2人の推薦枠

「はい、皆さん前を向きましたね。では改めて私立ダンジョン学園入学おめでとうございます。朱夏さん、いえ、学園長のお話にもあったよう。皆さんにはダンジョン攻略のためそして一流の攻略者へとなるため、この学園に入学されたと思います。その第一歩としてまずはダンジョン内での行動の自由を認められる資格を取っていただきたいと思います

。"ダンジョン攻略者ランク検定"。皆さんご存知かと思いますが、一年次はそれを目標に頑張ってもらいたいと思います」


 幽々子は祝いの言葉ととともに一年次における最終目標を述べる。


 世界各地にあるダンジョンについての取り決めはその国ごとで定められている。バンジージャンプなどをする前に書かされるような、何があっても自己責任ですという誓約書を書くだけでダンジョン内に入ることができる国もあれば。徴兵制により多大な数の兵士を揃え、ダンジョンに出兵する国。その逆で厳しい条件をクリアしたもののみが入ることを許されるという国もある。

 そして現在の日本では3番目の厳しい資格試験に合格し資格を取らねば、ダンジョン内で自由に行動することはできないという取り決めになっている。

 つまり現在の日本におけるダンジョン攻略者は量より質が求められている傾向にあるのだ。


 それだけにダンジョン攻略者ランク検定は非常に厳しい内容であり、それを一年で取るというのはかなり大変なことである。


「ランク検定3級かぁ……それを一年で取るのはなかなか厳しいな」


 小声で呟く真司、しかしその呟きを幽々子が聞き逃すはずはなかった。


「多桗君が心配するのも無理はないわ。でもそんなに身構えるほどでもないし、それに3級程度軽く取って貰わないと正直お話にならないわ」


 ───3級程度?……お話にならない?そんな生徒達のプライドをわざと刺激するような言葉に多くの生徒は瞳に炎を宿す。

 今の幽々子の心境を一言で表すならば狙い通りというのが最も妥当だろう。


(簡単に言ってくれるなぁ。5級4級すっ飛ばしていきなり3級とはさすが名門校。でもやっぱりここに来たのは正解だったな)


 どうせ3級は取らなきゃいけない資格ではあるし、ただそれが早いか遅いかそれだけでしかない。真司としてスパルタ指導をしてもらった方がありがたい。


 ちなみに攻略者ランク3級とは、一般的なダンジョン科高校の卒業時の基準と言われている。そして1級ともなると上位攻略者、世間一般ではA級攻略者として認識されている。


「教員採用試験は入学試験よりもずーっと難しいのよ。えー、というわけで明日から皆さんをビシバシ鍛えていきますよー!勿論一般教科の勉強も頑張ってもらわないと、先生が怒られちゃうんでちゃんとやってくださいね。とりあえず今日はダンジョンの説明と攻略者としての心得などをお話しして、あとは学園案内をしたら終わりになります」


 そうして幽々子の話が長々と続いていく。幽々子はかなりの話好きであるため、途中話があれこれ脱線しながら進んでいった。合計で1時間近くは話し続けただろう。もうこれ以上頭に入りきらない、東や他数名の集中が切れ掛かったころようやくチャイムが鳴った。



「あらもうこんなに時間経ってたのね。それじゃあ、一旦休憩しましょうか。この後学園の案内をしますね」


 まだ話し足りなかった幽々子は少し名残惜しそうにしながら一度教室を後にする。その瞬間、クラスの幾人かの視線が後ろに座る真司と杏花へと向けられる。そしてその理由は皆同じだった。


 まずは東がよくもやってくれたなという表情で立ち上がり、少し険しい表情を浮かべる慶瞬もそれに続き立ち上がると、真司の机の前に迫る。みんな真司と杏花が推薦組だと聞いてからずっと気になっていたのだ、東は真司の机に両手をついて詰め寄る。


「おい、真司。お前推薦組ってマジか!勿体ぶりやがって、ずりぃよな。俺なんてこの学校に入るために1日1時間も勉強してたんだぜ」


「別に勿体ぶってたわけじゃねぇよ。先生がバラさなかったら内緒にしてたかったんだ。ていうか1日たったの1時間しか勉強してなかったのに、よくそんなこと言えるな」


 真司はそう言うが、東にとっては1日1時間椅子に座って勉強するのは途轍もない集中力が必要だったのだ。

 くそっ俺がどんな思いで勉強を、などと愚痴る東を尻目に慶瞬は口を開く。


「メインアビリティが武器創造系って聞いた時は、支援技能科向きかなって思ったけど違うのかい?確かに真司君のタレントと合わせればかなり優秀だとは思うけど……」


 見た目通り頭がキレるな、かなり核心をつく質問をする慶瞬に、真司はそんなことを思う。


「あの言い方だとちょっと誤解があったかもしれない。武器創造系って言っても正確に言うと生産系アビリティとは違うんだ」


「……違う?」


「ドロップアイテムとかの素材を使って武器を作るんじゃなくて、魔法を素材代わりに武器の形をイメージして武器を作るアビリティって言えば分かりやすいかな」


「うんうん……なるほど、矢を魔法で形作り放つマジックアローに近いのかな。……でもそれだけじゃないんだよね?」


 恐らく真司のアビリティはそれだけではないと慶瞬は直感している。


「まぁ、そうだな。特殊効果の付与、そっちがかなり貴重らしい。毒とか麻痺とかの属性をつけたり、必中とかほぼなんでも斬れる切れ味にしたりとか。今のアビリティレベルだと一つ付与が限界なんだけどな」


 真司の能力を聞いた慶瞬は口元に手を当てながら、ブツブツと考え事をした後再び口を開く。


「なんでも切れる……それは凄いね。それだけでも十分必殺の切り札になる。それにモンスターの弱点がわかるっていうタレントと組み合わせればかなり使い勝手も良さそうだ。うん、納得したよありがとう」


 わからないことがあればとことん調べる。完璧主義的な慶瞬は満足したように頷き、ようやくその端正な顔立ちから険しいが消えた。


 そんな真司と慶瞬の会話に聞き耳を立てていた他の生徒達も自分なりに解釈し、真司のアビリティにはいくつも欠点があり、自分達のアビリティも真司に劣るものではないと確信する。

 確かに一対一の戦いで近距離戦などになった場合であれば真司のアビリティに軍配が上がるかもしれない。しかしダンジョンでは一対一の戦いになるケースは少ない、むしろ多対一が基本となる。それに遠距離攻撃や広範囲のモンスターを一掃できる魔法攻撃系のアビリティのほうが戦略の幅は大いに広がるのだ。

 

 そんな風に他の生徒達が真司に対抗心を燃やす中、真司の胸中には複雑な感情が入り混じっていた。

 何でも斬り裂ける武器を創造できるという真司のアビリティは使える人が使えば間違いなく最強。ただし過去起きた事件でのモンスターへの恐怖が拭い去れないままの真司では宝の持ち腐れ。

 たとえどんな強大なモンスターであろうとも、核の部分を真っ二つに切り裂いてしまえば確実に消滅させられるだろう。

 だが刃が届かなければ?刀を振ることができなければ?それでは意味がない。それでも真司はいつか使いこなせると信じているし、そのためにこの学園に来たのだ。


 真司のアビリティを聞いた後、生徒の興味は必然的にもう一人の推薦枠である杏花へと向く。他の生徒同様真司と慶瞬の会話を聞いていた杏花の前に2人の女子生徒が立つ。


「初めまして灰音杏花さん。私は絵汰詩音えた しおん、詩音って呼んでね。私も回復魔法を使うのよ、宜しくね」


 不意に話しかけられた杏花は慌てて正面に立つ1人の少女へと顔を向ける。そして今度は逆に真司が杏花達の会話に聞き耳を立て始めた。

 勿論どんなアビリティも持ってるのか知りたいという思いもあったが、それ以上に恐らく自分のことを知っていた杏花のことが気になっていたのだ。


 詩音は黒髪でウェーブがかかった長髪に、落ち着いた感じの整った顔立ちをしている。15歳とは思えないほど大人びた雰囲気で、名家のお嬢様という印象を与える。


「初めまして詩音。私も杏花でいいよ、宜しくね同じヒーラー同士……あれ?私ヒーラーって言ったっけ?」


この学園に来てから自分の得意アビリティについて話した覚えのない杏花は、当然の疑問を口にする。


「ふふふ、なんでかしらね。同じ回復職の人は一目見るとなんとなくわかるの。それに少し前の週間ダンジョンに載ってたのですけど、なんでもその人の人相で得意なアビリティがわかっちゃうんですって」


「えっ、そうなの。占いみたいなものかな?面白そう」


「私の部屋に置いてあるので、今度貸しましょうか」


「いいの、わーありがとう詩音」


 どんどん話が脱線していく女子らしい会話に、痺れを切らしたもう1人の女生徒が割り込んだ。

 その女生徒は綺麗な黒髪を頭の横で結んだサイドテールに、背は低めで詩音とは違い、まだあどけなさの残る少女である。目は少しツリ目で気の強そうな雰囲気をしている。


「私は鍵束千佳峯かぎたば ちかね、推薦枠か何か知らないけど、私も回復魔法には自信があるわ。貴方には絶対負けませんからね」


 千佳峯は身を乗り出し気味に杏花に言い放つ。

 推薦組と一般受験組に勝ち負けなどはないが、他の生徒同様プライドの高い千佳峯からするとそれが許せないのだ。


「よ、宜しく千佳峯ちゃん。でも私そんなに凄くないよ。学園長にも、今では完全に宝の持ち腐れって言われちゃったし」


 そんな千佳峯に圧倒されながらも、杏花は彼女のプライドを刺激しないよう謙遜しながら挨拶する。しかし千佳峯の対抗心は収まらない。


「ふーん、宝ね。宝は持ってるんだ。今度ぜひその宝というものを見せて貰いたいわね」


 千佳峯にそう言われなんとも言えない気まずい表情を浮かべる杏花を見かねて、隣に立つ詩音が止めに入る。


「初日からそんなに対抗意識剥き出しなんて、淑女のすることじゃありませんよ千佳峯さん。私たちはライバルではなく、協力してダンジョンを攻略する仲間なんですから」


「仲間なのは承知してるわ、でも仲間同士でもお互い高め合っていくべきでしょ。だから私は貴方のこともライバルだと思ってるわ詩音」


「わかりました。私も貴方に負けないよう精進いたしますわ」


 詩音と千佳峯の間にばちばちと火花が飛び散る。


「まぁまぁ、2人とも。ライバル同士でも仲良くしよ?そうそう、2人とも連絡先交換しようよ、私メール打つの好きなんだ、今日の夜メールしてもいい?」


 杏花をフォローしようとした詩音が千佳峯と険悪な雰囲気になり、それを杏花がフォローする。という複雑な状況が、いつの間にか出来上がっていた。

 そしてその周りでは女子おっかねー、と男子生徒が口々に呟いていた。


 しばらくするとそれぞれの生徒は前後であったり、隣であったり、なんとなしに気の合いそうな人を探し徐々に集団の輪を広げていった。ほぼ全員初対面のこの状況において、最初にボッチにならないというのは非常に大事であるというのは普通の学校と大差ない。

 むしろダンジョン攻略を共にし支え合わねばならない分、ダンジョン科における集団コミュニティの形成は命に関わるほど重要度が高いくらいだ。


 そうして生徒同士がぎこちないながらも打ち解けあいだした頃、幽々子が戻ってきて休み時間は終了した。そしてその後は学園の案内のために幽々子を先頭に学園内を歩き回った。


 学園案内が終わると真司達は再び教室に入って戻り、今日はこれで終わりになります。明日から楽しみにしててね、幽々子は含みのある声でそう言い残して教室を去っていった。

 想像よりもさらに広い学園をあちこち歩き回り少し疲れた真司は、早く帰って少し休もう。そんなことを考えていると、不意に呼び出しのチャイムが鳴り響いた。


 ピンポンパンポーン


「一年A組多桗真司、一年A組多桗真司。大至急学園長室に来られたし」

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