第3話 母なる港、テラポルトス
「お前荷物重そうだな。何入ってんだ。」
「いろいろ。別にいいじゃん。」
「別にって、どうせいざって時にはほいほいって俺に渡すんだろ。」
「まあね、パートナーさん。」
「おい。」
ショウタとセンカは長い長いエスカレーターに乗ると、少し騒ぎ始めた。しかしそれに顔をしかめる人はいなかった。エスカレーターはただひたすらがらんとして、声だけが響いていた。
「どっちにしろ、必要なものだけ。」
「そういって友達からの手紙とか、なんかのアルバムとか担いでるんだろ。」
「全部おいてきたよ。」
「まさか。」
「思い出なんか背負って行けない。重すぎるよ。」
「まぁ、そうだよな。」
ショウタは上を仰ぎ見た。
「俺もおいてきた。」
「そうなの?」
「ああ。」
しばらくエスカレーターのごごごと唸る不気味な音だけが響いた。
「俺さ、なんか昨日学校行ったらさ。」
「ん?」
「ラブレターもらった。」
「まじか。おめでとう。」
センカはそういってショウタを小突いた。
「うっ。いや、なかなかかわいかったんだよ。学年でも5本の指くらいには入るような子でさ。割とモテる子でさ。頭もいいんだぜ。」
「すごいじゃん。で、返事はどうしたの。」
「お前、なかなかうざいパートナーだな。」
「あくまで仕事の、でしょ。」
「いざというときこんなやつに命託さなきゃいけないのかよ。」
「悪かったわね。こんなパートナーで。さっさとほかのパートナー見つけなさいよ。」
「本当にうざいパートナーだな。」
ショウタはセンカを見下ろすように目を細めた。
「で、返事はどうしたの。」
「いや、ラブレター渡して、生きて帰ってきてください、待ってます、って。お守りにってどっかの神社のキーホルダーくれた。」
「おお。」
「で、わんわん泣き出して。あ、クラスの子結構いてさ。一緒に泣いたり、泣くの隠そうとして冷やかしたり。正直疲れたよ。」
「モテる男は違うねー。で、どうしたの。」
「生きて帰れるとは思っていない。そうやってでたらめ言って誰かを傷つけるようなことはしたくない。って言った。」
「そっか。」
「だって言えるかよ。生きて帰ってくるなんて。」
2人はエレベーターに乗り換えた。
「彼女ショックだったんじゃない?」
「わんわん泣き出して、周りの女子も泣き出して、まいっちまった。それで、俺はもう命捧げたんだって言ったんだ。」
「ほうほう。」
「俺はメカに勝てるとなんて正直思ってない。でも俺らが時間を稼いでいる間に、新しい訓練生が成長してくれるはずだ。技術も進歩するかもしれない。俺の攻撃がメカに小さなダメージを与えられるかもしれない。帰ったり地球を懐かしんだりする暇はもうないんだ、って言った。」
「そっか。」
「うん、彼女も黙った。キーホルダーは自分の身を守るために持っておきなって言っといた。受け取れなかったよ。彼女の思いもわかるんだ。でも重すぎる。これ以上背負えないよ。」
「お互い様……か。」
「うん……。」
「2-Bユニット、あっちだ、2-Aユニット……ここだ。」
「みんな来てるな。」
2人はちょっと顔を見合わせると、ドアをゆっくり開けた。
「センカ!やっと来たね!」
「おいショウタ。」
このユニットルームは、短期滞在者用の部屋だった。10部屋の個室にはベッドや机がある。しかしシャワーやトイレ、簡易キッチンなどは共用であった。個室や共用スペースに囲まれた部分はリビングのようになっており、ソファやテレビが置かれ、6人の高校生が思い思いの場所でくつろいでいた。
このような控室はたくさんあった。短期滞在者だけでなく長期滞在者向けの施設や寮のような施設もあり、広さや位置もさまざまだ。ユニットルームは、主にチームで行動する職員用に使われていた。
「個室、選んじゃったけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。ハルカはどこ?」
「わたしすみっこの個室だよ。」
「とりあえず荷物置きたいな。どこあいてる?」
「俺の横来なよ。そうすれば男子まとまるし。」
「えー、コウスケの隣かよ。めんどくさそうだな。」
「俺だってショウタの隣なんてめんどくさいよ。」
「おなかすいたね。」
「リンカとスズナが遅れてるらしいの。」
「リンカはご両親から預かったものにちょっとトラブルが発生して送れるって言ってた。」
「新しいコンピュータシステムの話?」
「そうそう。プログラムの重要事項をリンカ自ら持っていくことになったけれど、最終確認で手間取ったんだって。あ、表向きは持っていく備品の確認が遅れたことになってるか。」
「スズナはマスコミだっけ?」
「うん。スズナやさしいから、振り切れなかったみたい。結局マスコミに囲まれて滑走路につくのに時間かかったんだって。」
「ほんと、すごかったもんね。」
「あ、ほら、日本のニュースでやってるぞ!」
「すげえ!」
「そんなことより、夕食はまだ誰も食べていないの?」
2人の少女が扉の所に立っていた。
「リンカ!スズナ!」
「思ったより早かったね。」
「うん。なんとか間に合ったわ。それよりみんな、しっかり食べないと。夕ご飯まだならみんなで食堂行こう。」
スズナは自分の荷物を手早く置くと、みんなを促した。
「さすが主計係さん。」
「というより、お母さんみたい。」
暖かな笑い声が、がらんどうの廊下にまで響き渡った。
ここの本部は、太平洋にぽつんと浮かぶ、2つの無人島に作られていた。
かつては、植物はほとんど生えておらず、動物もほとんどいない、なにもない島だった。島の一つは平地が広がっており、もう一つはごつごつした岩山がそびえたっていた。2つの島は隣接しており、海で隔てられているというより、どちらかというと河で分けられているようだった。
この島は大規模な宇宙開発が始まるとき、どの国の領土でもない、新しい拠点として作られた。平地は大きな滑走路になった。続いて、空港のような施設に宇宙船の建設ドック、戦闘機の整備工場など、あっという間に「地球最大の宇宙への玄関口」となったのだった。岩山はくりぬかれ、岩山に寄生するように、宇宙に関する様々な業務の拠点となる施設が作られ始めた。また移民たちが宇宙で生きていくための訓練をするあいだの宿泊所、職員の居住施設、彼らのための娯楽施設なども作られた。やがてこの島は、ラテン語で「地球の港」を意味するテラポルトスと呼ばれるようになった。
この辺境戦争の余波で人気はめっきりなくなってしまったが、この宇宙開発の本部には3つの食堂があった。一つは空港や格納庫に併設された第2食堂、もう一つはエントランス付近にある小さな第3食堂、そして本部施設内にある最大の食堂、第1食堂である。これらの食堂、また他にもいくつかある指定の売店では、職員や訓練生などは無料で食事をとったり、生活必需品を買うことができる。宇宙に渡航する前の一般人も無料で食堂を使用できた。
その理由が、完全再利用機、パーフェクトリサイクルマシーンである。この機械の開発によって、宇宙への移民が実現したといっても過言ではない。このマシーンは物質を分子レベル、原子レベルにまで一度分解し、そこから新たな物質を作っていくという夢のマシーンだった。これによって自給自足が容易になり、宇宙への移民が実現したばかりでなく、地球の深刻な食糧不足をも解決したのだった。これを小型化したものは宇宙船でも使用されている。
この島ではこのパーフェクトリサイクルマシーンが広く使われている。この島から出る廃棄物のすべてがこのマシーンを通じて食料となるのだ。そのため食堂では、世界各国の料理を無料で提供することができた。
8人はそれぞれカウンターで好きなものを注文した。かなりの人数を収容できる巨大な食堂だが、閑古鳥が鳴いていた。4人ほどの職員が機械のスイッチを押したり、皿を用意しているだけである。
「いつもの場所で!」
早々と、てんこ盛りのカレーライスとサラダやらデザートやらを盆に載せたトウキが、待っているハルカを追い越した。
「あー、わたし少し時間かかるかも。先行ってて!」
「何を頼んだの?」
「和食膳セットよ。しばらくおいしい日本食と離ればなれだし。」
「戦艦オリオンにもパーフェクトリサイクルマシーンがあるだろう?」
「そうはいっても、ね。」
「まあ、好きにしなよ。先行ってるから。あ、お茶とか入れとくね。」
「ありがとう。ごめんね。」
「トウキ、俺もすぐ行くわ。」
照り焼きチキンを盆にのせながらコウスケが叫んだ。
「ああ、コウスケ。頼んだ。」
「いつもの場所」というのは、この8人が訓練生時代から食事をとるときにつかっているスペースだった。
広い食堂なだけに様々なイスやテーブルがあり、観葉植物などでうまく仕切られている。居酒屋のようなお座敷の席や、パーティに使えそうな広いスペースまであった。これらは予約したりすることもできたが、今ではそれを使わなくとも自由に食堂を使うことができた。
この「いつもの場所」は、植木や柱にうまいこと仕切られていて目につきにくく、ちょうど10人くらいがまとまって食べるのに向いていた。給水カウンターとの距離も程よく、割とあいていることが多かったので、ここを愛用していたのだ。訓練生やチームゼロとして地球防衛に励んでいると、どうしても食事の時間はバラバラになりがちであった。しかしなんとなくこの場所で顔を合わせていたのだった。この場所がチームゼロのたまり場だったことは知られており、チームゼロの面々に用がある人が待ち構えていることもあった。
どうやら彼もその1人のようである。
チームゼロの「いつもの場所」の隣のテーブルに座ってた一人の男が、顔をゆっくりあげた。
「イバーノフさん!」
盆を持ったコウスケの顔が華やいだ。この図体のがっしりしたロシア人は宇宙防衛軍でも特に腕のいい技術者で、いまテラポルトスに残っているものの中ではトップクラスである。国連宇宙保安隊が結成されたころから、宇宙で使うための戦闘機の開発に関わっており、チームゼロが使う機体、ゼロの整備の責任者でもある。ゼロの開発や研究にも関わっているらしく、ゼロについての知識は誰にも負けない優秀な整備士でもあった。
「君たち、ついに辺境に向かうんだね。」
「はい、イバーノフさん。」
「明日はゼロの最終確認、頼みますよ。」
8人はイバーノフの周りに集まり、握手をしたり肩をたたいたりした。
「もうこれからは、俺がいなくてもゼロをしっかり自分たちで管理しなければならないんだからな。しっかり飛んで来いよ。」
イバーノフはがはがは笑うと、不意に顔をひきしめた。
「ところで、トニイたちからゼロについて、何か連絡をもらったか?」
「連絡ですか?」
「ああ。操縦のこととか整備のこととか。いろいろな情報だ。」
「いえ、特にはもらっていません。」
リンカが片手のタブレットを素早く確認しながら言った。
「出征に際して受け取ったファイルにも、特にゼロに関する情報はありませんが。」
「そういうことかトニイ……。ああ、今日辞令交付式の後、ひとっ風呂浴びるだろ?」
「ええ。」
「さすが日本人だ。日本人はみんな宇宙へ上がる前に風呂に入る。そこで何か飲み物でもおごろう。」
「ウォッカとかやめてくださいよー。」
「まさか。君たちは貴重な若者だ。そんなことはしないつもりだがね。」
またがはがは笑いながら、イバーノフは立ち上がった。
「邪魔してすまなかったな。」
「いえ、イバーノフさん。」
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