【大雪】「京都四条南座」ー疲れる女、待ってる男

【大雪】 雪いよいよ降り重ねる折からなれば也(暦便覧)


「二十四節気」、二十一番目の「節気」。新暦では十二月七日ころ。


 京都もいよいよ師走となり、少しずつ慌ただしくなってくるころで、この時期になると、「京都四条」の「南座」で十二月末まで行われる吉例顔見世興行は京都の風物詩となっている。役者の名前を勘亭流で書いた「まねき」と呼ばれる、白木の看板が劇場の入り口上にずらりと並べられ、これが京都に師走が来た事と、新年が近いことを教えてくれる。


 鴨川の水も一層冷たくなり、「四条大橋」の上で頬に受ける風もいよいよ肌に刺すようになってくる。


........................................



 師走の朝、「南座」に掲げられた「まねき」を、ゆり子はじっと眺めていた。


 ——ああ、今年も終わりか……


 石原ゆり子は、十二月二十四日で、三十歳になる。

 そう、誕生日が「クリスマスイブ」。


 この特別な日に、ゆり子は「三十路みそじ」の女の仲間入りするのだけど、今年はちょっと複雑だ。昨年まではその日を祝ってくれる男が居た。しかし、その男は今はもうゆり子のそばには居ない。


 三十路を、男なしで迎えるのだけはカンベン——、って夏の終わりころに気づいて色々手を尽くしてみたけど、男の影すらない、この今のありさま。


 ゆり子は、誰が見たって美人で聡明な女だった。それなのに、付き合った男とは長続きしない。

最後の男が残していった言葉によれば


——ゆりこってさぁー、なんか、疲れるんだよねー


男は軽く言ったつもりんだろうけど、この言葉はかなりキツかった。大晦日の梵鐘みたくゆり子の頭の中でずっと反響していたのだ。


——疲れる、ってなによッ……どんだけ、尽くしてやったんだッ!!


と、虚勢張ってみても、もはや二十代前半の勢いはない。すぐに凹んでしまう。今日だって、気がついたら「南座」の前でぼんやりと「まねき」を見て若後家ゴケさんみたいに独りごちていたわけだ。


——あれ?、ゆり子じゃ、ね?


振り返ると、山上奏太やまがみそうたが立って居た。奏太は高校の同級生で、ゆり子を永遠のマドンナだと言って止まない男だった。


——あぁー、奏太か。

——”あぁー、奏太かー“ の奏太だよ


相変わらず、ヒラメみたいな目で笑っている。

ゆり子は、パチんッ、と閃いたように急に作り笑いをして


——あ、奏太さぁー、イブの夜って空いてる?

——空いてるに決まってんじゃん。その日はいつだってゆり子の為に取ってあんだよ

——だよ……ねぇ、、、だよねーーー

——ん? 今年はアブレたのか? ってか、また男に逃げられたんだろ?

——うっさいなー……


 奏太はなんでもかんでもゆり子のことははよく知っている。どこで仕入れてくるんだろうかと思うくらい、ゆり子の”現況“を掴んでいる


——今年なら付き合ってやってもいいよ、ただし「イブ限定」で

——うん。いいよー 限定だろうが、特別だろうが……


今のゆり子にとって、なんでも受け入れてくれる奏太の存在は嬉しかった。


——でさー、ちょっと聞きたいことあんだけど

——なに?

——わたし、ってさー……、疲れる?


奏太は視線をゆり子から明後日の方向に逸らして


——なんだよ、男にそう言われたのかよ

——うん……


目の前で凹んだ声出してショゲてるゆり子が愛しかった。


——ゆり子はさ、いつも男に一生懸命すぎんだよ。今俺を相手してるみたいに、これでもかってくらいの上から目線でいればいいんだよ。ムリしていい女ぶるからダメなんだ


——だってぇー、ほら、私って、美人で頭いいじゃん? それくらい下手に出なきゃ男が寄ってこないのよッ


惚れた弱みとはいえ、厄介なオンナだ——。


——ゆり子は、いつだって ”ゆり子様“ でいいんだよー

——そぉ? そっかー、そうよねー!!


 どこがショゲてた——、ってくらいの復活ぶりで、反りくりかえってるゆり子が可愛くて仕方がない。


——じゃ、また連絡ちょうだい、ゆり子様がイブの夜に付き合ってやっから

——ん、その調子だ。もう大丈夫だな……

——へっ?

——いや、もう俺は必要ないだろ、今からでもすぐにの男できるよ

——ちょっ、なんで、そんなこと言うんだよー


 奏太はヒラメの目で笑って言う。


——俺は……、ゆり子が男に疲れ切って帰ってくるまで待ってるわ

——なによ、それッ! 


 ゆり子は急に不安になって泣きそうになった。


——おれだって、男だよ。一日限りの男なんてゴメンだしっ


 ケラケラ笑いながら言ういつもの奏太だったけど、なんかいつのまにか骨のある男になってて——。


 ぷにょぷにょ、だった二の腕だって逞しい筋肉がついてて、そこにぶら下がりたくなるし——。


 今こうして、奏太の見えない優しさの空気に包まれてまた私はフワフワと浮き上がることができるようになったし……。


 ねー、ひょっとして、奏太って……イイ、オトコだったの??—————



——奏太さー、お願いあるんだけど

——はいはい、なんですかー?


 ゆり子は、奏太の二の腕に手を絡めて斜め上に視線を放り投げる様にして


——ゆり子の、奏太に、なってよ

——はぁ? 言ってる意味がわかんねーよ。


 ゆり子は、奏太の二の腕のょしたところをちょっとツネって


——アタシのッ!! オトコにしてやるって! 言ってんだよーッ!!


 やっと帰ってきたんだな、ゆり子。

 ずっと待ってたよ——。

 ほら、ゆり子ってさ、疲れるオンナだろ?

 だから、いつか、ゆり子自身が疲れて帰ってくるだろうって……


 おれは、ずっと、ずっと……待ってたんだよ?




——はい、はい。ゆりこサマの、仰せの通りに。



 四条大通りを行き交う人の足取りはちょっぴり足早だったけど、二人して見上げる「まねき」の白板は眩しくて、新しい年がくることを教えてくれていた。





何処からか、クリスマスソングが聴こえてきた———🎄


 ゆり子は奏太の二の腕をぎゅっ、っと握って離さなかった。





【大雪】「京都四条南座」ー疲れる女、待ってる男    了


                   千葉 七星







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