【霜降】「宇治平等院」ー月光の下で

【霜降】つゆが陰気に結ばれて、霜となりて降るゆへ也(暦便覧)


「二十四節気」は十八番目の「節気」。新暦の十月二十三日ころ。北国や山間部では朝には霜が降り、草花を白くする。紅葉がはじまるころ。


 京都に比叡の山から吹き降りてくる風の色が深い青になって、北山では木々の色が晩秋のそれに変わっていく。


 京都の南郊、「宇治」は、古くは平安時代、貴族たちの別荘が置かれた風光明媚な土地である。かの、「平等院」は、「光源氏」の実在のモデルとされる源融みなもとのとおるが別荘としたものを、摂政ー藤原道長が受け継ぎ「宇治殿」とし、その子の関白ー藤原頼通の時代になって寺院に改めたのが起源である。


 京都「宇治」は茶の生産でも有名で、鎌倉時代から生産が始まったとされる。「静岡茶」、「狭山茶」と並んで、「宇治茶」は「日本三大茶」とされている。宇治橋通りや平等院通りには多くの茶店が軒を連ねている。


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「宇治茶」の老舗店「柿山茶舗」には、柿山信介という跡取り息子がいた。

 そして信介には、年が十二も離れた静子という妹がいる。

 信介は四十前になっても嫁も取らず、父親に代わって店を切り盛りしていた。実直で寡黙な信介を父の雄三は信頼して店を任せた。いずれは嫁を、と思っているが、当の信介にはとんと女っけがなく、夫婦してヤキモキしていた。


 ——あの子、女のこに興味ないんやろか

 ——そやなー、別嬪さんのお客さん来ても、表情一つ変えんし……わからんわ、儂には

 ——そら、は、わかい女子おなご大好きですもんなー


 雄三は妻の春子のきつい嫌味に面相を苦くし、茶を啜った。


 ——どっちゃにしろ、はよー嫁もろてくれんと、安心して隠居できんしなー


 傍で、単行本の小さな字に視線を落としていた、静子が反応した。


 ——ええやん、お兄ちゃんの好きにしたら。独身なんて今のご時世普通やし


 静子は、兄の信介が好きだった。時々、兄妹の垣根を超えて信介の姿を追ってしまう自分に戸惑うこともあった。

 だから、兄の信介が嫁を取ることなんて考えたくもないし、心のどこかでずっとこの家で一緒に居たいと想っていた。


 ——あんた、 おらんのえ?


 母親の春子に話を振られて静子は仏頂面で障子の外に消えた。


 ——ほんま言うたら、信介と静子が一緒になってくれたら、一番やねんけどな

 ——あんた!、聞こえたらどうしますのん!


 春子が厳しい顔で雄三を咎めた。


 信介は、静子が生まれる前にこの家に養子として迎えられたであった。雄三と春子になかなか子供ができないので、死んだ先代に強引に勧められて養子をとったのだ。


 ただ——、いまだ静子だけがそのを知らないでいた。


 ——もう、そろそろ、言わんとあかんのちゃうか?

 ——そやけど……


 春子も雄三も黙り込んだ。


 静子はその時まだ障子の外に居て、兄の出生の秘密を聞いてしまった。


 お兄ちゃんが?……、お兄ちゃんとわたし、血が繋がってない——。


 静子は足音を忍ばせ自室に戻った。


 ほどなくして、雄三のもとに「宇治茶生産者組合」の仲間から信介への縁談話が持ち込まれた。その組合仲間の次女らしい。

 春子も雄三も、良い縁談はなしだと乗り気になった。


 ——信介、なっ、ええ話やろ? このやったら生業なりわいのこともよー知っとるし、この店、お前と一緒にやってくれるで


 ——(……)


 母親の春子に諭すように言われても、信介は何も言わずただ下を向いているだけだった。


 ——ええな 話、すすめるで?


 信介とて自分が「養護院」から養子に貰われてきて、この家で息子として育ててもらった恩を忘れてはいない。それゆえに、寡黙に仕事に打ち込んで来た。

 だから、養父の言うことには逆らえなかった


 ——ん……

 ぽつりと、小さく返事をした。


 静子は遠巻きに三人の話の行方を探るように聞いていた。



 🌖‚——————————————————



 その夜、信介は眠れずに何度も寝床で寝返りを打った。

 秋の月夜は明るく、硝子障子越しに月ひかりが部屋に長く差し込んでいる。


 信介が微睡まどろみかけた時、静かに襖を開ける音が薄い闇の中で聞こえた。じっとそのまま襖に背を向け横になっていると、背中に甘香と人肌の温もりを感じて、探るように身を返した。


 ——どうしたんや、 静子っ


 そこには、静子が薄い下着一枚で信介に寄り添っていた。


 ——しずこ……

 ——おにいーちゃん……、うちを抱いて、おねがいっ……

 ——なにを、あほな、こと……

 ——うちら、ほんまの兄妹と、ちゃうねんやろ? せやったら……


 静子が信介に訴えるような目で迫ってくるのを、信介はただただ戸惑うだけででどうすることもできず、じっと静子の目から視線を逸らさずいるのが精一杯だった。しかし、信介も静子を妹ではなく一人の女として夢想する夜が何度もあったことは隠せず、自分の分身が不覚にも意思に反して硬く反応しているのに気づき、恥じた。


 ——あかん、こんなこと……あかん

 ——お兄ちゃん、うちが嫌い? 


 そんなことない、おれも、おまえがずっと好きやった——。


 そう言ってやりたかったが、それは、恩ある両親への裏切りだとギリギリのところでその言葉を飲み込んだ。


 静子の唇の朱色が月明かりに映えて、女の色香を添えて信介に語りかけてくる。


 ——うちは、ずっと……お兄ちゃんが好きやった……


 信介の目に、靜子の桜貝色した小粒の乳首が目に入り、熱く硬さを増したものがピクリとしびれた。


 ——せやけど……


 静子の指が遠慮がちに、信介の分身に触れた。それに呼応して信介の指も静子の花蕾を薄い布越しに触れた。

 静子の背中がぴくっと反り返り、甘い吐息が月光の中に溶け込んだ。


 信介は長い間封印していたものを解き放ち、荒々しく静子の身体に想いの丈を乗せて舌を這わせた。静子のうなじが汗に滲み朱に染まった首筋に絡みついている。

 堰を切った信介の愛撫は力を増し、静子を組み伏せ、ツンと月夜を見上げる乳首を口に含み甘く噛んだ。

 せ返るような男と女の息遣いが絡み合い、言葉なき男女の儀式は、静子の中で信介が朽ち果てるまで続いた。


 この月夜——、信介と静子は、兄妹ではなくなった。





 その夜の静子には、若きころの「源氏の君」の熱い情念が憑依していたのかもしれない——そう、ここは、『宇治十帖』所縁ゆかりの地だから。



【霜降】「宇治平等院」ー月光の下で     了


                   千葉 七星


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