1年A組

 真司達は担任に連れられ、自分達がこれから一年間使う1-Aの教室へと到着する。校舎はまだ新しく非常に綺麗で教室もかなり広々とした作りになっている。真司が通っていた中学は一般的な教室の広さだったが、ここの教室はその1.5倍程広い。そして席順は定番の出席番号順で、席それぞれに名前の札が置いてあったので、各々自分の席を探しスムーズに着席していく。


 真司も教室の中央列の一番後ろに自分の名前を見つけ座る。

 そこで真司は改めて教室を見回し、自分のクラスメイト達の顔を見渡していく。ダンジョン攻略科最難関の私立ダンジョン学園に入学した彼らは既にエリート。それ故必然的に誰の顔にも自信が漲っている。

 ただしその反面、我の強そうな生徒達ばかりいるように見えなくもない。そんな第一印象をクラスメイト達から強く感じた。


「えー、それでは改めて自己紹介させて頂きます。今年このクラスの担任を努めさせて頂きます三島幽々子ゆゆこです。みんなよろしくね」


 教壇に立ちおっとりとした喋り方で、このクラスの担任三島幽々子が挨拶を始める。

 少しタレ目で髪はゆるふわのショートボブ、まず第一印象で受けるのは優しそうな小学校とかにいそうな教師である。ただしそれは単なる見せかけであり、幽々子をよく知るものからすればその第一印象はまやかしでしかない。

 真司が入学前に想像していた、ガチムチな熱血教師とは対極のような存在である。先程入学式の会場の入り口のすぐ横に立っていた、強面の教師ばかりだろう思っていた真司は少し拍子抜けする。

 とはいえこの学園の教師は、一般科目の担当を除けば全員、元もしくは現役の攻略者であり数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者ばかり。その実力は攻略者の中でも一流と呼ばれる人間である、と学校のパンフレットにも記載されているほどだ。真司はおそらくこの人も魔法とかを得意とする凄い攻略者だったんだろうとそう予測する。


「それじゃあみんなにも簡単でいいので自己紹介してもらおうかな。えーっと、出席番号一番の阿井彰人しょうと君からいこっか」


 幽々子に名前を呼ばれると、教室の左端に座る生徒が立ち上がる。

 阿井という苗字であるが故に阿井は最初に指名されることに慣れているのだろう、名前を呼ばれると躊躇いなく自己紹介をしていく。

 幽々子が簡単にということで阿井は名前と出身、そして自分の持つアビリティとタレントを簡単に説明した。

 趣味や他の情報ではなくアビリティとタレントについて説明するあたり、彼の無駄を嫌う性格が滲み出ているようであった。


 そして滞ることなく順番に自己紹介は進んでいき、出席番号21番の真司の番まで回ってくる。

 先程の入学式が始まる前、杏花が登場したせいで真司のアビリティを聞きそびれた東や慶瞬けいしゅんは、他の生徒よりも興味深げな視線を送ってきている。


(さて、なんと説明したらよいものか)


 他の人が自己紹介しているのを聞きながら、真司は自分の一風変わったアビリティとタレントについてどう説明するか考えていたものの未だ話がまとまっていなかった。


 一般的にアビリティとはファイヤボルトなどを代表する攻撃系の魔法であったり、ヒールなどの回復系の魔法。他にはこの学園のC組であるダンジョン支援技能科のような、ダンジョン内であっても使用可能な武器や防具を生産する魔法のことを指す。

 未だ全て解明されているわけではないが、アビリティは生まれ持った才能に起因しており、使えるアビリティの数や威力などは努力のみでは才能に及ばない場合が多いという研究結果が出ている。

 そして真司のアビリティはかなり珍しいものだが、どちらかというと支援技能科の生徒が持つアビリティに近い武具生産系である。


 さらにタレントと呼ばれる個人特有の個性については、アビリティよりもその種類が非常に多い。慶瞬のようなアビリティを使用する際に必要とされる魔力の回復が早く、魔法の連射速度が速いなどのタレントであったり。麻痺や毒などに対する状態異常耐性の高さであったり、聴力や脚力など身体の一部を強化するものがある。

 例によって真司のタレントもアビリティ同様一風変わったものである。


 真司の前の席の生徒が座りほんの一瞬の間が空く、そして真司は顎に右手を当てながらなんとか考えを纏めて立ち上がる。


「えーっと、多桗ただ真司です。旧赤羽出身です。メインアビリティは武器創造系です。タレントは視認したモンスターの弱点がわかります。3年間…いえ、ダンジョンがこの世からなくなるその日までよろしくお願いします」


 出来るだけ簡素に自己紹介を済ませた真司はそう言い切ると着席する。しかし拍手が起こらない。他の生徒が挨拶した後は社交辞令として必ず拍手をしていたにも関わらず、真司の自己紹介の後に拍手をするものはいなかった。


(ちょっと漠然とし過ぎた説明だったか?でも他に説明のしようがないんだが……)


 真司は一抹の気不味さを覚えたものの説明は以上だと言わんばかりに「以上です」と付け加えた。

 少し間が空きようやく東が拍手し、遅れて他の生徒達も拍手する。


 真司が自己紹介した通り、真司のアビリティはイメージした剣や盾を創造すること。さらにはその武器に何か一つ特殊効果を付与できる。例えば切れ味の向上であったり、麻痺など状態異常の付与、そして必中などである。


 そこまでは普通の支援技能科と変わらないが真司の場合は大きく異なる点がある。まず一つは通常武器を作る際に必ず必要となる武器の素材を必要としないこと。真司の場合は素材を加工して作るのではなく、魔力を素材にイメージで武器を形作りそれに特殊効果を付与すると言えば正確だろう。簡単に言ってしまえば魔法で矢を作り飛ばすマジックアローや、雷で獣を作り攻撃する雷獣召喚のようなものだ。それにアビリティが切れるか自分で切るかすれば武器は消失する。


 そしてタレントは見ただけで、そのモンスターの弱点がわかるというものである。これに関してはほとんど調べてないので、真司もよく知らないことが多い。


 生徒の何人かは未だ真司に興味の視線を送ってくるが───主に東や慶瞬───、次の生徒が話し始めると次第にそちらへと興味を移した。そしてその後も自己紹介は淡々と進んでいき40人全員の自己紹介が終わる。


「では、全員の自己紹介が────」


「あの先生!」


 全員の自己紹介が終わり、話し始めようとした幽々子の言葉を遮った生徒がいた。それは一番左の一番前の席に座る、出席番号1番の生徒、阿井彰人だ。阿井は何か気になることがあるようで、真司の方へとチラチラと視線を向けながら幽々子に質問する。


「どうしました阿井君?」


「……その、ここのクラスの人達みんな筆記試験の時に見た顔ばかりなんですが、あれは入試だったんですよね?筆記試験の会場にいた殆ど全員が、ここに受かっているというのは偶然じゃないですよね。それにこの学園の倍率を考えると、試験を受けに来てた人の数があまりにも少ないと思います」


 阿井以外にも多くの生徒がそう思っていたようで、口々に同意の声をあげた。


 そもそもダンジョン科の試験というのは一次試験である実技と、二次試験である筆記と面接に分かれ行われる。

 実技に関してはダンジョン内でしか発動しないアビリティやタレントを見るため、当然ダンジョン内で行われる。そしてその結果を志望のダンジョン科の学園に送り、その後各学校にて筆記試験が行われる。いわゆる実技試験は一般科の生徒が受けるセンター試験のようなものなのである。

 つまり阿井が何を言いたいかというと、二次試験受けた生徒の数が少な過ぎること、そしてそこにいた生徒の殆どが合格しこのクラスにいるということだ。


 阿井にそう尋ねられた幽々子はいつも通りの優しげな微笑みを浮かべたまま、なんでもないかのように質問に答える。


「あぁ、あのテストね。ダンジョン攻略科にとって必要なのはアビリティとタレントの実力のみ。だからあれって本当は入試の筆記テストじゃないのよ。あれは単なる合格者の学力調査で、実際には一次試験の実技試験をパスした時点でみんなは合格してたってわけ。ダンジョン攻略の知識については、ここに入ってから頑張って覚えてくれればそれでいいわ」


 実技には自信があるが学力に自信がなく、必死に机と向かい合っていた東を筆頭に、クラス全体の3割程度は天を見上げ遠い目をする。あれだけ必死に勉強していたあの努力はなんだったのかと。

 しかし、その3割の中にはあまり勉強の得意ではない真司は含まれていない。大なり小なりリアクションを取る生徒の中で真司は他人事のようにそれを聞いている。


「くっそー。確かに言われてみれば、みんなどっかで見たことある気がするぜ。試験で頭がいっぱいだったから殆ど覚えていないけど」


 ようやく我に帰った東は、そう言ってクラスを見回す。


「……なるほどそうだったんですか。最後にもう一つ質問いいですか?出席番号21番の多桗真司君と29番の灰音杏花はいねきょうかさんもいたんですか?僕の記憶には2人が筆記試験の会場にいた、という記憶はないのですが」


 記憶力に長ける阿井は、確信を持ってその話題に触れた。ちなみに元々学力の高い阿井は、筆記試験に合格の可否が関係していないことに、それほどショックを受けていない様子である。


「へぇ、阿井君記憶力いいねぇ。ちなみにその2人は推薦枠だから受験はしてないのよ。あっ、これも秘密にしなきゃいけないんだった。ふふふ」


 幽々子はおそらく秘密にしなければいけないであろうことを、なんでもないかのようにあっさりと口を滑らせる。というよりわざと口を滑らせたと言ったほうが正しい。


「えっ、それバラしちゃうの?なんか他の人達に申し訳ないんだけど……。特に東とか」


 真司は思わず小声で声を漏らす。しかし真司の思いは届かず、クラス中の視線が教室の後ろにいる真司、そして偶然出席番号順で真司の隣の席に座る杏花へと集まる。


「えっ?推薦枠ってマジかよ真司!せんせー!推薦枠あるなんて聞いたことないっすけどマジっすか?」


 東は驚きのあまり立ち上がり前のめりになりながら後ろ側の真司と前側の幽々子に尋ねる。さらに他の生徒たちも幽々子の言葉に驚き、推薦枠なんてあったのかと周囲の生徒に話しかけ教室は一気にざわめき立つ。

 しかし東達が驚くのも無理はない、実はこの私立ダンジョン学園の募集要項には推薦枠など存在しないのだから。

 悪びれる様子を一切見せずさらに幽々子は続ける。


朱夏しゅかさん……じゃなくて学園長が2人を特別に受験無しで合格させてるんですよ。だから表向きというより、実際には推薦枠なんてものはないんだけどね」


(いやいや、内緒ならバラすなよ。この人絶対わざと口を滑らせてるよな。優しそうに見えて実はめっちゃ腹黒いタイプか。いるよなぁこういう女……)


 真司は別に自分が推薦枠であることを隠していたというわけではなかったが、事実真司は受験を受けずに合格している。それも幽々子が言った通り学園長から直接、しかも半強制的に入学を勧められたという経緯がある。

 ちなみに半強制的と言っても真司の第一志望も元々この私立ダンジョン学園だったので、二つ返事で学園長の誘いを承諾している。


 真司と杏花が学園長の推薦で入学したと聞かされ、クラスメイトの視線はばちばちと火花でも飛ばしてるのではないかというほど鋭さを増していく。

 先程の自己紹介の時に向けられた視線とは大きく異なり、2人に向けられる視線は明らかに2人をライバル視した強烈な視線。

 別に後ろめたいという気持ちはなかったが、なんとかなく居心地の悪さを覚えた真司は、その視線から逃れるかのように右隣に座る杏花へと視線を向ける。

 すると恐らく同じ気持ちになっている杏花も真司へと視線を移しており、2人の視線は自然と重なる。


(ていうか推薦って俺だけじゃなかったのか。確かさっき回復魔法が得意って言ってたな。あの学園長が選んだってことは、只の回復魔法じゃないだろうな。かなり使えるタレントでももってるのかな)


 杏花は先程の自己紹介で回復魔法は割と得意ですが、戦闘とかはあまり得意じゃありません。色々とご迷惑をかけるかもしれませんがよろしくお願いします。

 そう言って自己紹介をしていたので、普通の少女にしか見えないが、かなり優秀なヒーラーなのだろうと真司は予測する。


 ちなみに回復魔法を使える人間は割と貴重で数が少ない。もちろん軽い擦り傷くらいなら治せるという程度の実力であるのならばいくらでも存在する。ただし酷い裂傷や打撲さらには骨折などの重傷でも、瞬時に治すことができるヒーラーとなれば数はかなり限られてくる。

 当然このクラスにいる回復職の生徒は皆例外なく、重傷であろうと|生きている(・・・・・)のであれば、瞬時に治せるだけの回復魔法を所持している。


 幽々子は未だ後ろを向く生徒に対し、数度手を叩くことで生徒の顔を前に向けさせる。


「はい、皆さん前を向いてください。話しの続きを始めますよ。推薦枠の件については休み時間にでもゆっくりと話してくださいね」


 プライドを刺激されそれぞれの目に闘志を抱く生徒、そんな彼らを見て満足そうに微笑みを強くする幽々子、そしてなんとなく気不味さを覚え居心地の悪さを感じる真司と杏花。

 三者三様の思惑が入り混じる中高校生活は幕を開けた。

 

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