第10話

「キド戦術長、チームゼロの8人が第2作戦室に。」


「ありがとうエリーゼ。トメグには伝えてある?」


「トダ戦略長にはすでに伝えてあります。」


「ありがとう。エリーゼも?」


「はい。ただ私は一度資料を取りに行くので、後から行きます。」


「わかったわ。」


キッドはエリーゼと別れると、ふっと息をついた。


エリーゼ・フェシカは、トメグことトダメグミ戦略長の腹心の部下である。長いブロンドの髪をポニーテールにまとめ、片手に持ったタブレットをさらさらと操作しながら颯爽と歩く姿は、ため息が出るほどかっこよかった。




のちに国連宇宙機構戦略部や地球太陽系同盟(LSSE)戦略局といった、戦略部門を担当する組織が活躍するが、その礎となったのは、この戦艦オリオン戦略班であった。この初代戦略長はトメグであったが、元最強スパイの彼女は才能を持ちすぎていたといえよう。彼女は多くの案件をすぐに処理できたし、スパイ時代に磨かれた才能をただ存分に発揮しているにすぎなかった。一方そんな彼女を裏から支え、才能だけによらない強く正確で柔軟な組織として戦略班を作り上げたのは、このエリーゼ・フェシカだった。彼女ももちろん才能があったが、あくまでサポートに徹しつつ、トメグに頼らない組織として、戦略班の行動マニュアルや指示系統、作業の効率化を進めた。彼女が作った戦略部門の礎は、その後宇宙全体を支えていったのである。そのため、のちの国連宇宙機構戦略部やLSSE戦略局は、「戦略を作り上げた女性」としてエリーゼ・フェシカの名を伝えていったのである。






「第2作戦室か……。」


「キッド!」


歩き始めたキッドを、テレーゼ・フェシカが呼び止めた。エリーゼの双子の姉であり、航空隊隊長にして絶対的エース。このドイツ人パイロットは妹とよく似ているが、まとめた髪の色が妹に比べて濃い色をしていた。片手にはパイロット用のヘルメットを持ち、鋭い目でキッドを見た。




妹のエリーゼがあくまでサポート役に徹し、強いがどこかはかなげな女性として知られていたのに対し、姉のテレーゼ・フェシカはその才能をあますことなく披露していた。航空隊長として荒くれた飛行機乗りたちをまとめているからだろうか、いつも男勝りで堂々としていた。妹と才能と容姿の美しさはほとんど同じではあったが、戦艦オリオンの乗組員の間に「親友にするなら姉のテレーゼ、恋人にするなら妹のエリーゼ」という名言が生まれるように、印象はずいぶん違っていた。


「フェシカ隊長。」






キッドはテレーゼに手を振ったが、彼女はそれを無視して突っ込んできた。


「何よあの機体!」


「ゼロのこと?」


「そうよ!あんな不安定な機体に乗せるなんて、あんたたちあの子たちにまで特攻させるつもり!?」


「テレーゼ!」


キッドがテレーゼの頬を叩いた。


「ごめんなさい、テレーゼ。」


「いや、私も悪かった。しかし航空隊隊長として、あの8人を迎えるわけにはいかない。」


「どちらにせよ、彼らは航空隊には入らないわ。なるべく早くベースキャンプに入れるつもり。」


「伝えないのか、K作戦は?」


「ええ、そのつもり。」


「わかったよ……。」






















第2作戦室では、簡単なオリエンテーションのようなものが開かれていた。


「つまり君たちには、なるべく早く艦内の仕事を理解した上で、ベースキャンプ設営と辺境の調査をしてもらう。」


トメグはタブレットを軽く触った。


「詳しいデータは君たちのコスモクラウドサービスの軍籍用アカウントに送っておいた。」


「ベースキャンプ計画、B計画のアルテミスケノン・ベースキャンプのフォルダに入っています。」


「ありがとうエリーゼ。ほかにもフォルダがあるけれど、気にしないで。」




「トダ戦略長、すでに必要のない物は過去の情報フォルダに移してあります。バックアップは万全ですよ。」


「さすがね。いい部下を持った。ところで、みんな質問はある?」


「出発はいつ頃になりますか? それに合わせて今後のスケジュールを考えねばなりませんが。」


センカが手を挙げた。


「さすが戦略の子ね。」


トダ戦略長はちょっと微笑んだ。


「敵の動きによるけれど、1週間後をメドに考えてくれればいいわ。」


「ありがとうございます。」


「また質問があれば来てちょうだい。では、それぞれ自分のいるべき場所で活躍して来ること。」


トメグはさっと敬礼した。同時に8人も立ち上がり、敬礼した。






















 トウキは第1航海室に向かった。


「これがポイオーティア周辺の立体宙図だ。もっとも航路図や宙図なんてこの戦艦オリオンにはいくらでもあるが、ここのは一味違う。ちょっと見てみろ。」


 航海班員が自慢げに宙図を動かした。


「ここにはすべての航海データや気象データが集まっていて表示できる。一番高性能なんだよ。いまはこれらを参考にして、ポイオーティア周辺のよりよい航路を研究しているんだ。本当なら航海計画とか立てないといけないんだが。」


「ぼくらが小惑星アルテミスケノンに向かう航路は研究されていますか?」


「データはだいぶ集まっている。しかし実際に行かないとわからんところもあるしな。最終的な決断は現場、つまり君に任せるよ。」


「ありがとうございます。」


「念のため情報班に頼んで、辺境での敵の航路のデータも集めておいてもらったから、参考にするといい。ただしデータに頼るだけじゃだめだからな。わからないことはいつでも聞いてくれ。君のデスクはあそこだ。」


「ここ、誰かのデスクじゃ・・・。」


「ああ、とびっきりいいやつのデスクだった。だがもうこの世にはいないしな。あいつに知恵分けてもらえばいいさ。」


「ありがとうございます。大切に使います。」








 リンカは端末の前でカタカタとキーを打っていた。


「すごい膨大なデータ・・・・・・。」


「すごいでしょ。ただメカと戦っているだけじゃないのよ。メカの分析だけじゃない、味方の防衛軍の分析、辺境という場所の分析、辺境からの地球の分析、いろいろ解析してためこんでいるの。」


「本当に、すごいです。」


「だからこそ、必要なデータを正しく届けるのも大きな仕事なの。各部署からデータの解析や整理を求められることもしょっちゅう。とても大切な仕事なのよ。」


「ええ、本当に。」


「ただ少し気をつけてね。仕事柄機密情報を扱うときもあるし、ほかの部署の様子もわかってしまうし、いろいろ疎まれることもあるのよ。」


「はい、わかりました。」


リンカは少し伸びをした。


「データを一通り確認させてください。どこに何があるか早く覚えないと。あとアルテミスケノンに向かう前に必要な情報を集めて解析して・・・・・・。」


「そうよね。いいわ、時間もあるし。ゆっくり慣れて。」


「ありがとうございます。」










 リンカは端末の前で目を輝かせた。


「そう、このデータがあれば航路の安全をより確かにできる。あとでトウキにでもアドバイスしておかなきゃ。ああ、こっちの気象データも無視できないわね。ひとつにまとめてB作戦のフォルダに入れておいて・・・・・・。」


リンカは端末をしばらくカタカタとたたいた。


「できた・・・・・・。これを保存してっと。あら、このフォルダは何?」


リンカはまた端末をたたいた。


「極秘作戦スケジュール・・・・・・B作戦の日時は書いていない・・・・・・なんだろうこのK作戦とA作戦? あっ。」


突然リンカは端末に覆いかぶさった。瞬時にそのフォルダを離れる。


「エラー? 閲覧の権限なし・・・・・・。」


「リンカちゃん、どうした?」


「あ、いえ。間違えて変なデータにたどり着いてしまって。」


「よくあるわよ、そういうの。気を付けてね。」


「はい!」


 声をかけてきた同僚のまだ若い情報班員の女性が、小さく伸びをして再び端末に向かっていた。リンカも思わず真似をした。

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太陽の子供たち ~宇宙に進出した地球人の物語~ さうざん @motohetakuso3

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