【大暑】「八坂神社」ー真夏の京都からの手紙
【大暑】、新暦で七月二十三日ころ。
「二十四節気」の十二番目の「節気」で、梅雨も明け夏の暑さが本格化してくる頃で、「土用の丑」にはうなぎを食す。
「祇園祭」の喧騒が終わり、京都の街には油蝉が時得たりと元気良く鳴いている。京都の町衆の中にはまだ「山鉾巡行」の興奮が冷めやらず、音頭方の——ヤンヤラヤー、という掛け声がまだ耳に残っているのかもしれない。
町家の軒下には
ちなみに、「祇園祭」祭事の間は、関係者やお稚児さんは、きゅうりを食べないという——それは、きゅうりの切り口が、「八坂神社」の神紋に似ているからであり、八坂神社の祭りである「祇園祭」の間は、きゅうりを食べると「神」を食べるということでよくないという習わしから来ている。
「四条大宮通」に面するビルの窓には、容赦なく強い夏の陽射しが差し込んで来る。京都に住み、京都で働く人々はこれから約二ヶ月に渡る、「京都の夏」をやり過ごさねばならない。
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ブラインドカーテンの隙間から差し込んでくる真夏の太陽の光で、机の上の書類が瞬時に黄ばんでしまうんじゃないかと思うほど、今日は朝から暑い一日だった。
営業部の霧畑風子は、節電のためにと25℃に設定されている社内の空調管理を恨めしく思いながら、天井の空調口をあんぐり口を開けて見上げた。
——霧畑っ!、なんだこの見積もりは!、桁一つ間違ってんゾっ!
向かいの席に座る営業部の上川瑛太から、怒号が飛んできた。風子は瑛太とペアを組まされ、瑛太の営業のバックアップをしていた。瑛太とは同期入社だった。瑛太はそれほど営業成績が良いわけでもないのに「主任」に昇格していたが、風子はずっと瑛太のサブのままだった。
風子は昨晩のことを思い出していた——。
瑛太はいつものカップラーメンよろしくな私とのセックスを終えると、申し訳なさそうにそくさとトランクスを履き、帰る身支度をしはじめたので、そのショボい背中に蹴り一発見舞って、言ってやった。
——あんたさー、いい加減、3分から卒業しなさいよね? 私だってね、いい加減キレるよ?
——ごめん……次、頑張るから
——ったく……使えない奴ッ
今、私を呼び捨てにしておもいっきり上から目線で怒号吐いてるこの男を私はなんと呼んでいるか、いまここで、バラしてやってもいいんだよ?——、早太くん。
あ、もう一つあったよ——、「カップ麺瑛太」もね。
風子は、なんでこんな男と付き合っているのか、なんで未だに腐れ縁みたいに馴れ合いで一緒に居るのか、おまけに3分しかもたないこの男のセックスの相手をしなきゃいけないのか——、それ考えると豆腐に頭ぶつけて死にたくなる。
それなら、とっとと別れたらいいじゃん——と、女友達は言う。
そのたびに、風子は必死に瑛太のいいところを、重箱の隅を突っつくようにして探して出して弁護してきた。まっ、それは、たぶん自分のためになんだろうけど。
——なに、ぼーっと、してんだよっ!、さっさと作り直せよッ!
その瞬間、風子は何とか今まで自分が崩壊するのを押しとどめていた脳みその中の「理性」という域のその中のどっかのネジが吹っ飛んだ気がして、目の前の男に三倍返しの怒号を叩きつけていた。
——うっせぇー!!、てめぇー、三分しかもたねーセックスしかできねーくせに、偉そうに言ってんじゃーねぇーゾ、ゴラぁー!!
うだる暑さで、誰も彼もがフーフー、ハーハー言って、金魚みたいに口パクパクしていた事務所が一瞬で凍りついて、電話のコール音だけが無駄に鳴っていた。
風子は、その日に会社を辞め、瑛太を捨てた。
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拝啓、ネジ飛びそうな女子へ——
で——、今、私の心境を皆さまに書き伝えます。
女も
そしたらね——、めっちゃ楽になっちゃってさ。
なんでもできんじゃない、ワタシ?——みたいな力湧いてきてね、じゃ「次いこか」ってノリになってるわけですよ。
なわけでね、ちょっくらこれから新しいオトコ探しに行ってきますぅ
新しい恋を探そう、三十路の女でも可愛がってくれる人を——。
いっぱいエッチしてくれる逞しい男を見つけよう——。
少しばかりの失敗にも目を瞑ってくれる優しいオトコを探そう——。
かしこ
七月 盛夏の京都にて。
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七月、梅雨が明けた「四条大宮通」の交差点に、陽炎が踊っている。
風子は、とりあえず、あんこと練乳がたっぷりかかった「抹茶ミルク金時」を注文して頭を冷やすことにした。
【大暑】「八坂神社」ー真夏の京都からの手紙 了
千葉 七星
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