【小暑】「祇園祭」ーベガとアルタイル
【小暑】、「二十四節気」十一番目の「節気」。
そろそろ、梅雨も明けようかという時期で、新暦の七月七日のころ——そう、「七夕」のころにあたる。
梅雨が明ける前の京都は、「祇園祭」の準備でどこの町屋も忙しい。「祇園祭」はそのクライマックスである、七月十七日の「山鉾巡行」でよく知られているけれど、実際の祭事は、七月一日から始まっている。
この時期になると、京都のあちこちの山や鉾を保存する町屋では祭りの準備に忙しく、そこに住む人々は大人も子供もみんな総出となる。
コンチキチン♩、コンチキチン♫——。
祭囃子の練習にも熱が入ってきて、いよいよ京都に夏の訪れを知らせてくれる。
*...........................*
小雨降る蒸し暑い京都の街を、羽村修二は「五条大橋」に急いでいた。
スーツの上着を片手に持って、ネクタイも緩めて涼を求めても容赦無く汗が背中を滴り落ちるのが分かった。
約束の時間から既に三十分が過ぎていた。一年前のある夏の日に、東京の六本木のBARでたまたま知りあった女との約束を思い出したのは今朝のことだった。
——来年の七夕に、京都の「五条大橋」でpm7:00に待ってるよ。
それが、その女とかわした約束だった。あえて、携帯番号やメールとか、そんな今すぐにでも連絡が取れる手段は交わさず、ただその口約束だけだった。それのほうが、「七夕」の夜に相応しいだろうと、二人で決めたことだった。
——もし、行けなかったら?
——それは、お互いさまってことで、恨みっこなし。
彼女は、別れ際に、名前だけ教えてくれた。
天野 薫——。
今日は、午後四時に大事な取引先との打ち合わせが入っていて、「品川」のその取引先を出た時には、既に四時を回っていた。
午後五時過ぎの新幹線「のぞみ」に乗り、「京都駅」からはタクシーに乗ったが運悪く、どの道も渋滞で、堪り兼ねて途中でタクシーを捨て走ってきたが、途中で七時が過ぎてしまっていた。
やっと、「五条大橋」の上に立った時は、八時前だった。
何度も橋の上を見渡し、行き来したけれど、あの女の姿はなかった。
その意味するところは、彼女は来たけれど、相手が来てないのを知りその場を去った。
もう一つは、彼女が約束を忘れていて最初っから此処に居るはずもなかった——、かである。
結局、その場で三十分ほど待ってみたけれど、行き交う人の中から彼女を見つけることは出来なかった。
修二は、名古屋に本社を持つ中堅商社に勤めていて、一年前のあの夏の日は、東京に仕事で出張に来ていて、ぶらりと入った「六本木」の小さなBARでその女に逢った。
彼女もまた、大阪から仕事で東京にやって来ていて、その日は女ひとり、そのBARのカウンターの隅で飲んでいた。
どんなきかっけで、話し始めたのかは覚えてないけれど、話が盛り上がったころで「七夕」の話題になって、修二の方から悪戯半分に持ちかけた「約束」だった。
それは——
七月七日って、まだ梅雨が明けていないところが多くて、この何年も晴れた夜空を見てないわね——、という話から
——じゃぁ、「七夕」に会えたらさぞかしロマンティックだよね
と修二が言うと
——面白いわね、なんかゾクゾクする
そう言って、その「約束」が成立した。
もちろん、そんな酒の上での口約束なんかをバカ真面目に信じるほど修二も女には特段不充はしていなかった。
しかし、今朝、ホテルの部屋で見ていたテレビのニュースで「平塚」の七夕祭りの「短冊飾」の映像が流れていて、それを見た瞬間思い出したのだ。
そして、行かなきゃ——、と思った。
修二は、今頃になって、くたくたになった足の筋肉が痛くなって、人目も気にせずに橋の欄干にもたれて座り込んでしまった。
ふーっと、重い息を吐いて、空を見上げるといつしか雨が止んでいて星が見えた。
ふっ、今日に限って見えるのかよ——、そんな風に呟いてじっと天の河を探したけれど、街のネオンが明る過ぎて見えなかった。
鴨川から吹き上げてくる夜風は生ぬるかったけど、汗をかきすぎた修二には心地よかった。
行き交う人の目が気になりだして、腰を上げようとした時、橋の欄干に結いつけられた短冊が一枚、ヒラヒラと夜風にゆらめいているのが目に入った。
そっと、短冊の文字に目を通すと……、
—— 七月七日 薫、 五条の橋に立つ。
それだけ、書いてあった。
修二は、遠い昔に味わった甘酸っぱい果実の味を想い出して、自分もその短冊に書き入れた。
—— 七月七日 薫と修二 五条の橋に立つ。
名古屋に帰る電車の車窓に流れる漆黒の夜空には、無数の星が煌めいていた。
きっと、今夜の
七夕の夜の甘酸っぱい口約束は——、終わった。
【小暑】「祇園祭」ーベガとアルタイル 了
千葉 七星
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