【京都の夏】「祇園祭」ー五条の橋の上で(全員集合)

 京都の町屋では、七月に入ると「祇園祭」一色になる——。


 七月一日に「祭事」が始まり、ほぼ一ヶ月続く「祇園祭」の祭事。京都人にとってはその心意気を存分に見せる時である。その祭事の進行に沿って、暑い「京都の夏」も本格化するのだ。

 だから、「祇園祭」のコンチキチン🎵は、京都に夏の訪れを知らせる——と言われる所以なのだ。



 七夕たなばたの夜、霧畑風子は「五条大橋」を見下ろせるビルのBARで大ジョッキのナマで豪快に喉を鳴らしていた。


 ——ぷはぁーッ、グビッ うっめぇ


 風子の前に座る三つ年下の神木隆太かみきりゅうたは、口をあんぐり開けて風子のおとこ前さに酔いしれていた。


 ——風子さんッ、オトコマエ!

 ——感心してないでさ、隆太も飲みなよッ


 風子は、ツマミのヤリイカの炙りを口の端に咥えて、オッサン降臨状態だ。

 風子の席からは、「五条の橋」が見下ろせて、橋の上で鴨川の流れを眺める若いカップルや、一人で待ち人が来るのを待っている男や女の姿がよく見て取れた。


 ——ねーねー、隆太ぁー、橋の上のグレーのスーツ着て立ってる男、見てごらんよ


 隆太は、風子に促されて、身を捩って眼下の「五条の橋」の上に視線を落とした。


 ——あのひとが、どうかしたんッス か?

 ——ありゃ、きっと女と待ち合わせだな

 ——そうかもしれないっスけど、なんか問題あり、ッスか?

 ——女、来るかどうか賭けよっか

 

 隆太は、嫌な予感がした。


 ——アタシは、来ない方に賭けるヨ

 ——へ? いいんスか?


 隆太は、いつも風子の提案する賭けに負けては飲み代を恐喝カツアゲされていたのだ。

 しかし——、今回は、勝ったと思った。

 そりゃそうだろ、「五条の橋」の上で待ち合わせするなんて、既に出来上がったカップルしかしない約束だってのは、京都人なら誰でも知っている。


 ——で、風子さんはなんでまた来ない方に?

 ——っていうかぁー、もし隆太が勝ったら、付き合ってやってもいいよ

 ——ええッー マジっスかぁ?


 隆太は、風子の漢前さに惚れ込んで、腰巾着みたいにずっと付き纏っては、付き合って下さい——、と一年間言い続けて来たのだ


 ——そんかわり、負けたら、ココの払い、隆太持ちね


(っていうか、いつも、オレが払ってんですけど)


 ——了解っス。付き合う、ってのは、もちろんエッチ込みですよね?

 ——おうッ 風子に二言はない。ただしッ、は、勘弁してくれよな

 ——へ? 3分、って?

 ——去年の夏まで付き合ってた男のセックスがさー、毎度マイド、3分で終わった、って話だよ

 ——あぁー、なら大丈夫っス! オレ、10分はますからッ!


 (チッ、てぇーして変わねーじゃんかよッ)


 京都の夏に、夜の帳が降り始め「五条大橋」を行き交う人々の数も増えていく。

 木屋町辺りのラウンジのママだろうか、綺麗にセットされた髪を時折気にしながら、和服姿で通りすぎていく。

 そして、向こうからは、赤い傘を持った女のこが、連れの男の尻に蹴りを入れてケラケラ笑いながら与太郎歩きで橋を渡って来るのが見える。

 そんな人々の流れを気にすることもなく、暑いのにグレーのスーツに身を包んだ男は忙しなく腕時計に目をやっている。


 ——何時に、待ち合わせしてんでしょうね

 ——ん、この時間なら、7時ってとこ、じゃねーの


 風子と隆太は、生ビールそっちのけで「五条大橋」の上の男をしている。隆太は自慢のGショックで時間を確認すると——PM6:50 とデジタルが表示していた。


 長い望遠レンズを装着した一眼レフで、橋の上から鴨川や遠く北山あたりを撮っている男がいる。その横には柔らかい微笑みを男に投げかける女が寄り添っていた。

 どいつも、こいつも、幸せ満開じゃねーかよッ——と、風子は向かいの隆太の呆けた横ッ面をチラりと見て、鼻を鳴らした。


 とっぷり陽が落ちて、橋の上は街灯から垂れるオレンジ色のカーテンに包まれている。

 クリーム色のワンピースに笹色のサマージャケットを羽織った女が、向こうからやって来るのが見えた。しかし、まだその人影は小さい。風子は昔から視力だけは原始人なみによかった。


 ——おッ、あれ、か?

 ——へ?


 隆太はゴシゴシ目を擦って集中した。


 その女の姿が男のもとにゆっくり近づいて来る。

 姿顔にデキル女臭おんなしゅうが余裕で漂っていて、飲み屋のキャッチの女の線は消えた。

 ようやく、男は女に気づき感慨深げにじっと女の顔を眺めたまま、何も喋らない。


 ——来ましたよ、風子さん

 ——まだ、わからんッ


 往生際が悪いのではない、二人のが知りたいだけだった。

 女は、何か短冊のような紙を男に手渡して、微笑んでいる。


 やがて、男は女の肩を引き寄せ軽いハグをした。


 ——なんか、久しぶりに逢うって、感じですね

 ——あぁー、そっか、今日はベガとアルタイルの日か……

 ——へ?


 風子は相変わらず反応の悪い隆太にイラっとしたけれど、今夜はコイツとのセックスでもすっかーと、薄く笑ってもう一度あの二人の姿を追った。



 雨が多いと言われる関西の七夕だが、この日は快晴の夜だった———。



 千三百年の歴史がある京都——。

 その懐は深く、その表情は四季折々。


 コンチキチン ♪ コンチキチン ♫ 

 京都の伝統祭事を守り伝え続ける京都人——。


 山鉾巡行のエンヤラヤーの掛け声に、そこはかとなく艶っぽさがあるのはその意地プライドの現れだと——、私は想う。


【京都の夏】「祇園祭」ー五条の橋の上で    了


                   千葉 七星

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