魔法の靴

 他愛のない話は、車中ずっと続いた。

 亮のバイト先のおっちゃん話や朋の大学での友人話。

 先程までの重い空気が嘘のように、車内に会話が飛び交う。

 亮のウォークマンの曲も比較的アップテンポな曲が続き、雰囲気の良さに拍車をかける。光も皆の会話に耳を傾けつつ、優雅に運転を続けていた。

 いつもこのメンバーで集まると、自然とできてしまう空間。そんな居心地の良い空間が剛司は好きだった。別に自分が主役でなくてもいい。皆が楽しそうに会話をする中に自分が存在している。空間を共有できている。それだけで、満たされる何かがあった。


 高速を降りたミニバンが細い道を進んでいく。地元の風景とは打って変わり、周囲は山に囲まれていた。都会近郊に住んでいる剛司達には山々が連なる風景を見るのは、どこか新鮮さを覚えた。これからこの大自然を鳥のように飛び回ると思うと、胸の高鳴りが止まらない。それは全員が思っていることだろう。

「さてと、そろそろ目的地に到着だけど」

 光は時間を確認する。

「まだ開始まで三〇分ありますね」

「早めに始めてくれるかもしれないじゃん。とっとと行こうぜ」

 助手席で待ちきれない様子の亮は、既にサンダルからトレッキングシューズに履き替えていた。

「ここら辺って田舎なのかな? 店らしきものが一切見当たらないんだけど」

 周囲を見渡すと、朋の指摘通り瓦屋根の一軒家が軒を連ねるだけで、お店はほとんど見当たらなかった。

「この辺りは田畑も多いし、大型店がないからこそパラグライダーに適しているんだよ。店なら少し戻ったところに色々とあったよ」

「なるほど……あ、店があるよ」

 剛司が見つけたのは比較的大きなディスカウントショップだった。看板には靴や衣類、食料品等があることが大きく示されている。

「お、剛司やったじゃん。靴買ったほうがいいんじゃね?」

「どうして?」

「だって山登るんだろ? 剛司、今日スニーカー履いてきてるんだし」

 亮の指摘通り、剛司の靴は山登りにあまり適していないスニーカーだった。

「でも、高尾山登った時もスニーカーだったよ」

「甘い……甘いぞ剛司」

 剛司の発言に異議を唱えたのは光だった。

「高尾山はそれなりに登れるかもしれない。だけど筑波山は危険すぎる。実際に自分は登ったことがあるけど、岩場が多く険しい道が続くんだ。高尾山と比べるなんてナンセンス」

「俺も登ったことがあるけど、確かに比べちゃいけないと思う……って、剛司その靴」

 朋の指摘に剛司は自らの靴を見た。


「うん。みんなが誕生日にくれた靴。僕の宝物だよ」


 昨年の誕生日。一〇代最後の記念として皆からもらった、剛司にとって大切なプレゼント。

「そんなに大切なら、履いてこないほうが良かったんじゃない。山に登ると傷ついたりするよ」

「うん。わかってる」

「わかってるなら何故?」

 朋の指摘は当然だった。普通なら大切なものは傷つけたくないし、長持ちするように使うのが普通のはず。でも、剛司には譲れない思いがあった。


「みんなと集まるときは、どんな時でもこの靴を履きたいなって思ってるんだ」


 ベースとなる黒色に黄色のラインが入った紐靴。その靴に剛司は手をかざす。

「それにこの靴を履くと、何でもできそうなきがするんだ」

 決して一人じゃない。皆からもらったプレゼントは、剛司の中でとてつもなく大きな価値のあるものに変わっていた。


「何だよそれ」

 吐き捨てるように亮の声が放たれる。

「そんな魔法みたいなこと、信じてると痛い目見るぞ」

「まあ、剛司がそう思ってるなら別にいいじゃん」

 朋が亮をなだめる。

「剛司が大切に思ってくれてるんだから。三人でお金出し合ってプレゼントしたかいがあったってことで」

「……そうだな。大切に使えよ」

 光にもなだめられ、亮は前を向くと深く腰をかけた。

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