うまれる世界の話





 視界一面が何かに包まれている。

温度を持たない闇の中。左右上下もわからないその空間で、ただ1つ自分がすべきことが明確に理解っていた。



 はゆっくりと目を開く。



「…新しい子が産まれたのね。それじゃあ私は、しっかりとお祝いをしなくてはいけないわ」


 そう小さく呟くと同時に、小さな光が右手に集まる。蛍のように飛び回る無数の光。過去に消え去った、たちのなれの果て。


「さあ、集まりなさい。これから産まれる新たな子供のために。これから産まれるあの子と関わった全てのたち。お前達の光で、新しい子の道を照らしておやりなさい」



 その言葉が終わると同時に、無数に飛び交っていた光はやがて1つになり、篝火となってその暗闇を照らすほどの大きさになる。

光源が納められている場所は、丁度何かの入れ物のようだ。たとえばそう、ランタンのような。


 零れ出る光に、それをもつ人物の顔がゆらりと浮かび上がる。ランタンを握るのは、大きな1つ目のいきものだった。









 気だるそうに、そしてめんどくさそうに泡沫浮草うたかたうきくさは溜息をついた。本日何回目かわからない溜息である。


星月しんげつ、まだか」

「……」

「はぁ」


 返事がない事を肯定と取るべきなのか、はたまたまだ肉体が元に戻って居ないのか、どちらにせよ会話ができる状態ではないのだと浮草は思い、また溜息を吐き出した。


 星月しんげつと呼ばれたいきものは、浮草の周りを見渡しても何処にも見当たらない。時折浮草が気にかけている左耳をよく見てみると、そこには大ぶりのピアスがぶら下がっている。


 不意にそれがパキリと音を立てて、真っ二つに裂けた。するすると割れ目の中心から出てきたのは、萎びた羽根そのものだった。

 

 同時に、間抜けな声が小さく響く。



「ぷっはぁ!あー、ようやく終わったわ」



 ぐぐぐ、と小さな体躯を伸ばしながら、左耳に停まっていた星月しんげつはまるで人のように首をパキパキと鳴らすような動作をしながら、器用に逆さまの状態でその体制を保っていた。


「自業自得だろう。お前が世界のランタンの周りなんか飛ぶから…」

「しょーがないじゃない!蟲なんだから光に誘われちゃうの!世界のランタンは格別よ!いえ、別格よ!」

「どっちにしても同じだと思うが…」


 何度となく吐き出したい息をぐっと堪えて、浮草は頭を掻く。


「もう!お説教は聞き飽きたわ!それより聞いて浮草!新しい子が産まれたみたいよ!私たちその子と出会えるみたい!」

「お前、一度ランタンの中にまで行ってきたのね…呆れた」

「いいじゃない、私は寿命が来るまで殆ど死ねないのだし!変態して蛹になっている時くらい世界をおちょくったってバチはあたらないわよ」

「で?」

「で?じゃないわ!新しい子の所へいくのよ!私たち一応、新い子の標になってるようだったわ。もし生きているうちに出会えれば、セカイの崩壊を止められるんじゃないかしら?」

「…崩壊しようが、俺はどうでもいいんだけどね」

「私だってそうよ!でも暇じゃない!」

「なに?お前暇つぶしで英雄ヒーローにでもなるつもりなの?光にホイホイ誘われる蟲の分際で?」

「そうよ!こんな蟲風情でもつまらないことが一番いやなの!だから行くわよ浮草」

「あー…めんどくっせ…」


 口ではそういいつつも足は星月が指示した方向へ向かう。それを逆さまのまま見ている星月はニヤニヤしながら己の羽根がしっかりと乾き切るのを待つのだった。













 暗闇。



 ようやく大きな火が灯った。


 世界せかいと呼ばれるは、暗闇をランタンで照らしながら道を作る。



 いろんなものを蒔いて。


 いろんないろを撒いて。



 そして仕上げに笑うのだ。






「鬼さん此方コチラ 手の鳴る方へ」








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