第2話 人のいないホール
センカはがらんとした大きなエントランスホールに一人立っていた。カウンターに置いてある呼び鈴を押すと、まもなく若い女性が出てきた。
「Good evening. I’m Senka Ueki , team Zero. Could you tell me my room number?」
「日本語でいいわよ。こんばんは。」
「すみません。特別青年地球防衛班チームゼロ、ウエキセンカです。控室はどこですか?」
「いいのよ。今は翻訳機もあるしね。特別青年地球防衛班チームゼロ、ウエキセンカ受付、っと。チームゼロの控室は確かえーと……。」
若い女性は慣れた手つきでタブレットを操作しながら、ちらりとセンカのほうを見た。
「大変ね。所属は辞令が出てから変更で大丈夫かしら。ああ、大丈夫だった。」
「すみません……。みんなはもう来ていますか?」
「だいたい来てると思うわ。あら、もう1人来たじゃない。」
若い女性は入口へ軽く会釈をした。 センカも後ろを振り返った。センカとよく似た制服姿の少年が、やはりセンカと同じようなバックや銃を背負ってこちらへ歩いてきた。少年は受付に軽く会釈を返すと、センカのほうへ手を挙げた。センカも手を挙げてひらひらしてみせた。
「ハシモトショウタ、特別青年地球防衛班チームゼロ所属です。控室を教えてください。」
「OK.」
受付の若い女性はタブレットを操作したり、メモ用紙を破ったりしていた。チームゼロの2人は、なんとなくがらんとしたエントランスホールを見上げた。
「ずいぶんがらんとしてるなぁ。」
「みんなもう行ってしまったし、もう誰も移民なんて……。」
センカは遠くに見えた少しだけ色あせたポスターのほうをちらりと見て顔を背けた。太陽系の星々、特に最近は太陽系外縁部、辺境と呼ばれる地帯に広がっている星々への移民が募集されていた。若い男女が、最新式の宇宙服に身を包み、手に機械のリモコンだのなんだのを持って、満天の星空を見ている絵だった。
「宇宙移民は夢だった。人類の大きな進歩だったのさ。」
センカとショウタはポスターのほうをまたちらりと見た。
人類史上まず初めの移民は、月に送られた。当然ながら希望者が殺到し、厳しい選抜が行われた。一部の金持ちやエリートでなければ月に行くことはできなかった。また月へ移住するための費用などもある程度負担する必要があった。そのため月にはエリートたちによる理想的な、計画的な未来都市が広がった。特に月の中心都市、アルテミスシティは人類の理想郷であるとまで言われた。世界中のあらゆる研究の成果が集まったすばらしい都市だった。
その後すぐに、火星への移民が始まった。火星移民の特徴は、移民に必要な費用がすべて支払われたことだった。また選抜も厳しくなく、研修も充実していた。そのため世界中の、特に貧しい発展途上国からの希望者が殺到した。人々は宇宙でやり直そうとしたのだ。火星での鉄などの資源の採掘は厳しいものであったが、平等な世界を求め、自由を求め、世界中から火星のように赤く燃える人々が集まった。
その後太陽系の星々に移民は広がっていったのだった。
受付の女性がタブレットから顔を上げた。
「まず、今後のスケジュールに変更があるので連絡します。」
「はい。」
2人は声をそろえて言った。
「シイナリンカ、スギヤマスズナの両名が定刻通り到着不可。よって辞令の交付の時刻を繰り下げ。20:00からに変更になりました。よって出発時刻も繰り下げ、明日の12:00出発となります。」
「辞令交付20:00、出発時刻12:00に繰り下げ、ですね?」
ショウタが復唱した。
「ええ。あなたたちの控室はF棟のユニット2-Aです。仮眠室は適宜各自で決めるようにと。」
「F棟ユニット2-A。仮眠室は各自で。」
今度はセンカが復唱した。
「ええ。夕食は食堂で食べても構わないし、部屋で食べてくれても構わないとのことよ。」
「ありがとうございます。」
「またわからないことがあったら受付まで連絡してください。」
「ええ、ありがとうございます。」
「ありがとうございます。失礼します。」
受付の女性はタブレットを操作しながら、軽く会釈をして見送った。2人も軽く会釈をして、それから荷物を担ぐと、通路のほうへ歩いて行った。しかし若い受付の女性は、ふいにタブレットから手を離した。そして小さくなっていく2人の高校生の後ろ姿に向かって、足をそろえて手を挙げた。そしていつまでも敬礼をし続けた。
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