どこかの話 side 睡蓮




 半獣はんじゅう半妖はんようあるいは半異はんい。その他にも様々な個体がいる。彼らは総じて生を受けつつも、その半分は人ではなく、何らかの生物・あるいは異形の性質(見た目や能力)を持ち合わせている。

 個々の能力はさまざまだが、主に【原種】と呼ばれる生物や異形の能力を引き継いでいることが多く、人生は【竜】の血を引き継ぐ半獣であった。

 対する柘榴、睡蓮は【鬼】の血を継ぐ異形の半人だ。中でも睡蓮は原種により近い固体である為、その能力は桁違いに高い。

 彼らのような半人を集め、芸を仕込み、能力を酷使させ客をもてなす場所がある。

それが【見世】だ。文字そのまま、見世物小屋のことである。各都市にある街にさまざまな特色の見世があるが、どこの見世も半人たちにとって楽園とは言いがたい。

 しかし、中にはそうとは気付かないまま囚われ続けている半人達が大半を占めている。彼女達は、そのずさんな枠組みに嫌気がさした、たった一握りに過ぎないのだ。




「戻ったぞ、朧狼おぼろ朧狼おぼろ!」

「ちょっと姉さま、肩の上で暴れないでください。落としますよ」

「すいれん!!おかえりなさい!ざくろ、じんせいもおかえりなさい!」


 寂びれた廃墟の一角。窓ガラスも扉もない、石で覆われただけの場所。そこが彼らの寝床だった。むかし居たあの見世の鉄格子の中よりも心地のいい場所だ。

 パタパタと尻尾を振りながら駆け寄ってきた幼い半人は朧狼おぼろと呼ばれ、その顔に満面の笑顔を浮かべている。つられるように人生も微笑み返し、先ほどまでの鬱屈とした気分が少し晴れたように思えた。


「ただいま、朧狼くん」

「わー!じんせー!すごいにおい!!!」

「朧狼、それはしー、ですよ」

「そうだぞ朧狼。今人生はナーバスなんだ、そっとして置くのがマナーだぞ?」

「おいちょっと待てよ!!さっき僕の心を盛大にえぐったのあなただよね睡蓮ちゃん?!」

「知らん」

「…今日の夕飯はなんですか朧狼」

「柘榴くんそのあからさまな逸らし方止めて余計傷つく!!」

「しらぬがほとけっていうの、まえにすいれんからならった。なのでじんせいごめんね!おぼろは、そっとする!あと!きょうのばんごはんは、やいたおさかなと、はっぱのおみそしるとおこめです!」

「よく出来たな朧狼ー!私は鼻高だぞー!」

「はなたかー!」


 きゃっきゃと笑う朧狼と睡蓮に反し、人生の目からはどんどんと光がなくなっていく。せっかく朧狼の笑顔に癒されたというのに、何だこの仕打ちは。さっきよりもニ~三倍大きくダメージを受けたような気がする。


「どれ、朧狼は私と遊ぼう。人生、柘榴。配膳は任せたぞ」

「わかりました」

「はぁい…」


 柘榴は右肩に乗せた睡蓮を背の低い椅子に座らせる。

見張りとして朧狼が居るのであれば大丈夫だと判断し、台所として扱っている隣の部屋まで人生と共に食事を取りに足を向かわせた。

 二人の背中を見送ったところで、睡蓮は小さく声を零す。心配性の塊の様な二人に聞かれでもしたら、また余計なお節介を焼くに違いない。



「…久しく立ち上がりたいものだ」

「すいれんだめ!ぼくがすいれんのあしなの!!」

「あぁ、そうだな」


 擦り寄る朧狼の頭を撫でながら、睡蓮は己の下半身をじっと見つめた。

上着の裾、白いズボン。


 そして。両脚の、膝から下がない己の脚を。

 過去のことに何度文句を言っても結果は変わりはしないのだが、時折こうしてみてみると何ともまあ情けないものだと思ってしまう。



「…私がもう少し知性に富んでいた幼少期であれば、この脚は無事だったのだろうか」

「んー?」

「ははっ、朧狼にはまだ難しい言葉で言うとわからぬか」

「んー、むずかしい。でもね?すいれんのあしがないの、おぼろはうれしい。すいれん、おぼろのことつかってくれる。おぼろのこと、だいすきっていってくれる!」

「ふふ。お前は正直で大変よろしい」

「おぼろ、たいへんよろしい!」



 睡蓮の座る椅子の周りで、朧狼はぴょんぴょんと飛び回る。

その光景を微笑ましく眺めながら、純粋というものはやはりいいものだと、睡蓮はさらに顔をほころばせた。

 純粋な心など自分にはもう持てない感情だ。黒く淀めく恨み、辛み。

澱の様に積もりゆく感情は、一度知って、そして胸の内に抱いてしまうと消し去ることは到底難しい。綺麗ごとでしかないだろうが、できる事なら朧狼には知って欲しくなどないというのが睡蓮の心情だった。

 しかし、こうして荒地廃墟を転々としている間にも、もう何十回血を流しただろう。いつの日か。もし私たちの誰かが居なくなったとして、幼い朧狼は耐えられるのだろうか。そんな暗い考えが浮かんで、頭の片隅にこびりつく。



「お待たせしました姉さま、朧狼」


 声の後から、ふわりと漂う香ばしい香り。視線を背後に向けると、お盆を携えた柘榴と人生が戻ってきていた。


「ごはん!」

「はい、朧狼くん。お味噌汁もどうぞ」


 机にするには少し粗末な木箱の上に全員の食事を並べる。柘榴は米を茶碗によそい、人生は味噌汁を鍋ごと持ってきていて、湯気の上がるそれをその場でついで、器を朧狼に手渡した。


「おお、これは珍しい。今日は焼きシャケだな」

「おぼろがかわでとったの!おさかないっぱいはねてた!」

「秋鮭ですね。産卵の為に川に戻ってきていたのでしょう。焼き加減もお上手でしたよ、朧狼」

「わぁい!おじょうず!」

「ええ。人生さんよりマシです」

「ちょっと!!!柘榴くん!!!この間目玉焼き焦がしたのは!!!事故だったって言ったでしょぉおおおおぉお?!!」

「ごはんー!」

「よく噛んで食べるのだぞ朧狼」

「はーい!」

「僕のこと無視?!」

「では姉さま、こちらへ」


 柘榴はそう言い、睡蓮を抱えあげると自分の膝の上へと降ろし、食卓へと着いた。穏やかに過ぎる時間を全員がゆっくりと感じていた。いずれこの場を去ることになっても、今日起こった出来事を誰も忘れはしないだろう。






 いつか来る別れの瞬間とき


それを初めに誰が味わうことになるのか。

残念ながら、まだわからない。












 廃墟にカラン、と。



 音がした。













 暗闇に浮ぶ青白い光が、ゆっくりとこちらに来ていた。

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