【冬至】「平安神宮」ー泡沫の夜
【冬至】——、日南の限りを行て日の短きの至りなれば也(暦便覧)
「二十四節気」、二十二番目の「節気」新暦では十二月二十二日ころ。
この日が一番夜が長くなる。冬至南瓜や柚湯の習慣が残っている。
いよいよ、師走も押し詰まり、京都の各地で新年に向けての準備が整い始める。河原町界隈の繁華街はもちろんクリスマスソング♩で賑わっている。
「京阪三条駅」のプラットホームに山本吾郎が降り立った。
五年振りに日本に帰ってきて、真っ先にこの地にやってきた。日焼けしたその顔から想像するに、どこか常夏の国にでも居たのだろう。
五年前、この京都を後にして大阪の「関西国際空港」から飛び立った——、何の目的もなく、ふらりと。
その頃、吾郎には恋人が居た。恵美子という名のその女は、吾郎とは十五歳も歳が離れている。
吾郎は今、二十八歳だから、恵美子は四十三歳になっているはずだ。恵美子には五つ年上の夫がいる。京都の老舗の和菓子屋の主人である。
つまり、恵美子と吾郎は、そういう関係だった。
話だけを聞けば、恵美子が若い男を傍らに
けど、実際は違った——。
吾郎が、強引に恵美子を寝取ったというのが本当のところだった。吾郎は、京都の大学に通っていた頃に、たまたま立ち寄った和菓子屋の女将に一目惚れしてしまったのだ。生来、破天荒な男だった吾郎はその若さ所以の情熱で恵美子に迫った。三年かかって、吾郎はついに恵美子を抱いた。
恵美子の夫は祇園の芸妓を長く囲っていて、それを恵美子はずっと耐え忍んで来たのだが、遂に吾郎の情熱に負けて、夫以外の男を受け入れた。
恵美子の身体は乾き切った砂漠の砂のように、一度関係してしまうと、止めどなく吾郎の若いエキスを求めるようになった。
元々、夫の心は離れていたのでその儀礼的なセックスで熟れ切った女の身体が満足できるはずもなかったのだが、育ちの良い恵美子にはそれが普通なのだと諦めていた。
ところが、「別世界」のような甘美な快感を得てしまった後は、どんどん吾郎に自分の身体が開拓されていく悦びに痺れていった。
もはや恵美子の身体には吾郎の若い肉体の凶器なしには精神バランスが保てなくなっていた頃、ふいに吾郎は口にした。
——ちょっと、旅に出るよ。
——どこへ?
——わかんない……ふらっと、行きたいんだ
恵美子が止める間も無く、吾郎は恵美子の前から消えていた。
そして、五年の月日が流れた——。
吾郎は、繋がるかどうかもわからない携帯電話の電源を入れ、恵美子に連絡してみた。
突然、恵美子から逃げるように姿を消しておいて今更また平然と連絡できる吾郎を恵美子はどう思うのか——、そんな事を考えもしないのは、吾郎が五年前と何も変わっていない証だった。
——もしもし……おれ、だけど
——(………)
——恵美ちゃん? おれ、吾郎。会える?
——(………)
吾郎は、宿泊先のホテル名だけを告げて、電話を切った。
恵美子が一言も喋らなかったのは、当然かもしれない——。
ホテルの窓から「平安神宮」の朱の鳥居が見える。あと何日かすればそこは初詣客で賑わうのだろう。
深夜一時過ぎ、恵美子が吾郎の部屋の扉をノックした。
ゆっくり開く扉の向こうに恵美子が和服姿で立って居た。
吾郎は、性急に恵美子を抱いた。和服の裾が乱れ、白い肉感のある太腿が月明かりに妖艶に映えて吾郎の性欲を一層掻き立てた。五年振りの恵美子の女は以前にも増して潤み、ずっと吾郎を待っていたかのように躊躇いもなく受け入れた。
恵美子は、慣れ親しんだ男の動きをその一点で感じ取りながら、深い情念で締め上げた。吾郎の男はあっと言う間に絡め取られ頂点に達した。
——全然変わらないね、恵美子は……いや、まえよりずっと良い女になってる
——(………)
——怒ってるの?
——(………)
言葉をくれない恵美子が恨めしくて、吾郎は背中越しに今一度繋がり、遠い日のように強引に貫いた。
恵美子の女芯に強い電流が流れ、背中が硬直し反り返った。吾郎は、なんども、何度も、突き上げるけど、恵美子の口から悦びの声は漏れ出さない。
二度目、恵美子の中で果てた吾郎は、恵美子を背中越しに抱いたまま混沌とした睡魔に吸い込まれるようにして眠り込んだ。
翌朝、目が覚めると恵美子の姿は無かった。
ベッド脇のテーブルに書き置きらしき紙片が一枚置かれている。
..............................
サヨウナラ——、の一言もなしに消えたアナタが大好きだった。
さようなら、、、吾郎
恵美子
............................
今度は吾郎が、恵美子を失った。
自分の分身に残る恵美子の女匂が——、切なく鼻に香った。
平安神宮の鳥居の朱色が朝
師走の京都の空気は吾郎には冷たすぎた———。
【冬至】「平安神宮」⛩——泡沫の夜 了
千葉 七星
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