青羽パラグライダースクール

 暫く道なりに進んでいくと、目的地である場所にたどり着いた。立て看板が置いてあり、そこには『青羽あおばパラグライダースクール』と記載がある。


「さてと、到着だ」

「サンキュー」

「おつかれ」

「運転ありがとう」

 各々、光に声をかけてから車を降りる。


 改めて周囲を見渡すと、爽快な景色に心が洗われた。普段都会での生活に慣れているからなのかもしれない。爽やかな風と草木の葉擦れの音に癒される。心なしか空気が美味しい気がする。自然の中に身を投じるのは、疲れた身体を休めるのに最適なのかもしれない。

 深呼吸をした剛司の目の前には、プレハブ小屋が数軒建てられていた。光が中の人に声をかける。

「すみません」

「あれ、もしかして天堂さん?」

「あ、はい。一〇時に予約しました天堂です。少し早く着いてしまって」

 小屋から出てきたのは若々しい男だった。年齢がわからないが、二〇代と思われる風貌の持ち主だ。

「ようこそ。ここの代表やってる青羽です。早速だけど、君達何処から来たの?」

「埼玉県の花加はなかってところです」

 光が受け答えをする。

「花加ってことは、二時間くらいかな?」

「そうです。渋滞あるかなと思ってたんですけど。順調にここまで来てしまって」

「そっかそっか。まあ、今日は楽しんで。……ちょっと待っててね」

 そう言い残して、青羽と名乗った男は小屋へと戻っていった。フランクな対応に剛司の緊張が緩む。

「俺と同じ空気を感じるぜ」

「そうだね。一ノ瀬君と似てるのかも」

 亮を横目で一瞥してから、剛司は空を見上げた。

 今日は比較的穏やかな風が吹いている。パラグライダーをやったことがない剛司は、強い風が吹くのが良いと思った。しかしこんなに風が静かだと、果たして飛ぶのかどうか。

 そんな疑問を脳内で反芻していると、小屋に戻っていた青羽が出てきた。

「よし、もう準備できそうだから行こうか」

「どこに行くんですか?」

 剛司の疑問に青羽は笑みをみせた。

「テイクオフポイントだよ」


「よく来たな。青羽パラグライダー運送のドライバーを務める深川ふかがわだ」

 深川と名乗る男はSUV車を巧みに操りながら、軽快な口調で語り始めた。

「深川さんノリいいっすね」

「ユーの名前は?」

「一ノ瀬っす」

「いっちー。今日は楽しんでってちょうだい」

 助手席に座る亮とハイタッチを交わす深川は、さらにテンションを上げる。

「ちなみに、これからテイクオフポイントに向かうんだけど……っと」

 ガタっと車が大きく前後に揺れた。山道独特のくぼみにタイヤがはまったみたいだ。上下に剛司達の身体も大きく揺さぶられる。

「ごめんね、みんな。でもこれも一種のアトラクションさ。楽しんでってちょう……だい!」

 再度訪れた振動に、剛司は車の天井に頭をぶつけた。

「痛っ」

「あれれ、大丈夫? 言い忘れてたけど、両脇に座ってる人はアシストグリップに捕まってね」

 ははは、と笑みを見せる深川は助手席で興奮している亮と会話を弾ませていた。

「ごめんね。うちのドライバー、これだけが楽しみなもんだから」

 二列目に座っていた剛司達の後ろから青羽が声をかけてきた。

「だ、大丈夫です」

 乾いた笑みをみせた剛司は、ぶつけた場所を手でさする。どうやら軽く打っただけで、大した怪我にはなっていないみたいだ。

「でも、凄い体験ですよね。中々できそうにない」

 真ん中に座る光は天井に片手をあてながら、青羽の方に視線を向けた。

「そうだね。これを楽しんでくれるお客さんがいるからこそ、俺も深川のやりすぎを許してるんだけどな。普通だったらクビだよな。お客さんにあんな態度とって」

 豪快に笑っている青羽も、限りなく深川と同類ではないのかと思う剛司だった。

「フライトする場所って、高度どれくらいなんですか?」

 朋が青羽に聞く。剛司も気になって青羽の方に視線を移す。

「んーまあ、四〇〇メートルくらいかな」

「なるほど。東京タワーより少し高いくらいですね」

「そう思ってくれていいよ。君はなんか頭よさそうだね」

「よくないですよ。東京タワーの高さは常識なんで」

 咳ばらいをしつつ、光はいつも通り博識っぷりを見せつけていた。

「今日はコンディション良さそうなんで、全員飛べるはず」

「そうだぜ! みんなこれから空を飛ぶ魅力に取りつかれちまうぜ」

 青羽に続き、深川が前方から声を張り上げた。


 徐々に高度が上がるのが窓越しから見てもわかるくらいの高さになっていた。先程までいた地上にある家々がミニチュアに見える。

 これから空を飛ぶ。

 拳を握った剛司は、これから起こる感動に胸を高鳴らせていた。

「うわっ」

 突然の揺れに、剛司は窓ガラスに顔面から飛び込んだ。

「ホントごめんね、君。アシストグリップに捕まってね」

 荒い運転に体力を使い果たしそうになる剛司だった。

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