【小寒】「豊国神社」ー秘密は、ヒミツ
【小寒】、「二十四節気」の二十三番目の「節気」。新暦では一月五日ころ。
冬至より一陽起るが故に陰気に逆らう故益々冷る也(暦便覧)
この日は、寒の入りでこの日から立春までが「寒」である。草木は凍え、川、池の氷の厚さが増す頃。
京都では、まだ正月のお
東山の麓に「豊国神社」がある。かの豊臣秀吉を祀った神社である。境内には、秀吉の馬印である「千成瓢箪」を模った絵馬が数多く奉納されている。
広瀬商事の「欧州物産課」の面々も毎年此処に仕事始めの日、事務所でお神酒を頂いた後、やってくるのが習わしになっていた。
先頭を歩くのは、課長の角田と、係長の
この二人は絶対密かに付き合っているハズだ——。
課員以外の他の部署でも、もっぱらの噂になっている。
市岡深雪は、陶子より三年先に入社した大学の先輩であった。正直言って、陶子は深雪に憧れてこの会社に入社したようなもんだった。
深雪は、薄紫地に紅色柄の晴れ着姿で、ぴったりと氷室の斜め後ろを歩いている。
陶子の横で、同僚の女子社員がヒソヒソと言葉を漏らしている。
——あの、二人って、ほんと理想のカップルよね
——氷室係長は、課のホープだし、それを支える市岡さんは、才色兼備。勝てっこないわよね
そうなのだ、氷室はこの課だけでなく、他の課の女子社員にも人気のある未婚三十代のイケメンだった。
陶子は、事務所で飲んだお神酒が悪酔いしたのか、足元がフラつき、急に目眩がして玉砂利の上でしゃがみ込んでしまった。
——どうしたの? 具合悪いの陶子ちゃん
深雪がすぐに陶子の傍に来て心配そうに背中を撫でている。そこへ、氷室も心配顔で陶子の様子を伺うように、しゃがんで覗き込んでくる。
ほんの少し香る男性用のコロンは氷室のものだとすぐにわかった。
——ここじゃ、寒くていけないな……
そんな氷室の声が微かに聞こえたかと思うと、左手が氷室の首に回され体が宙にふわりと浮いて、陶子の全てが氷室の腕の中にあった——、初めて男にされる「お嬢様だっこ」だった。
陶子は、ふらつく頭を氷室の肩に寄せ、そのクールな香りを愉しんだ。
——(ここが、私の本当の居場所なんだよ……)
薄眼を開けてチラリと氷室の顔を見た。氷室の唇と自分のそれが30センチも離れていないとこにある。しっかりと前を見据えている眼差しに語りかける
——航平くん……
——ん? どうした? 辛いのか?、もう少しで社務所だもう少し我慢しろよ
——重くなった? わたし……
深雪に比べると、少しぽっちゃりな陶子だった。
——そんなことないよ? 変わらないよ……
——嘘ッ!、お正月に、いっぱいお餅食べさせたよね、わたしに
陶子は他の課員、特に深雪には気取られないように、氷室の耳元で囁く
——え? なに?
氷室が耳を陶子の口に寄せてくる
——わたしを肥らせて、ぷにょぷにょ、したいって魂胆でしょ?
氷室の頬が微かに引きつる
——バラしてやろうかなー、氷室航平は、ぷにょぷにょフェチだって
——おいっ!
航平が着けてるコロンのブランドが何だか知ってるのはわたしだけ——。
航平が、実は、ぽっちゃりさんが好きで、ぷにょぷにょフェチだってことを発見したのは、わたしが初めてのハズ。
去年のクリスマスイブから昨日まで私のアパートに泊まってたのは、「欧州物産課」係長の氷室航平デス!——。
——って、みんなにバラしたいよッ、航平!…… ダメ?
氷室は、陶子を抱き直すために、ひょいと、陶子の身体を宙に放り投げて受け止める。
——陶子がそうしたいなら、ドウゾっ
陶子は氷室の首に両手を回して言う
——ふふ、、、しないよッ
(だって、秘密は、ヒミツだから、ゾクゾクするのよッ、わかる?)———
ザクっ、ザクっと玉砂利を踏む音が、陶子の独り言を打ち消していく。
「初春」の日差しが眩しく陶子に降り注ぎ少し身体を温めてくれたので、陶子は宙に浮いてる足をぶらぶら——、と振って
——陶子、重ッ……
——それが好きなくせにッ
【小寒】「豊国神社」ー秘密は、ヒミツ 了
千葉 七星
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