無知の恐怖
拍子抜けとはまさにこのことを言うのかもしれない。
剛司は友恵の発した言葉の意味が理解できなかった。
「な、何を言ってるんですか、友恵さん。憧ならあそこに……」
剛司が指した先には俯いたままの憧が今も佇んでいる。
丁度、パラグライダーの機体と剛司の真ん中辺り。
たった今、友恵は憧の真横を素通りしてきたはずなのに。
「源さんがどうかしたの?」
「えっ……げ、源さんって、僕は憧を――」
「どうしたんだ? 二人とも」
憧の後ろから青羽が近づいてくるのが目に入った。友恵の言っていることを考えながらも、剛司は手前の憧に視線を移す。憧は依然として佇んだまま動く素振りを見せない。
そして剛司はさらなる衝撃を目撃した。
青羽が友恵と同じように憧を素通りしたのだ。
近づいてきた青羽はゆっくりと口を開いた。
「そういえば、空美さんはどこにいったのかな? もしかして、一人でトイレ行っちゃったとか?」
青羽と友恵の言葉が剛司には未だに理解できなかった。
今言えることは、二人には憧の姿が見えていないと言うこと。
そして剛司には憧の姿がはっきりと見えていると言うこと。
これは夢なのか?
ふとそんな考えが剛司の脳裏をよぎる。
剛司は自分の頬っぺたをつまみ、思いっきり引っ張ってみる。
痛みを感じた。ということは、今起きているのは現実。
その時剛司は一つの可能性に気づく。
こんな非現実的なことができる人が、この場に一人存在していることに。
憧が魔法を使ったんだ。
魔法のせいで二人には憧の姿が見えていない。
そう考えると剛司の中でも納得がいく。
憧の隣を通って来ているのに青羽と友恵が気づかないのは、憧が何かを仕掛けたとしか剛司には思えなかった。
「す、すみません。ちょっとだけいいですか」
剛司は青羽と友恵に腰を折ってから、憧の元へと駆け寄る。近寄ると憧が震えていた。俯いたまま身体を震わせ、握り拳を作っている。
もしかしたら恐怖で怖くなってしまったのかもしれない。憧がその気持ちを抱いた結果、自分の姿を隠したとしたら。
青羽と友恵に気づかれないよう、小声で剛司は話しかけた。
「憧、どうしたの? どうして魔法なんか使ったのさ」
「……魔法?」
「そうだよ。青羽さんや友恵さんに憧が見えてないっておかしいよ」
「…………」
黙り込んでしまう憧の手を剛司は握る。
その手はとても冷たくて震えていた。
「憧……頑張ろうよ。飛べるって。きっとで――」
「ごめんなさい」
剛司の言葉を遮った憧は勢いよく剛司の手をはらうと、車で来た道を駆け下りて行った。
剛司は暫く動けなかった。
どうして憧が謝ってきたのだろう。
癇に障ることを言ってしまったのかもしれない。
でも何が悪かったのか。剛司は全く理解できない。
「剛司君……その、なんていうか……」
青羽は躊躇いながら剛司の肩に手を置いた。
現状が理解できない剛司は、青羽に何も言うことができない。
それでも言えることを言おうと剛司は口を開く。
「すみません……今日は中止でお願いします。お金は五人分払いますので」
「つ、剛司君!」
青羽の手を払った剛司は、駆け下りて行った憧を追いかけた。
ひたすら続く山道の足場の悪さに足を取られそうになるも、必死に先を行った憧を追いかける。おそらく憧が向かったのはログハウスだ。途中でログハウスに繋がる道があると、以前青羽が言っていたのを思い出した剛司は、必死になってログハウスを目指し駆け下りる。
疲労が足に溜まっていく。
足が徐々に重くなっているのがわかる。
それでも疲れは感じなかった。疲れよりも憧のことで頭がいっぱいだった。
どうして憧は青羽達から姿を隠したのか。
先程は魔法のせいにしてしまった。だけど今考えるとそれはあり得ないことだと剛司は思った。
憧は言っていた。
人間界で魔法を使うことはいけないと。
ずっと魔法を使わずにログハウスで落とし物の持ち主を待ち続けた憧が、そうやすやすと禁忌を犯すはずがない。それだと別に理由があるのかもしれない。剛司には見えて、青羽と友恵には見えない理由が。
暫く道なりに下っていくと、ログハウスと思しき建物の屋根が剛司の双眸に映った。おそらく憧はここにいるはず。もしいなければ、剛司は憧から理由を聞き出すまでログハウスに居座り続ける。その覚悟は既にあった。
剛司は憧に飛んでほしいと思っている。
あんなに強く変わりたいという思いを打ち明けてくれた憧。
強い意志を持っていた憧がこんなところでへこたれるわけがない。
強い意志を持っている憧は自分よりも強いはず。
ログハウスの前へとようやくたどり着いた剛司は、肩で息をしながらゆっくりと歩を進め、ドアの前に辿り着く。乱れた呼吸をどうにか整え、ドアノブに手をかけゆっくりと押した。
ドアに鍵がかかっている様子は一切なく、ドアはゆっくりときしみながら開いた。
部屋の明かりはついていなかった。しかし目の前のテーブル付近に明かりが灯っているのが見える。おそらくデスクライトの明かり。剛司はその付近でテーブルに突っ伏している憧の姿を確認した。
「憧……」
そっと声をかけるも、憧は顔を上げようとしてくれない。静寂の中に響く鳩時計の振り子の音が剛司の胸を突いた。そして微かに聞こえる鼻をすする音が、さらに剛司の胸を苦しめる。
憧は泣いている。
そんな憧にどう声をかければ良いか、剛司は考えても言葉が浮かんでこなかった。それでもどうにか憧と話をしようと思った剛司は、テーブルに投げ出されていた憧の手を握った。
「あのさ、さっきはごめん。その、いきなり魔法で青羽さん達には見えない様にしたって言って。違うんだよね。憧は魔法を使っていない。そうだよね?」
鼻をすする音が止んだ。
暫く待っていると憧が伏せていた顔を上げ、剛司の方に身体を向ける。
憧は俯いたままだった。そんな憧の手を剛司は強く握った。
「どうして青羽さん達には憧の姿が見えなかったの?」
どうか顔を上げて答えてほしい。その気持ちを憧に伝えるため、手に力を込める。
握手は言葉よりも身近なコミュニケーション。
友恵が言っていた言葉は決して間違っていない。
剛司はそれを連日実感していた。だから憧は答えてくれるはず。
「わからないの」
俯いたまま憧は口を開いてくれた。
ほっと息を吐いた剛司は、憧の手を握りなおす。
「わからないってことは、憧の意志ではないってことだよね?」
憧はゆっくりと首肯した。剛司は続ける。
「それじゃ、やっぱり魔法ではないってことだよね。でも、どうして見えなくなったんだ――」
「それは思いが込められていないからじゃ」
突然見知らぬ声がログハウス内に響いた。剛司は声のしたドアの方に視線を向ける。憧も顔を上げ、ドアの前に屹立する人影に視線を移した。
「だ、誰ですか?」
「ふむ。その様子だと話していないみたいじゃな、憧」
「……はい。機関長様」
憧の言葉に剛司は目の前にいる人物が誰なのかようやく理解した。以前、憧が言っていた教育機関の偉い人。その人が今このログハウスに来ている。
剛司は改めてその姿を視界にとらえる。剛司が想像していた通りの魔法使いの姿がそこにはあった。とんがり帽子を被っていて、黒いマントをはおっている出で立ち。機関長に相応しい相貌をしていた。
「まず何から話そうか。そうだ、憧よ。どうして手紙の返事を出してこなかった」
「そ、それは……」
剛司は偉い人の言う言葉が全くわからなかった。二人の会話に入っていけない。
「答えなくてもいい。おおよその検討はついとる。しかし約束は約束じゃ。これ以上伸ばせないのはわかってもらわなくては」
偉い人の言っていることが剛司には理解できなかった。主語を抜いて話しているということは、憧にはわかる内容を話していること。それだけは剛司にもわかる。
「すみません。ちょっといいですか」
剛司は二人の会話に割り込んだ。このまま置いてきぼりにされるよりは、しっかりと理解して話を聞こうと思った。
「そうじゃな。
「は、はい」
「君は憧の初めての人になったんじゃろ?」
「……はい」
「そうか。なら、憧からある程度は話を聞いたんじゃろ?」
偉い人の双眸が剛司を射ぬく。まるで全てお見通しと言わんばかりに注がれる視線を、剛司はたまらず自分から逸らして憧に向ける。
憧は首肯した。おそらく言っても問題ないということ。そう受け取った剛司は偉い人に視線を戻して言った。
「はい。憧が魔法使いだということを聞きました。それと、魔法使いは仕事を成し遂げる為に人間界に来ていると」
「ふむ。それだけか? 聞いたのは」
剛司は再度、憧に視線を向けると憧はまた首肯してくれた。それを信じて剛司は全て話そうと腹を決めた。
「いえ。仕事を成し遂げられなければ、魔法界に帰らないといけないということ。それと魔法界の人達が婚約者を見つける為に人間界に来ていることも聞きました。それと……憧は空を飛ぶことができないことも」
これが剛司の知っている全てだった。これ以上のことは憧から聞いたことがない。全てを打ち明けたと剛司は思っていた。
しかし偉い人はニヒルな笑みを浮かべた。何がおかしいのか剛司には理解ができなかった。
偉い人はドアをゆっくりと閉めてから、部屋の明かりをつけた。剛司の瞳が小さくなる。
「まだ聞いてないことがあるみたいじゃな」
そう言った偉い人は、憧と剛司の近くまで歩を進める。そして机の上に溜まっていた手紙を手に取ると、剛司に差し出してきた。
「そこに全てが書いてある」
そう言い残した偉い人は、紅茶を淹れてくれと憧に頼んだ。憧はゆっくりと立ち上がると、キッチンの方に向かい、紅茶を淹れ始めた。
手渡された手紙をゆっくりと開けた剛司は、その内容をゆっくりと読む。そこには剛司がまだ知らない情報が書かれていた。
「何だよこれ……」
剛司はグッと気持ちをこらえる。
どこかで安心していたのかもしれない。
憧と出会ってから今日まで全てが順調に進んでいたと思っていた。
だからこそこのままいけば憧を変えることができる。
きっと空を飛べるようになる。
仕事を成し遂げることができ、人間界で夫婦の関係となる大切な人を見つける権利を得られる。
その手助けができれば、自分もまた変われるのではないか。そんな思いがあった。
誰でも努力すれば必ず報われるはず。たとえ時間がかかっても、一歩一歩前に進んでいければ必ず成し遂げられる日は来る。そう信じ続けていた剛司の考えが崩れ落ちるには、十分な手紙だった。
努力だけでは決して変えることができないこと。
唯一変えられないものは存在する。
「憧にはもう時間がないんじゃ」
偉い人の言葉が剛司の胸に突き刺さる。
時間という止まることを知らない有限の中で、剛司も魔法使いも生きている。
その運命に抗うことは許されない。
手紙には今月末までしか、憧が人間界にいることができないと記載があった。今月末。七月三一日までしか、憧は人間界にいることができないと。
「お待たせしました……ローズヒップティーになります」
「おお、すまんの」
憧が淹れてくれたローズヒップティーを口に含んだ偉い人は、大きく息を吐いた。
「年寄りにはこの酸味がたまらん。わしも若い頃は、砂糖やはちみつで甘さを求めていたが」
そう言いつつ、再度口にカップをつける偉い人を剛司は見続けることしかできなかった。
「剛司君も……どうぞ」
「憧……」
憧はそのままカップを置くと、キッチンの方へと戻ってしまった。話しかけづらい雰囲気をお互いに感じていた。現に剛司は何をすべきなのか全くわかっていなかった。
そんな中、偉い人はカップを置くと剛司の方に鋭い視線を送ってきた。その視線に剛司は身震いを感じた。とてつもない威圧感に逃げ出したくなった。
「君に話しておこう。憧に限らず、人間界で仕事をする期間は三年間と決まっておる。一五歳になった少年少女達は、その日の午前零時に人間界へと送りこまれ、三年間与えられた場所で暮らし、与えられた仕事をこなす。そして一八歳になった日、仕事を成し遂げた者は人間界にいすわる権利を得て、そうでない者は魔法界に帰ることになっておるんじゃ」
少し喋りすぎたと呟いた偉い人は、ローズヒップティーに口をつけると大きく息を吐いた。
剛司は偉い人の言葉が上手く頭に入っていなかった。突然のことに色々と動揺しているからなのかもしれない。どうにか落ち着くために、憧が淹れてくれたローズヒップティーに口をつけた。
「うっ」
「ほっほっほっ。若者にはちょっと酸っぱいじゃろ」
笑みを見せる偉い人の言葉がすっと入ってきた。舌に残る酸味に意識が集中したお蔭かどうか知らないが、少しは落ちつけたと剛司は思えた。
「その、機関長様に聞きたいことが――」
「わしは人間界の機関長ではないぞ」
「そ、そうですね。あの、お名前を」
「名前……そんなものわしにはない」
「な、ないって。どうしてですか?」
「名前は昔に捨てた。皆からは偉い人とか機関長様と呼ばれておる」
剛司にはいろいろと疑問に思う点がいくつかあったが、とりあえず今は偉い人と呼ぶことにする。
「それじゃ偉い人に質問なんですが、憧の誕生日って七月三一日ってことですよね?」
「そうじゃな。それは間違いない」
そうだとすれば、三週間しか憧には猶予がないことになる。さらに剛司は質問を続ける。
「えっと、今日憧とパラグライダーをやろうと思っていました。僕は憧の力になりたくて、パラグライダーなら何とか克服できると思ったんです。ですけど飛ぶ直前に憧の姿が見えなくなってしまったんです。どうして見えなくなったんですか?」
剛司の質問に偉い人は目を丸くした。そしてニヒルな笑みを見せてから話し出す。
「普通の人間には憧の姿は見えない。当然のことじゃ」
「い、言ってる意味がわからないんですけど」
「言葉の通りじゃ。人間に魔法使いは見ることができない」
「それじゃ、どうして僕は見ることができるんですか。それに、僕の友人達も憧の姿を見ることができました」
偉い人の言っていることは筋が通っていない。明らかにおかしい点があると剛司は指摘する。
「おお。そうじゃったな。言ってないことがあった。はじめにも言ったが、思いが込められていないから。初めて君と憧が出会った物が関係しているんじゃよ」
「物……もしかして、靴のことですか?」
「そうじゃな。今回は靴だったか。それが魔法使いを見るための鍵になっておる。対になるものには深い思いが込められとる。その思いに深く関わっているものには、憧の姿が見えるんじゃ。今回だと君とその友達が当てはまる」
剛司は偉い人の言葉を理解した。だから青羽や友恵には見えなかったのだと。
剛司の靴は光と亮と朋の三人がくれた大切な物。その大切なものには当然、三人の思いは詰め込まれている。青羽達にはそこまで深い思い出がないのは当然のことだった。
でも、それだとおかしな点があることに剛司は気づいた。
「でも偉い人の言っている通りだと、青羽さん達には最初から見えていないんじゃないですか?」
「そうじゃな。まだ言ってなかったことがあったの」
笑ってごまかそうとする偉い人に剛司は辟易する。まとめて話してほしいという思いが募る。
「対になるものの持ち主に憧が触れている間は、憧は人間界の全ての人に見えるのじゃ」
剛司はその事実を受け止めるしかなかった。パラグライダーをする直前まで剛司は憧の手を離すことは一度もなかった。それはショッピングに行った時も同じだった。常に憧とは手を繋いでいた。唯一手を離したのはクレープを買う時だけ。今思うと、あの時店員のおじさんは憧がいないと言っていた。あの時に少しでも疑えばよかったのかもしれない。
剛司は気づかなかった。憧が他の人には見えないと言う事実に。それは同時に剛司に絶望を突きつけるよなものだった。
「それじゃ……憧がパラグライダーをするのって……」
「そうじゃな。普通に考えれば無理じゃ」
偉い人からの宣告は、憧を救えないと言ってるのと同じことだった。剛司は抗う術がなかった。今までの考えが全て崩される。変われると思ったけどやはり無理だった。
そもそも甘えた考えをしていた剛司がいけなかった。憧の力になってあげたいと思った。一歩一歩進めればどうにかなるはず。そう信じて疑わなかった。憧はあんなにも頑張っていたのに、あんなに傍にいたのに、剛司は時間がないことに気づけなかった。時間がないことを憧は隠していた。それは剛司に心配をかけないためだと嫌でもわかってしまう。
剛司は握り拳を作った。
悔しさで言葉にならない気持ちが心中に浮かぶ。
憧と信頼関係を築けていると剛司は思っていた。しかし憧は剛司に隠し事をしていた。それは剛司に全幅の信頼を寄せていなかったから。信頼されていると勘違いをしていた自分の甘さが生んだ問題。
「憧が仕事をこなすことは……もうできないんですか?」
「憧が仕事を達成するのは無理じゃな。もう落とし物は落ちてこない。取りに来るのを待つしかない」
「どうしてそんなことわかる――」
剛司は自ら言葉を話すのをやめた。
憧は言っていた。
魔法界の仕事については偉い人が決めている。
それならば今後の憧の仕事についてどうなるか。
偉い人は全て把握しているはず。
突きつけられた事実を、剛司は受け入れるしかなかった。
「それじゃ、わしはもう行くとする。憧よ、月末の日付が変わる直前に迎えに来る。支度をして待っておるんじゃぞ」
そう言い残した偉い人は、腰を上げるとゆっくりとドアの方へと向かった。ドアノブを引くと、外から眩しい光が差し込んでくる。
時刻は午後一時を過ぎていた。
外から太陽の光が差し込み、入口付近を明るく照らしている。
剛司は諦めたくなかった。偉い人の言うことに納得がいっていない。まだ偉い人に聞いていないことがある。
ドアが閉まる直前、剛司は席を立ってドアに向かって走った。
「ちょっと待ってください」
「何じゃ?」
ドアをあけると、すぐ目の前に偉い人がいた。まるで剛司が来るのを待っていたかのように悠然と屹立している。ドアを閉めてから剛司は偉い人に向けて、言いたいことを言った。
「他の魔法使いは高校に通うのが仕事と聞きました。でも、思い出も何もないはずです。魔法使いの姿を見ることはできないですよ」
剛司は正論を言っているつもりだった。今まで聞いたことを合算すると、剛司の言っていることに間違いはないはず。だからこそ剛司は偉い人に問いただした。
偉い人はすまし顔になった。今日初めての見せた表情に剛司は少しだけ期待した。しかし偉い人はニヒルな笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「人間に見える、見えないについては憧にだけ適応されることじゃ。他の魔法使いには適応されない」
「そ、そんなのおかしい。魔法使いはひいきをするんですか。憧はずっと頑張ってきたと思っています。なのに、どうして憧だけ……憧だけがこんな目に遭わないといけないんですか」
絶対におかしいと剛司は思う。いくらなんでもひどすぎる。魔法使いの中でこんな扱いをされる憧が可愛そうで仕方がない。
剛司の問いに、偉い人はゆっくりと答える。
「これは憧だけに課された指名なのじゃ。空を飛ぶことが、どれだけ魔法使いとして当たり前のことか。飛べない魔法使いはただの屍を意味する。だからこそわしは憧に試練を課した。魔法使いであるが故に、乗り越えなければいけない試練を」
魔法界にはいろんなルールがある。いくらこちらが何を言ってもルールがあるならそれに従わなければならない。どうしてルールがあるのだろうか。ルールさえなければ、憧がこんな目に遭うこともないのに。
「それじゃ、わしはもう帰る。頼んだぞ、憧のこと」
「えっ」
瞬間、突然偉い人の身体が光を放った。眩しくて目を開けてられなかった剛司は、たまらず目をつぶる。そして開けた時には、既に偉い人はいなくなっていた。
「何だよ……」
剛司は自分の腿を思いっきり叩いた。痛みが徐々に広まっていく。偉い人の言うことに剛司はひどい怒りを覚えた。
頼んだと言われても、剛司には何もしてあげられることはない。これまで憧の恐怖を消してあげることが唯一の希望だと思っていた。それが今日失敗に終わってしまった。
もう駄目なんだと思う。
結局自分は変わることができなかった。
憧という同じ志を持った人と出会えて、自分でもできると浮かれていたのかもしれない。
大きく息を吐いた剛司はその場に腰を下ろすと、大の字で寝ころんだ。
葉擦れの音が剛司の心を徐々に落ち着かせてくれる。
澄み切った空気がとても美味しい。
木々の間から差し込む木漏れ日が、神秘的な空間を作り上げる。
それでも、今の剛司には何も思い浮かぶことがない。
どうすればいいのか、わからない。
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