【秋分】「迎称寺」ー女心は釉薬の化身
【秋分】、秋彼岸の中日。
陰陽の中分となれば也(暦便覧)
この日を境に、昼より夜の時間が長くなる。「二十四節気」、十六番目の「節気」。「秋の七草」が咲き揃う頃。
萩、桔梗、葛、藤袴、女郎花、尾花、撫子——。
「秋の七草」は山上憶良が詠んだ二つの歌が起源とされる(二つ面は旋頭歌)
+秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花(万葉集・巻八 1537)
+萩の花 尾花 葛花 瞿麦(なでしこ)の花 姫部志(をみなへし) また藤袴 朝貌の花(万葉集・巻八 1538)
中でも、「萩の花」は、京都の神社仏閣のそこ、ここに群生していて平安の都人が徒然に歩きながら萩の花を愛でる姿が連想され、控えめながらも雅な風情としっかり個性を持った花だ。
「迎称寺」は左京区浄土寺真如町にある、ひっそりした寺であるが、知る人ぞ知る「萩の寺」だ。「丸太町通り」から「白川通り」に入り閑静な住宅街を散歩しつつ、さらに左に折れれば、吉田山の麓にその寺はある。
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——この辺りは、閑静でいいね
——そうだな……、だんだん京都も散策しにくくなるなー
佐々木遼太郎は、歩いて来た道を少し振り返ってそう言った。
「銀閣寺」辺りの人の多さから逃げるように「白川通り」を北に上がることを選んだ。
——遼さんの学校、この辺りでしょ?
亜紀は、遼太郎の腕に遠慮気味に手を絡めて歩いている。
——ん、もう何十年も前のことだな……けど、いつ来ても懐かしいな、昨日のことみたいに感じる。
「迎称寺」の土塀沿いに萩の花が咲き始めているのを、ゆっくり歩幅を小さくして愛でた。
——この花は、亜紀さんみたいだね
遼太郎は、名古屋の大学で教鞭を取る「中世日本史」を専門とする歴史学の教授で、昨日、京都市内であった「学会」に参加し、あくる日の今日はオフであった。
もう知り合って三年になる加藤亜紀と待ち合わせて、京都の散策を楽しんでいた。
昨日、亜紀はホテルのロビーで遼太郎を待っていた。ちょうどいい時間を見計らって岡山の工房を出て来た。
亜紀は、岡山で「備前焼」の工房で働く遅咲きの「陶芸家」志望の女だった。歳は四十を過ぎているが、早くに子供を産み元夫とも早くに別れて独り身を長く貫いてきたせいか「生活臭」のない女だった。
遼太郎と亜紀は、ほぼふた月に一度の割合で京都で逢っている。ただ、それは誰にも認められない関係で、腕を絡めていてもどこかで人目を気にしなければならなかった。
それでも亜紀は、遼太郎とのセックスの余韻を体のあちらこちらに残して遼太郎の匂いを傍で感じながら大好きな京都を散策できる——このふた月に一度の「一泊二日」の旅をなによりも大事にしていた。
亜紀は、陶芸の師匠に言われたことがある。
——亜紀さんの作品は、月のうちで何度かその顔を変えますね
それは、作品に希望を感じたり、色香を感じたり、そしてまた時には憂さえ感じ取ることができるらしい。
亜紀は、わかっていた。
遼太郎に会える日が近づくと、自分の創作欲も湧き、活力に溢れたものが作れることを——。そしてその逆は、憂に満ちた駄作になる。
遼太郎に抱かれ一頻り女の歓びを自分の体の奥に感じて工房に帰ってきたのちに作るものは、焼き上がった茶碗の中に情念の炎が浮かんで出てくる。
そのことを一度だけ遼太郎に言ったことがある。
——それは、いけませんね。僕が亜紀さんの作品に悪い影響を与えてるのですね?
——違うの
駄作の山をたくさん作っても、月に一度、いや半年に一度でも貴方の影を宿した作品ができればそれで満足なの。たとえそれが売り物にならなくても、それでもいいの——、と言って二度とその話はしなかった。
一ヶ月後、亜紀の初めての個展が、岡山市内の小さなギャラリーで開かれた。
そこに出品する作品に亜紀は各々名前を付けた。
「弾む心」——。
「炎の心」——。
「沈む心」——。
「平な心」——。
ギャラリーには、師匠の名前のお陰もあって、結構なお客さんがあって盛況だった。
一週間の「個展」が終わった。
「沈む心」以外は、それぞれ一つ売れた。
三つ売れたのは、「沈む心」で、皆、女性客だったという。
なんとか、やっていけそう——。
亜紀はそう呟いて土をこねる指に力を込めた。
細身の花瓶にひっそりと生けられた萩の花は、亜紀を写すように控えめながらも個性を強かに主張していた。
【秋分】「迎称寺」ー女心は釉薬の化身 了
千葉 七星
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