7-2
豊穣を願って執り行なわれる秋祭りは、この村でいちばん盛大な祭典だった。
弥絵たちの住む
六時を過ぎた夕間暮れの時刻。虫の声と、遠くからお囃子の音も聞こえてくる。
村の中心部は人で賑わい、提灯や出店の明かりが薄闇を彩りはじめる。
神社へ向かう境内の途中に場所を借り、露店が軒を連ねていた。弥絵たちの小さな花屋もその中の一軒だった。
「お疲れさま、交代の時間ですよ。どう、わりと売れてます?」
宣子が声をかけた。
西谷という名の中年夫婦は折り畳みの椅子から立ち上がり、上機嫌の顔で告げた。
「今年はミニバラの出来がすごくいいから、もう終わりそうだよ」
「市価より格安っておかげもあるけどね。補充するから、欲しいっていうお客さんがいたら明日また来て、って言ってね」
よく似た顔立ちの夫婦はぺこりと会釈をすると、祭りの会場へと姿を消していった。
「あら……。ペインは、ないの?」
売り場をひととおり見回し、綾がつぶやいた。
「あ、あれは置かないんですよ」
「売れないの。地元では人気ないから」
宣子と弥絵が答える。
一志は空いたパイプ椅子に腰かけて足を組み、誘蛾灯をぼんやり見上げていた。
「人気がないの? あんなに綺麗なのに、不思議ね」
「たしかに不思議ですね」
突然響いた低い声に、一斉が注目する。
「三角さん、僕がご案内しますから、神楽を観にいきましょうか」
「あら。篠沢さん」
反応は見事に四者四様だった。嫌悪と無関心と好奇心と。
変哲もない対応をしたのは、声をかけられた当事者である綾だった。
「わたし、花売りのお手伝いで来ましたから、まだ抜けられませんわ」
「あ、いいですよ、綾さん。わたしたちでやりますから」
「だって、ふたりひと組がいいのよね? だからわざわざ来たのよ。売り子なんてしたことがないから、楽しみだったというのもあるし」
優雅に微笑み、言ってのける。
「篠沢さん、ごめんなさいね。また誘ってくださいな」
弥絵は兄の椅子の後ろから、篠沢の顔を盗み見た。内心、喝采を叫びたい気分だった。
振られていい気味だと思うものの、憎々しいことに篠沢は眉ひとつ動かしていない。
「ああ、それじゃ、明日にでもご一緒しましょう。当番はきょうだけですよね」
「判りませんけど、おそらく」
診療所へ迎えに行きますから、と言い残し、灰色の背広は遠ざかっていった。
篠沢の姿が見えなくなると、宣子が慌てた様子で綾に問いかけた。
「綾さんてば! どうして断っちゃうんです!?」
「あら、聞いていなかった? 言ったとおりなんだけれど……」
「篠沢さんにくっついていけば、神楽、特等席で見られますよ」
宣子の言葉に、弥絵は去年に見た神楽舞を思い出した。
広場に特設のやぐらが組まれ、面をつけて扮装した舞方が
小さな村の祭事とは思えないほど荘厳な舞は、たしかに一見の価値があった。
「花売りのほうが面白そうだもの」
綾の台詞を聞いた宣子は、信じられない、とでも言いたげに薄暮の空を仰いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます