入学式

 世に言う最後のクリスマスから、15年の年月が経った西暦2034年4月。現在私立ダンジョン学園の、入学式が執り行われている。

 創立10年という浅い歴史ながら数々のダンジョン攻略者を育て上げた私立ダンジョン学園。最高クラスの設備や待遇を誇り、毎年数千人以上が受験し合格率5パーセント以下の最難関ダンジョン攻略科の学校である。


 そもそも何故命の危険のあるダンジョンに入りたがる人間がこんなにもいるのか。

 勿論それは、人それぞれ様々な理由がある。

 例えば、攻略者になって高額な報酬を貰うためであったり、未知への探求のためであったり。皆んなが幸せに安心して暮らせる世界のためにダンジョン攻略者を目指すなんて人間もいたりする。そしてまた別の理由でダンジョンへと足を進める人もいる。。。



「ここが入学式の会場か。ここからだ。ここから始まるんだ、俺の冒険が!」


 目をギラギラと輝かせ意気込むように、声を発した少年の名は多桗ただ真司。今年の私立ダンジョン学園の新入生の一人である。

 背は170cmほどで中肉中背、髪は黒髪で短め。イケメンかと十人に尋ねれば六人くらいが、どちらかといえばイケメン。と答えるくらいの容姿の少年である。


 真司は入学式開始ギリギリながらようやく会場に到着すると、両扉の扉を両手で押し会場のホールの中へと入る。

会場は広々とした大ホールで収容人数は千人を越える。


「君は新入生だね。新入生はこの正面の空いている席に自由に座ってくれ」


 入口の真横に立っていたスーツ姿の男性が渋みのある声で話しかけた。


「あっ、はい。わかりました」


 真司は身長190センチほどある胸板の厚い男性を見上げながら言った。


(でけぇ……この人も教師か。たぶん攻略科の教師だろうな)


 真司の予想した通りこの男性は攻略科の教師である。ダンジョン攻略科には一般教養科目に加え、ダンジョン攻略のためのカリキュラムがいくつも組み込まれている。そしてそれを教えるのは全て元ダンジョン攻略者なのである。


 真司は指示通り真っ直ぐ進むと上から新入生用の席を見渡す。しかし開始時間ギリギリのため前方はすべての席が埋まっているので真司は後方の空いている席を探す。

 新入生用の席には幾分余裕があるので後方であれば空いている席はすぐに見つかった。 そして真司は1番近い空いている席へと真っ直ぐに進み、そこへと腰を下ろす。


「入学初日から社長出勤とは大したもんだな」


 真司が腰を下ろすと同時に、隣の男子生徒が慣れ親しんだ友のように話しかけてきた。

 もちろん知り合いではない。この学園の圧倒的に多い受験者数と高い倍率では、中学時代の知り合いがいるなんてことはかなり低い確率だし、そもそも真司の中学の同級生は一人もいない。


 真司は挨拶してきた隣に顔を向ける、話しかけてきた男子生徒は、根元は黒く髪の毛の先だけ金髪。そして見るからに不良っぽい風貌をしている。ガタイはかなりよく、立てば背も180cmくらいはあるだろう。


「ちゃんと案内を見ながら来たんだけど迷った。想像よりだいぶ広いんだなこの学園」


「広いって、そりゃ入試の時にここに来て見てるはずだろ。それに方向音痴じゃ、攻略者は務まんねぇぜ」


「……そうだな。でも方向音痴は治そうとして治るもんでもないだろ」


「そりゃそうだ。おっと自己紹介がまだだったな俺は剛力あずま、東でいいぜ」


「俺は多桗真司、真司でいいよ」


「そんで俺の右に座ってんのが、前田慶瞬けいしゅんだ。さっき友達になった」


 見た目はちょっとあれだが東はかなり気さくな性格で、すぐに人と打ち解けられる。というかかなり馴れ馴れしいタイプの人間である。

 その証拠に、東のもう片方の隣の男子ともすでに無理やり打ち解けていた。


「よろしく前田慶瞬です」


 ペコリと頭を下げた前田慶瞬という生徒は礼儀正しく挨拶する。

 慶瞬は東とは対照的で真面目で大人しそうな雰囲気の少年。肌は割と白く髪もサラサラで顔立ちもかなり整ったまさに美少年。


「よろしく慶瞬」


 真司は礼儀正しく挨拶してきた慶瞬に合わせ、軽く頭を下げ挨拶を返した。


「ところで、さっき東君とも能力の話をしてたんだけど。真司君がダンジョン内で使えるアビリティとタレントってどんなものなの?」


「そうそう、さっきまでその話をしてたんだ!ちなみに俺のアビリティは超攻撃特化の爆裂魔法。遠距離でも使えるんだがまだ難しくてな…とにかく近くの触れたものをドカンだ。そんでタレントは……んー、そうだなまだ内緒だ」


 東は自信満々に自身のアビリティを答える。タレントにはかなり自身がある様子で、隠し事が苦手そうな割にタレントについては後のお楽しみだと言って秘匿した。


「えっと、僕は東君ほど派手じゃないんだけど、攻撃とか援護とかの魔法全般の適正が高くて、使える種類も結構多いんだ。あとタレントって程じゃないかもしれないけど、魔法力の回復と魔法の連射速度普通の人より高いんだ」


 慶瞬の大人しい性格からいって、かなり謙遜しているようだが、つまりはこういうことである。

 魔法適正が人並み外れてあり、かなりの速度で魔法を連射できて、魔法力もすぐ回復するのでかなりの高火力を発揮できるということだろう。


「それは充分凄えタレントだろ!嫌味か!」


 東も当然本気で嫌味と言っている訳ではないが、慶瞬は慌てて否定する。


「えっ?嫌味とかそんなんじゃ。そ、それで真司君は?」


 嫌味かと言われ慶瞬は慌てて話題を真司に振る。東とは対照的で自慢をするのはあまり得意ではないのだろう。


「……えーっと、俺は────」


 バタンっ


 なんと説明すればよいのかと、答えを考えていると、後方にあるホールの入り口の扉が勢い良く開かれる。


「うおっ!びっくりしたぁー」

(やめてくれよ。俺大きな音は苦手なんだ)


「真司驚き過ぎ。こっちが驚くわ!」


 真司は5年前のある出来事がキッカケで大きい音や背後から近づいて来る足音などを非常に苦手としている。それを見た東が口元をニヤニヤとさせて言った。


「はぁはぁ、何この学園広過ぎ!地図見てきたのに全然辿り着かなかったよ!」


 ホールの中の人が一斉に振り返ると、そこにいたのは息を切らし額に汗を滲ませる一人の少女だった。

 線が細く華奢な体つきで、髪は茶色のショートカットの活発そうな少女。

 少女は、ホールの人が一斉に振り返ったことに気付くと、急に顔を赤らめ恥ずかしそうに、コソコソと小動物を思わせる動きで動き出す。

 そして真司同様、入口の横にいる教師に指示され正面の空いている席を探す。そして入り口から一番近い真司のもう片方の隣が空いていることに気づき近付いてくる。

 既に後ろに振り返っていた生徒もほとんどが前を向いているにも関わらず、少女は未だ恥ずかしそうに身を屈めながら真司の横へと立つ。


「すいません、この席空いてま───えっ、嘘?し、真司君?」


 少女は口元を両手で押さえ、目を見開き驚きを露わにする。


「……そうだけど。何処かで会ったことある……?」


 しかし真司の記憶にこの少女はいない。中学の同級生はこの学園にはいないし、小学校はほぼ中学と同じ面子であるが、この少女のことはやはり記憶にない。

 あったことがあるとすればそれ以外、真司は己の記憶を辿るように目を細め少女を見つめる。


(……やっぱり記憶にない。誰だこの子?)


 しばらく2人は見つめ合った形になるが、少女は顔を赤らめると急いで顔を逸らし前に向き直った。


「あっ、えーっとその、私の勘違いです。友達のシンジー君に似ていたんです。気にしないで。あははは〜。あっ、そろそろ式始まりそうですね」


 真司の記憶にはない隣の少女は、わざとらしく笑うとそのまま話題を逸らす。あまりに白々しい態度をとる少女が未だ気掛かりではあったが、実際式が始まりそうというのは本当で、壇上には黒いスーツを着た女性教師が立っていた。それにあまりしつこく聞くのもどうかと思い真司はそれ以上追求するのはやめた。


「ぷっ、地図を見ながら道迷うなんてお前と一緒だな真司」


 東はニヤニヤ笑いながら真司をからかう。


「うるせえ」


 真司はからかう東の脇を、肘で強めに小突いてそう言い返す。その声に少女は反応しキョトンとした顔で振り向く。


「えっ?」


「ごめん、なんでもないよ。こっちの話だから」


 先程とは立場が逆転し今度は真司が話を逸らした。




 新入生が全て揃ったことを確認するとすぐに入学式は開始された。ちなみに会場に到着した順番は、真司の隣の少女がビリで真司がビリから2番目である。


「それでは全員揃ったようなので入学式を始めます」


 大ホールの壇上で、マイクの前に立つ若い女性が宣言し入学式は始まる。

 ダンジョン攻略のための学園といっても、入学式は普通の学校と大差ない。挨拶して始まり、壇上で誰かが話す。そしてまた別の誰かが話し、さらに別の誰かが話す、それの繰り返しである。

 そして式は何事もなく淡々と進んでいった。そして入学式も後半に差し掛かり、学園長挨拶が始まる。


「それでは学園長、お願いします」


 進行役の教師に呼ばれ登壇したのは、真っ赤なロングヘアーとワインレッドのパンツスーツでバッチリ決めた女性。全身真っ赤だが不思議とそれに違和感はなく、それどころか真っ赤であることが自然であるかのように見事に着こなしている。


「あれが学園長かぁ。なんでも物凄い攻略者だったんだろ?理由は知らないけど、5年くらい前に急に引退して現役から退いたらしいな」


 声を潜めながら東は真司に問い掛ける。慶瞬は見た目通り真面目で式にも集中しているので、東が何度もコソコソ話しかけてくるのは真司の方ばかりになっている。


「……あぁ……そうらしいな」


 真司は両拳を握りしめ怒りと恐怖が混じった瞳は、東へは向かずただ前を見据えている。


(あの人が引退した理由ね……。よく知ってるとも。なんせあの人がいなかったら俺は5年前のあの時死んでたんだから)


 そんな真司の瞳の先では学園長がマイク置きからマイクを外し、右手に持ち口を開く。


「初めまして入学生諸君、私立ダンジョン学園入学おめでとう。私がこの学園の学園長赤土朱夏あかどしゅかだ。君らも長話は好きではないと思うので手短に挨拶させてもらうとしよう。最後のクリスマスと呼ばれたあの日の惨劇から15年。我々は未だゲートの中に存在するダンジョンの謎を解き明かせてはいない。ダンジョンは何階まで続いているのか?果たして終着点はあるのか?ゲートを閉じることは可能なのか?我々人類はその謎を解き明かすことができずにいる。だからこそ私や教師一同は、いつか君達がダンジョンの謎に迫れるよう、最大限サポートしていく。才能ある君たちが、立派な攻略者にならんことを心より願っている」


 千人以上収容できる大きさを誇る大ホールの壇上で、赤土は堂々たる挨拶をした。

 学園長というには少し言葉遣いが乱暴だったが、不思議と赤土から違和感を感じない。


 学園長の挨拶というので、長々話すだろうと多くの新入生が考えていたものの、初めの宣言通り挨拶は短く終わった。その後新入生代表の挨拶や在校生代表の挨拶など、淡々と式は進んでいき入学式は無事終了した。




「えー、それでは、今担任の先生から発表があった通りのクラス編成となります。先生方の指示に従いそれぞれのクラスに移動してください」


 式の後半にあったクラス発表では、生徒それぞれの名を担任の教師が呼びクラスが発表された。

 クラスはA〜Dの4クラスで、1クラス40人である。A.Bクラスはダンジョン攻略科。モンスターと戦いダンジョン攻略をしていくクラス。攻撃魔法や回復魔法の使える生徒が所属している。

 Cクラスはダンジョン支援技能科、こちらの世界で作った銃や刀全てが無力化される中。唯一ダンジョン内で使える刀や鎧を精製できるアビリティを持つ生徒のいるクラス。

 Dクラスはダンジョン研究科、ダンジョン内にいるモンスターやダンジョンの研究。それら全てを一手に担う研究科クラス。


 そして戦闘系のアビリティを持つ真司はダンジョン攻略科で、そしてAクラスの担任から名前を呼ばれた。

 ちなみに東と慶瞬も真司と同じAクラスだった。


「3人ともAクラスかぁ!これからよろしくな」


 ようやく式が終わった開放感から、大きく伸びをした東が嬉しそうに笑って言った。


「なんかお前とは同じクラスになるような気がしていたよ」


 真司も笑って東に返答し、全く同じことを考えていたという顔で慶瞬も頷いた。


「なんかすでに、腐れ縁になりそうな予感がするよ」


 慶瞬は苦笑いして答える。


 すると、3人の会話が耳に入ったようで真司の隣に座っていた少女が、真司達の方へ向いた。


「あのっ、3人ともAクラスなんですか?私もAクラスなんですよ。灰音杏花はいねきょうかって言います。よろしくお願いします」


 それを聞いていた隣の少女、灰音杏花も真司達と同じAクラスだったようで。杏花はペコリと頭を下げて3人に挨拶をする。


(灰音杏花……やっぱり聞いたことない名前だ……。普通の女の子にしか見えないけど、この子も攻略科なんだ)


 クラス発表の時に女子の名前が何人もあったため、女子がいることに驚きはしなかった。しかし、ダンジョン攻略科に来る女子はみな男勝りのムキムキな女子ばかりだろう。

 そんな勝手な思い込みをしていた真司は、いたって普通の少女にしか見えない杏花を見て意外に思う。

 別に全員が全員モンスターと殴り合いをするわけではない。攻撃魔法や回復魔法を得意とする人間だってダンジョン攻略には欠かせない。だからダンジョン攻略科といえども誰しもが筋骨隆々である必要はない。その勝手なイメージを真司は改めることにする。


「それでは1-Aの皆さん、これから一年使う教室へ案内します。遅れないで付いてきてくださいね」


 真司達3人と杏花が挨拶をし終えた頃、優しそうなおっとりした雰囲気の1年A組の担任に呼ばれた生徒40名は立ち上がった。そして担任の指示のもと、一斉に自分達のクラスへと移動を開始する。希望と緊張入り混じるなか真司は歩み始める。

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