夢の時間
☆☆☆☆☆
ログハウスに戻ってきた憧は、部屋の明かりをつけるとそのままテーブルに突っ伏した。今日の出来事がとても嬉しくて、思わず顔がにやけてしまう。
今まで人間と関われなかった自分が、初めてショッピングに行くことができた。その事実を思い出すたびに、憧はテーブルにおでこをなすりつけ、嬉しい気持ちを静めようとする。
「本当に、奇跡みたい」
憧は今日の出来事を経験できるとは思っていなかった。
仕事もまともにこなせていないし、自分に関して言えば空を飛ぶことだってできていない。
そんな駄目な憧には、訪れることがない出来事だと思っていた。
でも、憧の気持ちに寄り添って真剣に考えてくれる人が現れた。
「剛司君か……」
憧の手を引っ張り続けてくれた剛司がいなかったら、今の自分はどんな表情をしていたのだろう。ずっと憧れていることに手を伸ばすことなく、ただ代わり映えのない毎日を過ごすだけのつまらない生活を送っていたに違いない。そして、何の成果もなく魔法界に帰るだけ。そんな寂しい気持ちを抱いていたに違いない。
でも、今は剛司がいてくれる。
彼が近くにいてくれることによって、憧は不思議とできるんじゃないかと思えるようになっていた。
「本当……不思議な人だよね」
普通の人なら魔法使いと聞いただけで、関わろうとする人はいないはずだ。高校生活を送っている他の魔法使いだって、自らの処遇を隠して生活をしていると聞く。決して知られてはいけないわけではないらしいけど、魔法使いだと知られることは自分を危険に晒すのと同じこと。そう憧は母親から聞いていた。だからこそ本来は言うべきではないことなのに。憧は何かを変えたくて、剛司に自らの境遇を伝えた。その小さな一歩が、こうして今の幸せを作ってくれている。本当に剛司に出会えてよかったと憧は思っていた。
突っ伏していた顔を上げた憧は、手紙の山をあさる。
そして目に入ってきたのは、以前から返事を返していない複数の手紙。同一人物から送られてくる手紙には、憧にとって非情なことが書かれている。
憧にはまだ剛司に言っていないことがあった。
今日もそのことについて言うことができなかった。
繋いだ手を離したくない。
失いたくないという思いに憧は駆られる。
だからこそ無駄なことを剛司に言いたくなかった。
明日、全てが上手くいけば何も言わなくてすむ。
今の幸せを続けるためにも。
剛司が用意してくれた最高の舞台で自分は変わる。
空を飛ぶことができ、仕事もこなすことができ、人間界に居座ることもできる。そうなれば何も問題ないはずだ。
「頑張らないと」
憧は自分を鼓舞する言葉を発してから、脱衣所へとむかった。
時間の許す限り、憧はずっと抗い続ける。
変わりたいという強い思いを胸に。
ただ、どんなに憧が願おうとも時計の針は止まらない。
刻一刻と時を刻み続けている。
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