと?」

「いいえ? 十分に不細工よ?」


 何勘違いしちゃってるの? という冷たい視線。


「…………」


 ユウトは俯いた。

 ソレを見て、はぁん、とユピーは声を漏らす。

 そして、近づいていって下から覗き込むようにユウトの顔を見た。


「あ、傷ついた? ねぇ、傷ついた?」

「傷ついてなんかないし……」

「ごめん――プ、アハハハ! 顔のこと気にしてたんだ? あー、アハハ! ごめんねぇ? プッ、ククク」


 笑いをこらえるようにユピーは時折顔を背けて口を手で押さえる。


「いっそのこと盛大に笑え。自分の顔のことなんざ一番俺が知っている」

「冗談よ。なかなか可愛げがあるわよ?」


 実際可愛げはある、とユピーは思う。

 なんか面白いし、コイツ。いじり甲斐があるとも言う。


「本当?」


 と目を輝かせてユウトはユピーを見る。


「アハハハハハ! おかし! ハハハ!」


 思いっきり笑うユピー。


「…………もういい」


 凹んだユウトは立ち上がり、木を担いだ。

 早く行こうよ、と言わんばかりにユピーの隣に立って手を差し出す。

 頷いて、ユピーは手を取って立ち上がる。そして、ユウトの頭を撫でた。つい、撫でた。


「がんばりなよー?」


 と言って、軽快なリズムを奏でながらスキップで移動し始める。


「知ってるだろうけど、ピクシーの村はもうすぐよ。後ちょっと」

「うん」

「ご飯くらいご馳走するわよ?」


 ピク、とユウトの耳が動いた。


 そして、うん! と大きく返事をすると走ってユピーを追いかける。


 ユピーの隣まで追いつくと、楽しみだなぁ、と口笛を吹きながら喜んでいるのがわかる。


 無駄に表情豊かだ。ゴブリンの生態ってこんなんいたっけ? とユピーは考えてしまう。


 まぁ、いるからこんな奴が存在するのだろうが。


 開けた場所から少し進むと崖がある。


 そこには石で作られた階段があり、通行路として利用できるようになっている。

 そこから見下ろす景観は緑一色の森の俯瞰だけだが、浮いている場所がある。

 文字通り宙に浮かぶわけではなく、カラフルな屋根がある村だ。ピクシーの村だ。一番多い色はピンク。


「見えた」


 ユピーは村を指差して、羽を広げて階段を使わず飛び降りる。滑空する。

 ユウトは急いで追いかけた。


「ご飯なに?!」

「さぁねー?」


 アハハ、と笑い声がこだまする。

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