顔合わせ

                ◇◇◇◇◇


「なあ、どんな女なんだよ? 可愛いのか? 可愛いんだよな?」

「……可愛いと思うよ」

「よっしゃ!」

 亮の勢いに押され、剛司は普通に答えてしまう。

「で、でも彼女は人に慣れていないんだって。だから一ノ瀬君はもっと自重してほしい」

「わかってるって。いやー剛司にもついに女ができたか」

「だからその言い方やめてよ。違うから!」

 亮の発言に剛司は初めてといってもいいくらい、苛立ちを覚えていた。やはりチャラ男は連れてこないほうがよかったかもと思う。

 日曜日。剛司達四人は目的地のログハウスに向け、山道を登っていた。

 前日の土曜日に剛司から連絡を受けた朋は、すぐに光と亮に連絡を入れた。二人とも剛司の行動力に驚いていたが、剛司に協力すると二つ返事で答えてくれた。そして今日、再びパラグライダーをするために四人は集まっている。

 青羽あおばパラグライダースクールへの連絡も朋が行ってくれた。通常だと二日前までの予約だったけど、青羽は問題ないと言ってくれ、無事にタンデムフライトの申し込みができた。

 全てが剛司の想定通りに動いている中、ついに剛司以外の三人が憧と対面することになる。憧のことについて剛司から話していないため、三人は憧が魔法使いということは知らない。話さなければいけない時に自分で話すと憧は言っていたから、剛司は憧の意見を信じることにした。

「おっと。目印発見」

 亮は光が巻きつけた黄色のリボンを見つけると、慣れた足取りで林をかき分けて行く。剛司も亮の後に続いていく。そして暫く歩くとログハウスが見えてきた。

 剛司にとっては一日ぶりログハウス。

 初めてここに来たときは、こんな場所にひっそりとたたずんでいる家がとても不思議だった。しかし流石に三回目となると不思議な感覚ではなく、友人の家に遊びに行くときの気軽さを剛司は覚えるようになっていた。

「着きましたね」

 光は鞄からカメラを取り出すと、写真を撮り始めた。

「何してるの?」

 剛司の問いに光は笑みを見せる。

「いや、こういうログハウスって珍しいからね。写真撮っておこうと思ったんですよ」

「あ、俺も撮ろうかな」

 光に続き、朋もカメラを構える。

「よし、記念写真撮っちゃいますか」

 亮がカメラを構える朋の前でピースサインを掲げる。

「チャラ男はいらないから」

「何だと! 風景だけ撮ってもつまらないじゃん。なあ、剛司?」

 亮が剛司に同情を求めてくる。剛司は皆の行動に、少し苛立ちを覚えていた。

「ちょっと、みんな!」

 いつもは出すことのない大きな声が、剛司から発せられる。皆が一斉に剛司の方に視線を移す。剛司は続けて話した。

「わかってるよね? 今日は五人でパラグライダーするんだよ」

「冗談だって、剛司。ほら、早く行こうぜ」

 亮の声と共に、皆がドアのある方面に向かっていく。

 剛司は皆を憧に合わせるのが不安になる。それでも自分から言いだしたことなので、剛司は皆を信じるしかないと思った。

 ドアの前に立った剛司は、皆の顔を一瞥してからノックした。

「はい」

 中から声が聞こえた。それは皆にも聞こえていたようで、剛司はほっとした。

 ドアがゆっくりと内側に開き、憧が顔を覗かせた。

「おはようございます。剛司君」

「お、おはよう。憧」

「皆さん、はじめまして。私は空美憧です。今日は本当にありがとうございます。よろしくお願いします」

 丁寧な挨拶と共に、憧は皆に向かって頭を下げた。それにつられて剛司達も頭を下げた。

「さあ、中へどうぞ」

 憧の声に導かれ、剛司達は中へと入っていく。

「テーブル席しかなくて、狭いところでごめんなさい」

「大丈夫だよ。直ぐにパラグライダーの場所に行こうと思っているし」

「そ、そうなんですね。でも、せっかく来てもらったので。紅茶入れますね」

 憧はキッチンの方に向かうと、剛司達の為にローズヒップティーを入れ始める。

「おい、剛司」

「な、何? 一ノ瀬君」

「お前……めちゃくちゃ可愛いじゃないか」

 亮は剛司の髪の毛をくしゃくしゃといじる。

「だから、可愛いと思うって言ったじゃん」

「じ、次元が違うだろ。外人さんか?」

「いや、違うから……」

 剛司は亮に何と言えばいいかわからなかった。憧はまだ自分のことを魔法使いだと明かしていない。だから剛司は皆に本当のことを言えなかった。

「でも、本当に珍しいよね。だって瞳の色が」

「そう。朋も気づいたね。自分も彼女の瞳に目を奪われたよ」

 二人が声を揃えて憧の瞳の色を珍しがる。その気持ちは剛司も理解できた。剛司自身、憧と初めて会った時にその瞳に釘付けになったから。

「ブルーアイズ。まるでサファイアが埋め込まれた瞳……」

 光は憧の瞳について何やら考察をし始めた。

「あれってカラコンじゃないの?」

 空気を読まない亮に、剛司はムッとした。

「ちょっとそれは失礼だよ。一ノ瀬君」

「冗談だって。俺も見たことないからびっくりしたぜ」

 笑みを見せる亮に、剛司はため息しか出てこなかった。

「剛司君のお友達って、とても賑やかなんですね」

 トレーを持って憧が剛司の隣にやってきていた。剛司に笑みをみせた憧はソーサーを皆の前に置いてから、その上にローズヒップティーの入ったカップを置く。

「お待たせしました。ローズヒップティーです。酸味が強いので、お好みでお砂糖をどうぞ」

「ありがとう。憧ちゃん」

「あ、い、いえ……」

 亮の発言に憧は赤面していた。トレーで顔を隠している。

「一ノ瀬君!」

「わ、悪い。いつも通りの自分でいこうと思って、つい……」

 剛司の剣幕に流石の亮も反省したのか、小さくなった。

「ごめんね、憧。みんなを紹介するね」

「はい……お願いします」

 憧が席に座ってから、剛司が光、朋、亮について簡単に紹介した。憧は剛司の説明を食い入るように聞き、皆の特徴を必死に理解しようとしていた。

 そして、次は憧の紹介。憧は何を話すのか剛司も気になっていた。

「空美憧です。その、少し前からこのログハウスで暮らしています。剛司君の落とし物を拾って、こうして巡り合えた人達ですので、是非仲良くしていただけると嬉しいです。あと、今日はパラグライダーを一緒にしてくださるということで、本当にありがとうございます。剛司君同様、皆さんとも仲良くなれたらいいなって……思っています。よろしくお願いします」

 憧がお辞儀をして、それに応えるように皆が拍手を送る。

 結局、憧は自分が魔法使いということは言わなかった。剛司も言わないで正解だと思った。別に言わなくても、こうして話すことができている。人間だろうが、魔法使いだろうが気にする必要がないことだと剛司は何度も実感する。

「それより、憧ち……空美さんと剛司の出会いを聞きたいなって」

 剛司の睥睨する視線に亮は委縮した。亮の質問に憧は笑顔で応える。

「落とし物を剛司君がここまで取りに来てくれたんです。それで剛司君の靴に対する思いを聞きました。その思いを聞いたときに、私のことについて相談に乗ってもらったんです。それでパラグライダーをやろうって話になって。皆さんのことは剛司君から聞いていました。とても仲が良い友達と窺っていたので、靴の縁もありますので是非ともご一緒にできたらなって思っています」

 憧は一気に話すと、カップを手に取りローズヒップティーを口に含んだ。

 憧は以前、自分が人に慣れていないと言っていた。それでも目の前で話す憧は、それを感じさせないくらい、すらすらと会話をすることができている。たったそれだけのことなのに、剛司は何故かとても嬉しかった。

「なるほどね。それでさ、空美さんの悩みって何だったの?」

「えっ……そ、それは……」

 憧が困惑の表情を見せ、剛司の手を握ってきた。亮の質問にどう答えるべきか憧は迷っている。そう思った剛司は口を開こうとした。

「亮の聞きたいことはわかるけど、色々あるんだと思うよ。俺達は聞くべきじゃないって」

 朋が亮の質問に割り込んできた。

 剛司は一番の親友の手助けにほっと胸をなでおろす。

「ちぇ、そうだよな。空美さんには剛司がついているもんな」

「ちょ、ちょっと……」

「おっ、お二人さん。顔赤いね。照れてるよね」

 亮のからかいに、剛司も憧も頬を赤く染めていた。

「と、とりあえず今日はタンデムで空を飛ぶことが目標だから。憧は初めてだから、みんなの飛ぶ姿を見てから飛ぼう」

「はい。今日はよろしくお願い致します」

 憧は頭を下げると、満面の笑みを皆に振りまいてくれた。その笑顔に皆が釘付けになったのは言うまでもなかった。

「それじゃ、そろそろ行こうよ」

「あのさ、剛司」

「何? 天堂君」

 光は鞄からカメラを取り出した。

「外で一枚だけ撮ろう。空美さんも含めて五人で」

「わ、私もいいんですか?」

 憧は驚きのあまり口を手で覆っていた。

「当然ですよ。今日は五人でパラグライダーに来たんですから。みんなで飛ぶ前の記念ということで」

「あ、ありがとうございます」

 憧は何度も光に向かって頭を下げた。

 光の一言で憧とは完全に打ち解けることができたと剛司は思った。これで憧も落ち着いて空を飛べるはず。皆の応援があれば必ず力になる。そして空を目指せるはずだ。

「朋、ありがとう」

 皆が席を立ち、外へと向かう途中で剛司は朋に声をかけた。

「えっ、俺なんかしたっけ?」

「さっき、一ノ瀬君がした質問の時にフォローしてくれたでしょ」

「ああ。別にいいって。剛司が何か隠そうとしているのはわかっているから」

「何でもお見通しなんだね。朋は」

「剛司とは昔からの付き合いだから。当然わかるよ。まあ、俺も詳しいことは知らないから、フォローにも限界あるけど」

 そう言い残して、朋は先を行く亮の元へと合流した。

「どうかしましたか?」

 憧が声をかけてきた。剛司は憧の質問に首を振る。

「何でもない。今日、必ず憧は飛べるよ」

「はい。頑張ります。皆さん本当に良い人達で嬉しいです」

 憧は剛司の手を取ると、笑みを見せた。

「写真、取りましょう」

 憧はもう大丈夫だと剛司は思った。今の憧は剛司以上にしっかりしている。むしろ自分がもっとしっかりしないといけないと感じるくらいだ。

 パラグライダーは安全で気軽に楽しめるスカイスポーツ。

 その体験で、憧は弱点を克服できるはず。

 剛司は憧に導かれ、ログハウスから外に出た。

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