【京都の秋】「錦市場」ー寺町界隈で(全員集合)
九月も末になると「河原町四条通」を包んでいた夏の熱気はいつのまにか舞台袖に退き、代わって金木犀の香りが鴨川の上を吹き抜ける少し冷気を含んだ風が運んできて、さすがの京都人も、ほっとするのである。
そして、十月にもなれば、「錦市場」には秋の味覚が並びはじめる。
「錦市場」で、一史と珠美が切り盛りする「京野菜」の店にも、季節が秋に近づいてるることを店先の青物が教えてくれる。
一史は、一年前に大阪の商社勤めを辞め加賀珠美と結婚し、それまでの山下の姓を捨て、加賀一史としてこの店の主人となった。
—— 一史、寺町のCafeで「備前焼」の個展やってるよ
——へぇ、そうなんや 観てみたいな
一史には、インド駐在時代にハマったインドカレーの店を持ちたい、という夢があった。無農薬栽培の「京野菜」をふんだんに使った「京野菜カレー」を看板メニーにしたいと考えている。
だから、器にも興味があって、あのゴツゴツとした「備前焼」の皿に野菜カレーを盛りつけたら——とか、イメージしてみた。
——ちょっと、行ってきていい?
——ん、いっといでよ、この時間お客さんも少ないし
「錦通り」から一本西の通りの「寺町通」に、そのCafeはあった。
店の前に、『備前焼ー加藤亜紀 個展』と案内が出ている。
そのCafeは、京都の古民家を改造した作りで、中庭がOpen-Cafeになっていて、その奥の土蔵を改造して、小さな「ギャラリー」を作り、毎月何がしかのイベントを開催していた。
中庭には、何組かの若いカップルが秋の昼下がりの時間を一杯の珈琲を友にして楽しんでいる。
モデルの仕事でもしているのだろうか、姿顔の全てのパーツが整った男がぼんやりと秋の空を眺めているのを、その横でずっと男の横顔から目を離さないでいる女は、まるで雷にでも打たれたかのようだ。
向かい合って座っているのにLineで話をする若いカップルもいる。
そんなカップルたちを横目に、一史は中庭の脇を抜けるようにして奥のギャラリーに向かう。
私って、愛人体質なの——。
聞いてはいけないような言葉が耳に飛び込んで来て、一史はそのワケありなカップルの横を足早にギャラリーに向かった。
ギャラリーの中に足を踏み入れると、歳は四十過ぎだろうか、髪をアップにし、濃紺のパンツスーツに身を固めた女が、落ち着いた女の色香を口元に漂わせ微かに首を傾げて微笑んでいる。
出品作品は、茶碗や平たい大皿、湯飲みもあれば、猪口や花器と様々だった。
殆どのものは即売品となっている。
その中で、一史は茶碗に命名されている名前が気になった。
「弾む心」——。
「炎の心」——。
「沈む心」——。
「平な心」——。
確かに、釉薬の化け具合なのか、同じ形の茶碗にはそれぞれの表情があった。
キャメル色のフランネルのジャケットを羽織っている品の良さそうな男が、その茶碗の一つを手にとって眺めている。
その横に、先ほどの女性が歩み寄って来て、潤んだ瞳でその男に何かを語っている。
——これ、ひとつ、買いましょうか
——ごめんなさい。これは、もう一つしか残ってないの
——そうでしたか。では、いけませんね。
——今回は「弾む」が一番売れたの
——そうですか。次回は、もっと焼いてもらわないといけませんね
——二ヶ月に一度では足りないのかしら……
頭髪に白いものが混じるその男に、一史は同じ男としてきっと叶わないであろう色気を感じ、その二人の関係を推し量って、ゆっくり背を向けた。
——どうだった?
——ん、試しに大皿一枚買ってきたよ
一史は、柿色と藍色が
——そっかー、この上に一史の作る「京野菜カレー」が乗っかるんやね
——ん
——あっ、一史……
珠美が少し深刻そうな表情を浮かべて居る。
——どうしたん?
——あんなぁー……できたんや
——へ?
——もう一人、家族増えるんだけど……大丈夫、かな?
一史は店の中で人目憚らず珠美を盛大に抱き上げた。
かなり歳の差のあるカップルが、そんな二人にちらっと視線をやりつつ通りすぎていく。その後には、一筋の秋の風に乗って香ばしい茶の香りがやってきた。
千三百年の歴史がある京都——。
その懐は深く、その表情は四季折々。
京都には、いろんな想いを抱いた人々がやってくる。古の都人が愉しんだ、「萩の花」を千三百年後に同じ場所で愛でること……。なんとロマンに溢れたことだろう。
「歴史と伝統」の一刻、一頁が積み上がるたびに、京都の魅力は増し、光り輝くんだろう———。
【京都の秋】「錦市場」ー寺町界隈で(全員集合) 了
千葉 七星
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