【啓蟄】「北野天満宮」ーおみくじの恋文 

 「二十四節気」三番目の【啓蟄】の頃、『北野天満宮』の白梅が満開になる。


その前の週の二月二十五日は菅原道真の命日で毎年「梅花祭」が催される。

 道真は、梅をこよなく愛し太宰府左遷前に

「東風吹かばにほひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」と歌を詠んでいる。


 今年は開き始めた梅の花に雪が降り、とても寒い「梅花祭」だったが、三月に入り、「啓蟄」の今日は白梅も満開になって春がそこまで来ていることを教えてくれていた。


 

 「北野天満宮」の「東門」の前で傷付いたバイクの横でしゃがみこんで身動きできないでいるライダーを、通りがかった啓介は見過ごしては行けず、声をかけた。


 ——どうか、しましたか?


 真っ赤なライダースーツに身を包み、フルフェイスのヘルメットから長い髪が垂れ覗いているのを見て、女のライダーだと判った。

 彼女は、ヘルメットを脱ぎゆっくり頭を左右に振って、黒髪を整え顔を上げた。

 男勝りなその出で立ちに相応しいのは意志の強さを感じさせる眉と目力だけで、鋭角に尖った顎や鼻線は可憐な女性のものだった。


 ——近くで転倒して、此処まで押して来たんですけど、足をっちゃったみたいで立てなくて……


 見れば、バイクのマフラーに広範囲に擦り傷が残っていて、かなり派手に転倒したことが分かった。

 啓介は目の前の女の子も気になったが、バイクが【Kawasaki Ninja 250】であることにすぐ気がつき、目を輝かせて見入ってしまった。


 ——あ、ゴメン で、立てる? 病院行こうか?


 ——あぁ、ちょっと無理っぽいです。折れてるかも……


 啓介はがするように、顎に指を添えて考えをめぐらせ瞑想し、やがてパチンと目を開けて


 ——ちょっと、このまま待ってて、すぐ戻るから。いいね?動いちゃダメだよ

 

 そう言い残して、啓介は小走りに来た道を戻った

 十分ほどして戻ってみると、彼女は言いつけ通りそこでしゃがみこんで待っていた。


 ——さっ、とりあえず、病院行こっか。Key借りるよ?


 そう言って啓介は持って来たフルフェイスのヘルメットを被り『Ninja』に挿し込まれたままのKeyを回しセルボタンを押した。


 ギュルルーールン、ゴッゴッゴーゴッ


『Ninja』は息を吹き返したように、メカニックなエンジンの回転音の後、轟音を吐き出した。


 ——すっげぇー、さすが、新モデルだな、いい音出してる。


 啓介はおもちゃを与えられた子供のように目を輝かせ、嬉しそうにタンクの腹をポンポンと叩いた。


 ——マフラーの外観はやられてるけど、あとは大丈夫みたいだな、さっ、肩貸すから使える足を軸にして跨いでごらんよ


 彼女が後ろに乗ったのを確認するとスタンドを上げ、自分も跨りちょっと後ろを気にするようにして


 ——あ、オレ、鈴木啓介スズキケイスケ。この近くに住んでるんだ。で、バイク好き


 ——すみません、ワタシは野沢彩花ノザワアヤカです、熊本から一人ツーリングで来ました。

 ——そっか、詳しいことはあとで、取り敢えず病院いかなきゃ


 啓介はクラッチをローに入れ、スロットルをじわじわと捩じり上げ、スルスルっと通りの車の流れに滑り込んでいった。



——————————————————


 治療と精算を終えた二人は病院の待合ロビーのソファーに腰掛け、啓介が買ってきた缶コーヒーを飲みながら一息ついた。


 ——しっかし、熊本から一人、って根性あるねー、根っからのだね

 ——オカー、あ、お母ーさんも、止めても無駄だろうって言って諦めて出してくれたんですけど、今日は長時間走りっぱなしで、気が緩んだっていうか……


 ——けど、カッコイイねー、やっぱ、【kawasaki Ninja250】最高だよね


 ——啓介さんは、何乗ってるんですか?

 ——あ、オレは、【NinjaR】 一世代前でおまけに中古で買ったやつ


 二人は、バイクの話でしばらく時間も経つのも忘れそこで盛り上がった。気がつくと昼の診察受付が終わっていて、人影もまばらになっていた。


 ——で、どうする?骨は折れてなかったようだけど、バイクは無理って先生言ってたよね


 ——ハイ、困ったです,,,,,,会社の有給もあと三日しか無くて、せめて大阪の南港まで運転できればなんとかなりそうなんですけど


 そう言って野沢彩花は、下を向いてしまった。

 啓介はまたあの名探偵ポーズで瞑想したが、はすぐに出てきた。


 ——んじゃ、オレが熊本まで乗っけて行ってやるよ、今日のフェリー乗れば明日には九州の門司に着くし、そっから熊本までツーリングだ


 ——そ、そんなー


 啓介は一人盛り上がって口に出してしまったが、非常識なものだったと悟り恥ずかしそうに

 ——あっ、 だよねー、さっき知り合ったばっかりの男と……だよねー


 二人して下を向いて押し黙ってしまった。


 ——お願い……できますか?

 

 ——え?

 ——その、二人ツーリング……みたいなの。すっごく厚かましいお願いなんですけど

 ——へ?   あっ、じゃ決まり!そうしよう! 乗って九州走れるなんて最高だよ!


 啓介はスマートフォンを取り出し「大阪南港〜新門司」の出航時刻を調べた。


 ——— 一便目は間に合わないけど、二便目は19:50出航だ。これなら間に合うよ!


 彩花は、微かな笑みを浮かべ、コクリと頷いた。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 翌朝、8:30に「北九州新門司港」に着いた。

そっからは「九州自動車道」で熊本までは一本で行ける。

 啓介と彩花は、門司港近くののハンバーガーで軽く腹ごしらえすると、高速道路に乗って「熊本」に向けひたすら走りはじめた。


 彩花は、啓介の腰に遠慮がちに手を回していたけれど、やがてスピードが増しカーブで引き落とされそうになると、啓介の引き締まった腹にギュッとしがみついた。春先きの草木や花の香りがすごいスピードで鼻先を通り過ぎていくのを楽しみ、カーブ手前にかけたエンジンブレーキから立ち直る際のマシーンの力強さにシビれ、啓介の力強いコーナリングにランデブーし、徐々にテンションが上がってきて啓介の背中を拳でコツコツ叩いた。


 ——ン? ナニ? 


 そんな風な目で啓介がフェンダーミラーを見ている。


 ——タノシイネー!!!!!


 それが聞こえたのか、啓介はホーンを短く鳴らした。


 三時間の「二人ツーリング」はあっという間に終わってしまった。


 彩花の母親は、娘を送り届けてくれた青年に丁寧に礼を言い、今晩は家に泊まって明日京都に帰れば?と引き止めたが、啓介は仕事があるからとその日の新幹線で京都に戻っていった。


 ーーーーーーーー


 ——帰っちゃったねー、泊まってくれればよかとに……

 ——うん……

 ——いいひとだったねー、おカーの、好みばい

 ——なに、言うとぉー

 ——携帯の番号くらい交換しよったんやろ?


 彩花はくるりと背を向け先にホームの階段を降りていく


 ——なぁーんも、しとらんよー


 彩花は啓介の大きな背中とその温もりを思い出して、チクリと胸が痛くなった。


 三日みっかほど経って足が自由に動くようになったので、出勤の朝、バイクに跨りKeyを挿した。


 彩花はフェンダーミラーに何か紙切れがおみくじみたいに結われてるのに気付いた。

 そっと開いてみると、それは京都「北野天満宮」のおみくじだった。



 【大吉】のおみくじの裏に、何か書いてある。


「えっと、こんど、Ninja で熊本に来ます! 

 二人ツーリングしてください。Okならメールください」


 綺麗とは言えないけれど、人柄のわかる丁寧な字で書いてあった。


嬉しくって、飛び跳ねたくなった。

急いで、書いてあるメアドに送信した。



 ——OK!!  また、 ワタシを乗せてって!



 彩花は【Ninja】が呉れたを大事にポケットにしまった。


 ギュルルウーーーン 

 ゴッゴーッゴーーーッ ブゥーンーーー



 長い黒髪をヘルメットの下で可憐に靡かせ。女忍者クノイチのように早春の朝靄に消えた。




【啓蟄】ー「北野天満宮」おみくじの恋文  了


                  千葉七星


 





 





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