太陽の子供たち ~宇宙に進出した地球人の物語~

さうざん

【高校生編】太陽系辺境防衛戦争

第1話 出征の日の朝


 「失礼します。」

そう言って、一人の生徒が校長室に入ってきた。

いや、生徒と言えるのだろうか。校長は何度も持った違和感に再び胸に何かがせりあがっていく奇妙な感覚を覚えた。

彼女は国連宇宙防衛軍の制服を着ていた。見慣れたセーラー服とは似ているようで異なっていた。その深い藍色の制服は、高校生が身にまとうにはあまりに重すぎる匂いを醸し出していた。

 「ウエキさん。書類もすべて目を通しました。いやぁ、英語が少し難しくってね、英語科の先生方に教えてもらいながら読んだよ。学生時代にお目にかかったことのないような難しい言葉が並んでいたもんだからね。」

「すべて読んでいただけましたか。」

座るように促す校長の手ぶりが見えなかったかのように、その女子生徒は特に何も表情を浮かべずに尋ねた。

「ああ、英語科の先生方と……。」

「ならば話が早いです。あとは、三枚目の青い紙にサインをしてくださればよいだけです。」

「これはサインしなければならないのかね。」

しばらく間があった。その生徒は、じっと白髪交じりの男の顔を見つめていたが、不意にさとすように話し出した。

「校長先生もご存じのとおり、現在太陽系外縁部、つまり太陽系辺境の宙域で、正体不明の機械群……我々はメカと呼んでいますが……に対する防衛作戦が実施されています。私たち国連宇宙保安隊、日本人訓練生第1班は、訓練を特別に早く終えた後、地球防衛任務についていました。今、辺境でさらに人員が必要になったとのことで、命令が下ったのですから。」

「しかし君たちはまだ高校生だ。成人にもなっていない。」

「私たちは訓練を終え、現に今も地球防衛任務の穴を埋めています。」

「しかし……。」

「どちらにせよ、人類宇宙委員会ですでに決定され、日本国政府へも正式な通知が届いています。あとは形式的にあなたのサインが必要なだけです。」

 校長は静かにため息をつき、ペンをとった。そのペンを持ってしまったことへのささやかな重さが身に染みて、校長は頬をゆがめた。

「君たちは未成年だ。しかも噂じゃあ、君たち日本人のメンバーが、地球に残された、地球防衛のための最後の予備隊だという。我々地球人はもはや守りを持たないということになるのだろうか。」

「月や火星の自主防衛団がしばらくは私たちの穴を埋めてくれますし、いま世界中の訓練生が訓練に励んでいます。ですが……。」

ウエキセンカは、校長室に入ってから初めて、わずかに目を背けた。

「きちんと守れるのかどうか……わたしにはわかりません。」




 センカは校長室を出ると、すぐそばの階段を無言で駆け上がって自分の教室に入った。乱暴に置かれていた荷物からは、筆箱だのキーホルダーだのが乱暴に覗いていた。そしてその周りには、いつもの友人たちが不安げな顔で、思い思いの姿勢で待ち構えていた。

「ごめん。遅くなった。校長がごちゃごちゃうるさくてさー。」

先ほどとは打って変わった陽気な声だ。

「そっかそっか。」

「気にしなくていいよ。もうテスト近いし。部活とかないし。」

「ごめ。ちょっと着替えさせてー。」

「いいよいいよ。女子しかいないしね。」

「男子呼んできちゃうか。」

「やだーっ。」

「確か隣の教室にいたよねー。」

「ああ、サッカー部だっけ。」

センカはかっちりした制服を脱ぎ、どこかほのかに汗臭い、友人たちと同じ制服姿に戻った。

「ねぇセンカ。」

「ん。どうしたマユ。」

「本当に行っちゃうの?」

一瞬で周囲は静まり返った。どこかで風が吹くごうごうという音がかすかに聞こえてきた。どこかの窓が開いていて風が吹き込んでいるのだろうか。放課後の学校は意外と騒がしい。部活の掛け声、ボールの音、教師の会話、吹奏楽部のトランペット、教室に残る生徒のざわめき、シャープペンシルをノックする音、そんなものが混ざり合っている。それなのに、時々どこか寂しさを感じる。決して深刻ではないが、遠い未来に刹那の青春を思い起こして哀愁を感じてしまうような寂しさだ。その妙な静けさが、これが日常であることと、日常であったということの2つを少女たちに突き付けていた。

「うん……。命令だから。」

「それって……戦争に行くってことだよね?」

「テレビで悪い話ばかり聞くけど、大丈夫なの?」

「センカたちがいなくなったら地球は終わってしまうって本当なの?」

女子生徒たちは、風の音がだんだん大きくなっているような気がしてきた。

「うん。そう。そうとしか言えないかも。」

しばらくごうごうという音だけが聞こえてきた。

「でも大丈夫だよ。メカの弱点とかも、案外わかってきてるの。司令部にも作戦があるみたい。」

「そうなの。」

「うん。だから大丈夫。所詮、相手は機械よ。動きはパターン化されている。シュミレーターシステムを使った訓練みたいなものだって。」

「そっか。」

「あ、メールするよ。通じるかな。」

「ははははっ。」

「前通じてたよね。宇宙からの写真送ってきたじゃん。」

「なんかでも辺境の中の辺境に飛ばされそうなかんじなんだよね。」

「え、そうなの?」

「へー。」

「あっ、これ機密だから。どうしようしゃべっちゃったー。」

「任務とかもうわかるの?」

「詳しくは知らないんだけどね。」

「戦艦オリオンとか乗るの?」

「乗るよー。これからは国連宇宙防衛軍戦艦オリオン戦略班に所属します。」

センカはおどけた表情で敬礼してみせた。

「え、いまどこだっけ?」

「今はね、国連宇宙防衛軍特別青年地球防衛班。」

「難しい。」

「でしょ?」

「それが通称チームゼロ?」

「そうそう。」

女子高生の笑い声は明るく、しかし一抹の悲しさを含んで、学校中に響き渡った。




地球最後の予備隊、しかも未成年の高校生が辺境に出征するとあって、テレビは大騒ぎだった。学校の周辺にもマスコミが殺到していた。いつもの挨拶をして明るく友と別れ、センカが門まで来ると、フラッシュが一斉にたかれた。

「ウエキさん!赤紙が来たとは本当ですか?」

「出征は明日とのことですが、いまどんなお気持ちですか?」

「学校では何をお話になられたのですか?」

「センカさん!」

「ウエキさん!」

「Ms.Ueki,how do you feel now?」

「チームゼロは未成年ですが、辺境の戦況はどうなのでしょう?」


センカは黙って一礼した。

狙っていたかのようにフラッシュがざわざわと騒いだ。しかし、センカが顔を上げた瞬間、音が一瞬消えた。

「あれは……高校生の顔だよな。」

録音機を構えていた地元の地方紙の記者は、思わずつぶやいていた。それでも誰かがフラッシュをたく。再び激しい音と光の洪水がセンカを包んだ。

「ウエキさん、こちらです。」

向こうのほうから近寄りがたい黒いスーツを着た男が、わめく報道陣を押しのけてセンカの元までやってきた。

「ありがとう。」

「荷物を!」

「これで全部です。お願いします!」

センカが車に乗ると、車はずいぶん荒く飛び出していった。すぐにマスコミのものらしいバンが追ってきたが、やがて見えなくなっていった。

「日本国政府に雇われた方ですか。ずいぶん荒いですね。」

「あくまで未成年ですから。きちんと保護するようにと言われました。」

「これから出征するのに。」

「だからこそですよ。赤紙だなんて今の時代、無縁だろうととらえていた人も多かったですからね。まるで映画の中のようだと、みんな興奮してるんですよ。」

「ええ。」

「わたしも正直驚きました。辺境がそこまで……地球のわたしたちも決して安全ではないと、つきつけられたような、気づかされたような。」

センカは何も言わず、ただ窓の外を眺めていた。見慣れた量販店や街路樹が、妙にいとおしく感じた。もしかしたら最後かもしれないから、何一つ見逃してはいけないというプレッシャーが、センカの目の奥を重くさせる。

「明日の予定をお伝えします。」

「あ、はい。」

センカは背筋を少し伸ばした。

「マスコミがずいぶん騒いでるようなので、出発時間を少し早めます。6時ごろに家の前に担当のものが迎えに行きます。」

「どっちにしろ早かったですから。わかりました。」

「では、そのようなかたちでいきます。」

「ありがとうございます。」





 その朝が来た。

 センカは何事もないように支度を済ませた。宇宙服と言えば「小さな宇宙船」ともいうべき存在感を誇るものだったが、最近の宇宙用の戦闘服は特殊な素材で作られた薄いものだったし、装備もできる限り小さく軽く作られていた。それでも支給品のボストンバックや宇宙レーザーライフルは重かった。センカはリビングに全部運び込むと、大きくため息をついた。いつも通りの朝だった。

「センカ、忘れ物とかないでしょうね。」

「届けに行ける距離じゃないからな。」

「姉ちゃんいつもなんか忘れるよね。」

いつも通り、パジャマや制服姿の家族を前に、センカは大きく息を吸った。

「父さん。」

「ん? なんだそのかばんは?」

父の顔は、半分冗談を言うような顔で、半分ひきつっていた。

「宇宙レーザー銃。」

センカは慣れた手つきでかばんを開け、器用に組み立てていった。

「つくりは移民団が持って行ったものと同じ。つまみで強さを変えて使って。」

「センカ!」

母の声にわずかに胸を痛めたが、センカは続けた。

「姉ちゃん、これって地球で許可なく持ってたらだめだよね。」

センカは黙ってそれを弟に手渡した。

「使い方わかるよね。」

「うん。テレビとかで見たことある。」

「このつまみの3くらいで人が殺せる。5もあれば大体の機械も、たぶんメカもいける。ただし弱点……メカの場合はコアをきちんと狙って。」

「7は?」

「撃つのに負担がかかりすぎる。5で十分よ。私だってふだんは1か2だもの。」

センカは父親を見上げた。

「これ、予備のだったの。今は持っていく必要がなくて。初心者向けの、昔の予備のだったの。荷物になるから置いてっていいよね。鍵……ケースのだけど、わたしとく。」

「必要があるのか?」

父の声に、センカはうつむいた。

「守れるかどうかなんてわからない……。だから。」

 両親は黙ってしまった。これがスポーツの試合だとか、そういうありきたりのことだったら、子供に自信を持たせようと調子のいいことを言うのだろう。あるいは、子供を抱きしめて、無理するなと守ろうとするのかもしれない。しかし今朝はそんなに軽々しいものではなかった。


 まったく未知の機械群に、辺境の植民星が次々と襲われ、宇宙の警察だった国連宇宙保安隊が国連宇宙防衛軍と改称され、辺境戦争という戦いが人類以外の何かと繰り広げられた。それ以来、まるで映画のような状態に、世界の人々は興奮した。まるで祭りの日の朝のようだった。

 宇宙開発が飛躍的に進み、人類が協力して活動範囲を広げ、可能性を広げていくのを、人々は楽しんでいた。地球上での様々な問題も解決した。太陽により近い金星プラントや水星プラントから送られてくる太陽エネルギーは、地球のエネルギー問題を一気に解決した。宇宙の過酷な環境でも耐えられる合理的な栄養食品は地球上でも応用され、食糧問題の解決に貢献した。爆発的に増えた人口は、宇宙への移民でちょうどよいバランスを保つようになった。あらゆる問題に希望が見え、活動範囲が広がると、地球上では紛争や国家間の揉め事が、表向きは減った。世界は住みやすくなった。

 だから辺境に移民した人々が謎の何かに襲われたという事実ですら、悲劇でありながらも、人類の可能性の証としてとらえられた。マスコミは連日、防衛軍の会見や映像を流し続けた。地球上のあらゆる国から集められた最高の戦士、最高の技術、最高の資金。人々は戦況についてどこか楽観視していた。少なくとも地球は安全だと、思っていた人は多かった。

 しかし現実は、15歳の少女への赤紙だった。それは十分すぎる悲劇であった。そして世界はようやく気付いたのだった。今の平和は、多くの人の犠牲の上になりたっていたことを。そして昨日までの地球は15歳の少年少女に守られていたということを。世の大人たちは自責の念にかられた。しかし大人たちのほとんどは、この15歳の少年少女に頼らざるをえなかったのだった。

「それにしても、荒れた部屋ね。帰ってきたら片付けなさいよ。」

 センカの母親はそういってセンカをにらんで見せた。

「えー。」

「女の子の部屋じゃないわよ!」

「すみませーん。」

センカはわざと視線を外すと、リビングの時計が目に留まった。時間だった。



 家族もマスコミも振り切り、センカは町はずれの自衛隊の基地の滑走路に立っていた。整備員が2人、白い機体の最終チェックに臨んでいた。センカは頭を軽く下げると、コックピットの隙間にボストンバックを押し込んだ。

「ゼロ。問題ありません。予定通り飛べます。」

「ありがとう。」

 センカは白い機体に触れた。

「ゼロ……。」

「いい飛行機ですね。」

「でしょ?」

センカは少し笑った。

「このような滑走路で、お許しください。」

「ご武運を。応援しています。がんばってください。」

「ありがとう。」

センカは微笑んでいたが、コックピットに座るがいなや、微笑みは消えた。しかし整備員たちは、センカの目の中に、何とも言えない輝きがあるのを見つけた。

「ゼロ、発進。」



「もうすぐだと思う。」

マユは教科書やノートを、リュックから出しながらつぶやいた。1時間目が終わり、次の授業の準備やトイレ、やりかけの課題とおしゃべりに教室はざわついている。

「休み時間のうちに来てくれればいいけど。」

「えー、見えるかなぁ。」

クラスの生徒たちは、なんとなく窓の外を気にしていた。ついに窓際の席の子が窓を開けた瞬間、爆音が聞こえてきた。あちこちで叫び声が上がった。

「センカ!」

 白い機体が高校の上をぐるぐる回るように旋回していた。鳥のようだが、鳥とは動きが違う。するといきなり方向を変え、上へひらり、下へひらり、まるで風に舞うビニールのようにひらひら飛んでいた。それからまた元の位置で旋回した。すると今度は宙返り。かとおもうと優雅に旋回してみせる。

 授業開始のチャイムのころには、爆音を聞きつけた学校中が窓際に集まっていた。チャイムが鳴ったが、誰も席につかなかった。と、その瞬間、ゼロはぐるんと向きを変えると、一気に降下してきた。白い機体のラインやコックピットの窓がはっきり見えた。窓際の生徒たちはわあわあ叫んだ。先生たちも見上げていた。

 学校の上をかすめるようにごうっとすりぬけたかと思うと、ゼロの姿は遠い空に消えていった。

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