7-3
「綿菓子食べるか」
「いらない」
「林檎飴は」
「宣ちゃんに、あとで買ってもらう」
「焼きそばは?」
「買うのもったいないよ。家でできるもん」
「……食べないのか」
「食べるよぉ」
弥絵は兄の腕にすがりついた。連れだって歩くのは久し振りで、なんだか少し照れくさい。
宣子と綾を売り場に残し、ふたりは先に遊びに出た。一時間半で交代の予定だ。
「チョコバナナ、食べる」
数歩先にある屋台を指差した。焦茶色のチョコレートにまぶされた、色とりどりのカラースプレーが目に楽しい。
短い列に並びながら思い出す。
「去年は芝じいと食べたなあ」
「ああ。甘いものに目がなかったよな」
「あたしにふたつ買わせて、自分の分はものすごい速さで食べちゃったんだよ」
その様子を思い出すと可笑しくなって、くすくすと笑った。
「ゆっくり食べたかったのに、じいっと見てるから急いで飲み込んだ」
「ああ、変に子どもっぽいとこあったよな、芝じい」
「そうだね……元気にしてるかな……」
「帰ってくるといいな。ちゃんと」
診療所を出発する前に、杉本から手渡された手紙のことが頭に浮かんだ。
検査の結果、病巣が複数見つかり、手術を検討している。
半年ほど帰れないかもしれないが、杉本医師に世話をかけないように、仲良くやりなさい。
必ず帰るから心配しないように——、短い文面はそう締めくくられていた。
半年。それが長いのか短いのか、弥絵には見当がつかなかった。ただ、待っていれば必ず芝じいにまた逢える、それだけが心の拠り所だと感じた。
順番が回ってきて、屋台の男がふたつのチョコバナナを手渡してくれた。
一志が小銭を払う傍らで、ひとくちかじりつく。
「美味しい」
ひとつを兄に手渡して、柔らかく生暖かい食感を味わった。
「……あ、杉本
「ふうん」
「お土産もたぶん、甘いのがいいよね」
「ああ。でも明日だったら俺と宣子で、診療所の留守番するぞ。去年みたいに」
「え?」
「だから土産買わなくても……明日は医師と一緒に来ればいいんじゃないか。去年だってそうしただろ」
そうだった、と弥絵は思い起こす。
去年、芝じいとふたりでチョコバナナをかじっていたとき。
お兄ちゃんと宣ちゃんは、診療所で留守番をしていたのだ。
「たまには息抜きしたいだろうし、連れ出してやったら」
弥絵は黙ってこくりと頷いた。
「……けど、弥絵」
「え?」
「深入り、するなよ」
「どういう意味?」
「仲よくなりすぎるなってこと。別れるとき泣かないようにな」
「泣かないよ!」
心外だった。泣く理由なんてないのに。
「判ってるならいいよ」
一志が苦笑いをした。
「だって……べつに、仲よく、ないし……」
「そうか」
言われてみれば、思いあたるふしはあった。最近は杉本医師の話題を頻繁に取り上げていたかもしれない。いい大人のくせに情けない……という話ばかりだったけれど。
だって、毎日顔を合わせているのだから、ある程度は仕方がないと思う。以前は毎日芝じいについて話していたのと同じことなのだ。
兄に誤解をさせてしまったのかもしれない。少し決まりが悪くなった。
「芝じい、早く戻るといいな。半年後、だったよな」
一志が淡々と言った。
「うん。……そうだね」
弥絵は同意した。
彼女は心から、芝じいの帰還を願っていた。
ただし、それは杉本がいなくなることと同義なのだと、いまになって気がついた。
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