第5話 ゼロの秘密
余談だが、テラポルトスの本部の共同浴場はかなりいい。しかし共同浴場に抵抗を持つものも多く、シャワーばかり使うものも多かった。そのため共同浴場は、風呂に愛着を持つ民族向けの部分が多く、評判はよかった。チームゼロも、日本風の大浴場でしばしまどろんでいた。
脱衣場の前には、広いリラクゼーションルームがあった。女子が髪の毛を拭きながら出てくると、男子たちがイバーノフを取り囲んで座って待っていた。
「これで、チームゼロが全員そろったね。じゃあ、始めよう。」
「何をですか、イバーノフさん。」
「ゼロの過去さ。」
イバーノフは自虐的な笑みを見せた。
「ゼロ……正式には零号機だったな。あれは1号機……今辺境で飛び交っている機体とほぼ同じ時期に開発が始まった。しかし、従来の地球で使われていた機体とほぼ同じ仕組みで動く1号機と違い、零号機は独特の操舵方法だった。宇宙で使う新たな機体として注目されたが、操舵方法の複雑さが危険すぎると判断され、零号機は10台ほどの試作機を残して開発や研究を中止した。一方、試作1号機の研究は順調に進み、現在の1号機、そして派生した月のルナ1号機や、火星のM1号機として宇宙を舞っている。それは知っているな?」
「ええ。」
「もちろん。」
「なぜ危険と判断されたかは?」
「えっと……。」
「そうだろうな……。君たちは、君たちの上司であり、宇宙防衛軍のエースたちである、トニイのチームの過去を知っているよね?」
「ええ、それは知ってます。」
「日本で幼馴染として育ち、同盟国アメリカのCIAで最高の教育を受け、経験を重ねた日本のスパイ、ですよね。」
「世界中の裏社会から称賛されたその技能を見込まれ、宇宙保安隊に入隊し、その後も重要な役割を担い続けているエース……。」
「ああ。だがあのチームは、入隊したときには全部で6人のチームだった。お前さんたちと同じ、日本人のチームだ。」
「6人……。」
「待って。トニイ、ダブ、キッド、トメグ、ブンタ、の5人よね?」
「いや、6人だったんだ。あの事故まではね。」
「事故?」
「聞いてくれ……。もう1人はトニイの妹、スプというコードネームで呼ばれていた。本名がコハルといったそうだ。Little Spring。まさにその名前の通り、小柄だがすばしこく、優しくていい子だったよ。キッドとトメグとは同い年だった。子供のころは、トニイと親友のダブとブンタに、トニイの妹のスプとその親友のキッドとトメグがついて回っていたんだろうな。」
「スプ……。そんな人がいたなんて。」
「彼女はトニイの妹としてかなりの才能を持っていた。そんな彼女は、宇宙で使う戦闘機の試作品の実験パイロットだったんだ。確かキッドとダブが1号機のパイロットで、ブンタとスプが零号機のパイロットだったな。スプは新しい操舵形式にもすぐ慣れたし、ブンタはあの中じゃ一番の飛行機乗りだったしな。」
「ブンタさんがですが? 一度も飛行機に乗ったところを見たことがありません。」
「あれ以来載ってない。しかし誰よりも上手だった。」
「なぜ?」
「話を続けよう。1号機も零号機も開発は順調だった。特に零号機は多彩な動きができて、戦闘機の可能性を切り開きかけた。開発者もパイロットたちも狂喜したよ。新しい時代が始まる、さすが宇宙だってね。けれど、あの事故が起きた。」
イバーノフは息をのんだが、すぐにまた話し始めた。
「多彩な動きに夢中になった我々開発者は、パイロットの動きがもっと操縦にダイレクトに影響するように改良をし続けた。パイロットのわずかな動きで動きは様々に変化した。素晴らしかったよ。本当にね。そんなある日、何度目かの実験でついに事故が起きた。ブンタの乗った機体が大きくバランスを崩してしまったんだ。どんな環境でも飛べるように、わざと風が強い日に実験したんだよ。最初に1号機を飛ばして、いよいよ零号機だ。ブンタは相変わらずいい飛びっぷりだった。だがさすがに慣れない機体でつい手が揺らいだんだろう。ブンタは大きくバランスを崩してしまった。なんとか立て直したがね。」
イバーノフはさらに続けた。
「しかし、今度はスプの機体が揺れた。通信でブンタの焦った叫び声を聞いて動揺したんだろうか、つい自分の機体の操作がおろそかになってしまったようだ。いや、もしかしたらブンタを助けようと機体の向きを変えようとしたんだろうな。大きく揺らいだと思ったら、海にまっさかさまに落ちていった……。隣にいたトニイの叫び声が忘れられないよ。すぐに滑走路を走って海に飛び込んでいった。ダブは飛び込まなかったがすぐにロープや浮き輪を持ってきた。キッドは実験につかれて座り込んでいたが、咄嗟に立ち上がってうろたえてしまったし、トメグも慌てふためいていた。とても裏社会で名をはせたスパイとは思えなかったよ……。」
イバーノフは息をついて、また話し始めた。
「ブンタの機体もすぐにまたバランスを崩し始めた。ついにブンタはあきらめてパラシュートで降りてきた。降りるや否やすぐに海のほうへ向かって走っていったよ。やがてトニイが墜落したスプの零号機の羽の近くまで泳いでたどり着いた。我々も救助艇で向かったよ。地獄のような景色だった。沈みゆくゼロの羽の上で、息をしていない妹を抱きかかえて泣き叫ぶ兄の姿……。あれ以来ブンタは飛ばなくなった。ゼロに熱中していた開発者たちもゼロに顔を向けなくなった。」
イバーノフはそこで少し笑った。
「わたしはゼロが忘れられなかった。スプの死を犠牲にしたくない、そう言い訳をして研究をつづけた。安全面を考慮してオートパイロットの機能の充実や安全装置の開発に着手したんだ。しかし優秀なスプの死は、各国の首脳に衝撃を与えた。結果危険だと判断され、開発は止まってしまった。残った試作品のうち2機は、実験用のサンプルとして辺境の自警団に送られた。あとの8機は倉庫に保管された。君たち日本人訓練生第1班の訓練開始が他よりも早く始まることになり、訓練用の機体が足りず、やむを得ず飛ぶ感覚をつかむためにゼロを使うまで、そしてそれを君たちが乗りこなしてしまうまではね。」
誰もが言葉を失った。
イバーノフは一人ひとりの顔をじっと見まわした。
「ここからが肝心だ。つまり君たちのゼロはスプの犠牲の上に成り立っている。我々はその悲劇を繰り返さないように、ゼロに安全装置をつけた。君たちが操縦するときに、足を置く足場があるだろう?」
「ええ。」
「バランスがとりやすくなるで、いつも踏んでいます。」
「あれは今は固定されていて、おまけにロックまでかかっている。しかし本来はあれも動くんだ。足で左右に傾けることで機体が傾くようになっている。操舵槓だけでなく足でも操作できるんだ。組み合わせればより多彩な動きができるはずだ。しかしそれは危険であるということで安全装置で動かないようにしている。制限をかけているんだ。訓練や地球周辺の警備の段階なら隠していてもよかったが……。あのメカが相手だ。それに君たちの技術を信じている。いざというときは、ゼロ本来の力を使え。」
「ロックが……。」
「隠されていた?僕たちに?」
「しかし、本来の力っていわれても。」
「パスワードを音声入力するんだ。オートパイロットでなく、手動で操縦している時はすぐに入力できる。パスコードは、『コハル』だ。」
「コハル?」
「スプの本当の名前だ。」
イバーノフは口に手を当てた。
「これは機密情報だ。本当に必要な時に使いなさい。わかったね?」
全員がしっかりうなずいた。
「生きて帰ってくるんだぞ。」
その晩遅く、センカは個室で寝れずに寝返りを何度もうっていた。すると扉の開く音がした。そこにはショウタが立っていた。
「ちょっとだけいい?」
「いいけど……。寝れないの?」
「うん。やっぱり。」
「お互い様だね。」
ショウタはベッドに座ると、不意に寝ているセンカの手を握った。
「俺たち、どうなるんだろう。」
「やめてよそんなこと言うの……。覚悟してここまで来たのに。」
「ごめん。こんなこと言うつもりじゃなかった。」
「うん……。」
「ごめん、しばらくここにいさせて。」
ショウタの顔は、センカからは暗くて見えなかった。ただ、お互いの手の暖かさがいとおしかった。不意に涙がこぼれかかった。センカは思わず目を固く閉じた。
気が付くと、センカの手は布団の中にあった。ショウタはいなくなっていた。
その朝、8人はテラポルトスを飛び立った。
「なあスプ。お前昔、俺のことを最高の整備士だ、最高の開発者だって言ってくれたよな。ゼロのこといろいろ任せた、って言ってくれたよな。俺ちゃんとゼロの準備できたよな……。」
空っぽの格納庫から、イバーノフは空を見上げた。
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