出会い
「うわっ」
思わず身体を丸めた剛司は、接近してくる光の玉の眩しさにたまらず目を閉じた。
白っぽい世界から、やがて真っ暗な世界へと暗転する。
ガチャ。
ゆっくりと目を開けると、先程まで浮遊していた光の玉はなくなっていた。周囲に目をくばってみるも、それらしい物は見当たらない。手元の靴を再度確認してみるも、特に異常はなかった。
「そういえば、さっき変な音がしたような……」
剛司は背中を預けていたドアから身を起こし、ドアと対面する。
先程の光は剛司に向かってきた。でも自分自身特に変わった様子がないと言うことは。
暫く熟考した剛司は、ゆっくりとドアノブに手をかけた。
もしかしたらドアの向こうに消えたのかもしれない。先程の音はドアの鍵が開いた音なのかもしれない。そんな憶測が剛司の脳内を徘徊する。
ドアノブを掴む手に力を入れて、ゆっくりと引いた。
ガンッ。
「あ、開かない」
開くと思っていたドアが開かなかった。いくら引いても鍵がかかっているのか、びくともしない。
「そんな……いや、でもさっきの音は」
鍵が開いた音にしか剛司には聞こえなかった。でも、どうして開かないのか剛司にはわからない。ドアノブにかけている手に力を入れて、もう一度引こうと思った次の瞬間、身体が思いっきり前方に引っ張られた。
「うぉっ――」
ドアノブを握る手に力を入れていたせいで、剛司は反動でログハウス内へと倒れこむ。
ぽふっ。
思わず目をつぶった剛司は、何かとても柔らかいものに身体を預けた。それと同時にほんのりとフローラルな香りが剛司の鼻孔をくすぐる。まるでお花畑にいるような居心地の良さに、剛司の意識は昇天しそうになる。
「だ、大丈夫ですか?」
柔らかい声が聞こえた。剛司はゆっくりと目を開けると、目の前には見知らぬ女性の姿があった。
「だ、大丈夫で――」
剛司は自分の状況を見て硬直した。ログハウス内に倒れ込むように入った剛司を、彼女は身を挺して支えてくれていた。剛司が目の前の彼女に襲い掛かっているように見えてもおかしくない構図。しかも剛司の顔には、女性にしかない二つの柔らかい膨らみが当たっていた。
「ご、ごめんなさい」
顔を赤面させた剛司は彼女から直ぐに身を離すと、彼女に向かって頭を下げた。
「あ、いえ……私の方こそ……」
どぎまぎとした会話が、余計に剛司を緊張させる。そして剛司は今になってドアが開かなかった理由を理解した。ドアが外開きではなく内開きだった。どうりで引いても開かないわけだ。
「あのー」
「は、はい」
顔をあげた剛司は、彼女と視線を交わす。透き通るような青色の瞳に、剛司は引き込まれていた。
そんな様子の剛司に代わり、彼女は努めて冷静な様子で剛司に質問した。
「もしかして、靴を持っていませんか?」
「く、靴……」
「はい。黄色のラインが入った靴なんですけど」
彼女の口から出た言葉は、剛司が知らないはずなかった。パラグライダーで飛び立つ際に落としてしまった大切な靴。剛司がずっと探し求めていたものなのだから。
「も、持ってます。黄色のラインが入った靴」
「本当ですか!」
彼女はほっとしたのか、先程までの堅い表情とは打って変わり、満面の笑みを浮かべていた。
「ちょっと待っててください」
そう言い残した剛司は、入口に置きっぱなしにしていたリュックサックを手に持ち、ドアの近くに転がっていた靴をもう片方の手で拾い上げた。開いていたドアを閉め、剛司は彼女の前に靴を持っていく。
「これですよね?」
「はい。その靴です」
目の前の彼女は靴が見つかって嬉しいのか、満面の笑みを絶やさなかった。持ち主の剛司よりも喜んでいる。
「実は私、あなたをずっと待ってたんです」
「えっ!? ま、待ってたって……」
「はい。先週の土曜日にこの靴を拾ってから、あなたをずっと待ってました」
「それじゃ、やっぱり君が拾ってくれたんだよね? 僕の靴を」
「はい。私が靴を拾いました」
彼女は窓辺に置いてある靴を手に持つと、剛司の目の前に持ってくる。
「土曜日の夕方から夜にかけて、一回……いや、二回この場所に来てくれましたよね?」
「そ、そうだけど……どうして知ってるの?」
剛司は理解が追いついていなかった。彼女が靴を拾ってくれたことはわかる。それでも土曜日にこの場所に訪れたとき、彼女はいなかったはずだ。夕方から夜にかけて、ずっとこのログハウスに明かりが灯ることはなかった。どうして彼女は知っているのだろうか。
剛司の疑問を悟ったのか、彼女は靴を近くのテーブルに置くと深呼吸する。そして真っ直ぐな視線を剛司に向けたまま言った。
「ずっと、待ってたので」
彼女に躊躇いはないようで、それが剛司を余計に混乱させた。
「でも、僕がここに来たときは誰もいなかった。ドアにも鍵がかかっていたし」
そもそも今日だって部屋には誰もいなかったはずだ。それなのに、突然靴が光を放ってドアが開いたと思ったら、目の前に彼女が現れた。まるで今まで剛司を待っていたかのように。
動揺する剛司に対して、彼女は躊躇いながらも話しかけた。
「……私の話、聞いてくれますか?」
「話?」
「私についてのお話。それと、靴について話したいことがあります」
「……わかりました。お願いします」
折り目正しい彼女に対して、剛司も敬語で応えると軽く頭を下げた。
「何か飲みながら話しましょう。紅茶で大丈夫ですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
彼女は剛司に微笑むと、戸棚からティーセットを取り出した。ティーポットに茶葉を入れてから、電気ポットのお湯を注いでいる。その工程を剛司はテーブル席に腰を下ろして見守っていた。家庭的な女性だなと思いつつ、改めて剛司は彼女を見た。
剛司より少しだけ小柄で細身の体躯。年齢は同い年、もしくは年下かもしれない。どこかあどけなさを感じる。
容姿も整っている彼女から溢れる不思議な雰囲気に、剛司は自然と引き込まれた。
剛司の脳内に先程の出来事が思い起こされる。顔に当たっていた二つの膨らみ。見た目では気づかないけど、意外とボリュームがあった。思い出すだけで剛司の顔は赤面していく。
「お待たせしました。ローズヒップティーです……部屋の温度、高いでしょうか?」
剛司の赤面を見て、彼女はエアコンのリモコンを手に取る。
「いえ、だ、大丈夫です。あ、ありがとう」
彼女の指摘に動揺しつつ、剛司は淹れてもらったローズヒップティーに口をつける。口に含んだ瞬間、強烈な酸味が剛司を襲った。
「す、酸っぱいですね」
「はい。ローズヒップティーは酸味が強い分、いろんな栄養が入っているので。もし酸味が強かったらお砂糖を入れてみてください。飲みやすいですよ」
彼女の指示通り剛司は砂糖を入れ、ティースプーンでかき混ぜてから口に含む。先程よりまろやかな風味になり、剛司も落ち着きを取り戻していく。
「それじゃ、お話させてください」
「は、はい」
ソーサーにカップを置いた彼女にならい、剛司もカップを置いて対面する。彼女はこほんとわざとらしい咳をすると、ゆっくりと口を開いた。
「正直に答えて欲しいんですけど……私ってどうですか?」
「えっ!?」
「ご、ごめんなさい……間違えました」
「あ、そ、そうですか」
ほっとしたような、少しがっかりしたような。そんな気持ちを剛司は抱いた。
「えっと……私って人間に見えますか?」
「…………えっ!?」
彼女の質問の意図が、剛司は本当にわからなかった。気持ちを落ち着かせるために再度カップに手をつけ、ローズヒップティーを喉に流す。
「見え……ますか?」
動揺する剛司の前で、彼女の声はどんどんか細くなっていく。先程までのしっかりした印象はもはや消え、生まれたての小鹿のようにびくびくと震えていた。
「いや、見えるも何も、こうして会話してるから人間なわけで……」
「そ、そうですよね。この世界で暮らしているんで、人間ですよね」
当たり前のことを聞いてきた彼女の気持ちが、剛司には理解できなかった。それでも、徐々に落ち着いてきたのか、彼女の震えは先程よりもおさまっている。
そして剛司が想像もしていなかった言葉が、彼女の口から紡ぎ出された。
「私が魔法使いだって言ったら、信じてくれますか?」
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