奇形奇譚 「どこかの話」side【人生】
「…本当に最悪だよ。僕の生きてきた時間の中でも、これは本当にワーストを飾るに相応しい事なんじゃないかな?」
血でべっとりと塗れた髪は頬に纏わりつき、鬱陶しそうにそれを掻き分けながら、
上下揃いのセーラー服。その出で立ちに全く似つかわしくない巨大な斧を片手に携え、右腕と左足は鋭い爪と爬虫類のように硬化した皮膚に覆われている。
頭部には左右に大きなツノを生やしており、見てくれは人間と近しいものの、それはまったく別のいきものだった。
容姿を見ただけの感覚で言えば、まだ年の頃は17~18だろう。そうであればセーラー服という出で立ちにも納得はいくのだが、実際はそうではない。重ねて、彼女いや、彼はというべきなのだろうか。いきものと呼ばれる者たちの性別は、定かではないのだ。
しかし、語るに当たって識別する為の呼称がない事にはいささか不便を感じる。故に、この場においては、人生と呼ばれるいきものを【彼女】と呼ぶことにしよう。
彼女の目の前には、今まで建物だったと思わしきものの残骸が山をこさえていた。
辺りにはいろいろなものが散らばっている。陶器の破片、机、箪笥、窓枠。
それだけではない。
そこに居た、かつて温度を持っていたものも、すべて。
「…此処が【街】の奥だとしても、少々派手にやりすぎではないですか、
「
背後から急に掛けられた声に少したじろぎつつも、その人物を目視して肩の力を人生は抜く。
闇夜を思わせる黒い髪に、額から伸びた2本の紅い角。喪服を思わせる黒い着物を、帯ではなく布で縛っただけの服装で、人生とはまた違ういきものがその右肩にもう1人を乗せてそこに立っている。柘榴と呼ばれたいきものの肩の上から、笑いを押し殺したような声が響いた。
「いやいや。今回ばかりは大暴れだったなぁ人生。見ているこちらとしてはとても愉快だったよ。よくここまでやったわ」
「…
「なんだ?今更後悔でもあるのか?不安そうな顔だな」
「不安とかじゃないんだけど。ほら、まとめて壊しちゃったから。小さい子とか…巻き込んじゃったし。本当に見世の主人を慕っていた子も、いなかったわけではないけれど、それも、まとめて…」
尻すぼみになる人生の言葉に、
「人生、お前は本物の馬鹿に成り下がるつもりか?」
「そうじゃ、ないけど」
「では偽善か」
「違う。それは断じて違う」
「ではなんだ?偽善で無いなら終わってしまった物事にそこまで心を裂く必要はあるのか?よもや自制も効かない我が侭な半端者になったわけではないだろう。己が決めて行った物事に対して、どんな結果であろうと後悔するべきではないと私は思うのだが。まあ、これは私の主観であって私がそうであればいいと思っているだけだ。中途半端な覚悟などあってもただの矛盾。中身がない」
道化よ、道化。
そう言いながら睡蓮は更にけらけらと笑い声を上げる。
「…今日は珍しく僕を責めてくるね、睡蓮ちゃん」
「なあに、何処をどう見ても情けない顔をしているからな。なんだ、幼体の半人が居たから情でも沸いたか?そんな感情は不要だ。私たちはあの見世を壊した時点で、国から真っ先に殺される害獣扱いになっているのだぞ。反対に見世に居る連中に情をかけて生かしたとして、そのあと裏切られては洒落にならん」
「ごもっともです」
「ならばそのしまりの無い顔をさっさと何とかしろ。行くぞ、柘榴」
「どちらに向かいますか、姉さま」
「腹が減った。
「はい」
短く返事をする柘榴は肩に乗せた睡蓮を片腕で手支えながら踵を返す。それに習うように、また人生も血液にまみれた大斧を一振りして、申し訳程度に血を払い去るとその背中を追いかけた。
ほのかに冷たい風が、一度だけ強く吹く。
がらり。
瓦礫の残骸から元の形などわかりもしない、何かの破片が転がる。地面に転がり落ちたそれは静かに動きを止めて、だだそこにあった。
しかし、そこにはもう誰もいない。
誰もそれを、知ることはなかった。
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